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高速道路を駆け抜けて数時間。

麦茶色のMINIが、とあるアパートの駐車場に滑り込んだ。砂利を踏みしめるタイヤの音が、小気味よく鳴って止まる。

エンジンを切った。急に訪れた静けさの中で、この場所の音が、ひとつずつ耳に届き始める。


ドアを開けた途端、生温かく雑多な空気が車内に流れ込んできた。


どこかの部屋から漏れるテレビの音声。昼のワイドショーだろうか、聞き取れそうで聞き取れない声が、

薄い壁を透かしてぼんやりと響いている。外階段を駆け上がる子供の足音。二人か、三人か。甲高い笑い声が頭上を通り過ぎ、

バタバタとどこかの部屋に吸い込まれていった。そして、醤油と魚の焼ける香ばしい匂いが、ふわりと漂ってくる。

昼餉の支度だ。誰かが誰かのために魚を焼いている。それだけのことが、ひどく眩しかった。


実家の、あの沈香の匂いが染みついた空気とは似ても似つかない。ここにあるのは、現代人のありふれた営みの匂いだった。

京太郎は、その空気を肺いっぱいに吸い込み、ゆっくりと吐いた。昨日まで身を置いていた世界が遠い。母の客間も、龍の精も、

筆文字の候補者リストも、今この瞬間だけは、夢の残滓のように薄れてゆく。


しかし、夢ではない。


京太郎はポケットの中の書類に指先で触れ、目の前の建物を仰ぎ見た。

二階建て。築三十年は下らないだろう。外壁のモルタルは色褪せ、ところどころ細い亀裂が走っている。

ベランダには洗濯物が無造作に干され、錆びた手すりに絡まるように鉢植えの朝顔が伸びていた。階段の踊り場には、

誰のものとも知れぬ自転車が二台、寄りかかるように停められている。


陰陽五家、轟の一門。その血を引く者がここに住んでいる。


京太郎は思わずにはいられなかった。


轟という家は、こんなところに一族の人間を押し込んでおくのか。


いやあるいは――押し込んだのではなく、押し出したのかもしれない。

本流から遠い傍系。修春が言い淀んだ、「才気煥発、なれど――」のその先。この慎ましい住まいが、轟家におけるその人物の位置を、言葉より何より物語っている。


モルタル壁に挟まれた二階の通路、その中ほどのドア。表札には『轟』の文字がある。


人の出入りした形跡は薄い。新聞受けに溜まりがちなチラシの類も見当たらず、投函口の底を指先でなぞると、

うっすらと乾いた埃が乗った。マメに掃除をしているわけではなく、はなから何も受け取っていないか、契約をしていないだけなのだろう。

ドアノブ周りや足元の状況を確かめつつ、京太郎は外から拾える限りの生活反応を探っていた。


背後から、不意に声が掛かった。


「あの、どうかされましたか?」

少しばかり訝しむような、語尾の跳ねた響き。京太郎は肩の力を抜きながら振り返る。

ドアの隙間に張り付くような真似をしていたのだから、端から見れば不審者の物色と大差ない。


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