第一段② アヤネとカガセオ
「ママ、おはよ……」
「あら、おはよう。ナミカちゃん。もうすぐご飯ができるから、少し待っててね?」
アヤネは手を止めずに言い、振り返って続けた。
「カガセオさん、すみませんが、ナミカを少し見ていてもらえますか?」
「はい、奥様」
「ナミカちゃん、おはよう。おじさんと、少し向こうへ行っていようか?」
そう言われて、ナミカは眠たそうに目をこすりながら、
「はぁい」
と返事をした。
それを聞いたアヤネは、少しだけ眉をひそめる。
「ナミカちゃん。今、カガセオさんが『おはよう』って言ってくれたでしょう?
そういうときは、何て言うの?」
ナミカははっとして、慌ててカガセオの方を向き、
「おはようございます」
と、ぺこりとお辞儀をした。
そして次の瞬間、
「……あっ! カガセオさん、それなぁに!?」
と、突然大きな声を上げた。
視線の先に、赤子がいたのだ。
「この赤ちゃんはね、今朝、この家にやってきたみたいなんだよ」
「ふーん……かわいー。さわってもいい?」
「いいよ。じゃあ、向こうの部屋に行こうか?」
「はーい!」
二人が居間へ向かっていくのを、アヤネは微笑ましく見送った。
居間に入ると、布団を敷き、その上に赤ちゃんを寝かせる。
「やさしく触ってね」
カガセオがそう言うと、ナミカは小さな手で、
「いいこ、いいこ」
と、赤子の頭をそっと撫でた。
さらに、ほっぺをツンツンとつつく。
「……やわらかーい」
不思議そうに目を丸くしている。
しばらくナミカが赤子と遊んでいると、アヤネが居間に入ってきた。
「カガセオさん、ご飯の準備ができました。
先に召し上がっていてくださいな。
おむつも持ってきましたので、あとは私がやります」
「それと、この子の名前はね……ナギト、と言うのよ」
そう言って、アヤネはそっと微笑んだ。
残されていた手紙に、そう書かれていたのだ。
「ナギト……それじゃあ、ナギちゃん、よろしくね!」
とナミカは嬉しそうに言った。
「ナギト」よりも「ナギ」のほうが、言いやすかったのだろう。
「では、ナミカちゃん。ナギちゃんはママに任せて、食卓へ行こうか?」
「えー、やだー。まだ遊びたいー」
そう言って駄々をこねるナミカに、アヤネは少しだけ厳しい声で言う。
「ナミカちゃん。それ以上わがままを言うと、ご飯を片付けてしまいますよ?」
その言葉に、ナミカは渋々うなずき、
「……はーい」
と答えて、カガセオと一緒に食卓へ向かっていった。
アヤネは赤子のおむつを替え終え、抱っこしたまま寝かしつけていた。
その間、ナミカはカガセオに見守られながら、朝ごはんを食べ進めている。
ナミカが食べ終わる頃になって、ようやくアヤネが戻ってきた。
「やっと寝ました……」
そう言って、ほっとしたように息をつく。
「ナミカちゃん、今は赤ちゃんが寝室で寝ているから、
家の中を走ったりしちゃだめよ。起きちゃうからね」
ナミカは少しつまらなさそうに、
「はーい」
と返事をし、
「ごちそうさま!」
と言うと、さっそく赤子のほうへ向かおうとした。
「起こさないようにね!」
と念を押しつつ、やはり心配になったアヤネは、
「カガセオさん、すみませんが、
しばらくナミカを見ていてもらえませんか?」
と、申し訳なさそうに声をかけた。
「承知しました、奥様」
そう答えてから、カガセオは続けて、
「それと、今日もご飯、とてもおいしかったです。ご馳走さまでした」
と微笑み、ナミカの後を追った。
アヤネは、カガセオが歩いていく後ろ姿を、
やさしく微笑みながら見つめていた……。




