地元の球場まで 【不動大地視点】
●不動大地
決勝の日。
いい匂いがするのぅ。この匂いはそぼろかの?台所で兄ちゃんが鍋を温めとる。
「大地、ご飯ついで」
「ん」
炊きたての米は、食欲をそそるのぅ。
けんちん汁とそぼろ丼。いくらでも食える。
「じいちゃん、もう診療所か?」
気配がせんの。
「往診を頼まれたみたいでのぅ。朝食を作って食べんで出ていった」
「大変じゃのぉ」
じいちゃんは働きすぎじゃ。
診療所で診察する以外に、往診もしとるし、家に帰ってきても小難しい本を読んどる。その合間にワシらの料理作ってくれとる時もあるけえのぉ。ワシのようにだらついとるところ見たことない。兄ちゃんは確実にじいちゃんの血を受け継いどるの。
「大地、試合前じゃけえ、消化不良は大敵じゃ。丸呑みせんようにの」
「……兄ちゃん、ワシのこと蛇かなんかだと思っとるんか」
丸のみってなんじゃ。
「…………ヘビはのぅ。一度食事したら一週間は水だけでええそうじゃ」
「知らんでええ情報じゃの」
兄ちゃん、知識が豊富にありすぎて、時々ようわからんこと言うの。なんとかならんもんかのぅ。
朝飯を終え、試合の準備をしとるとイソベが遊びに誘ってくる。
「今日は近場の球場じゃけえ、前の試合ん時よりも楽じゃの」
こうしてのんびりと、イソベと遊んでいられる。
「大地、のんびりしすぎじゃ。もう、バス来るぞ」
せっかちじゃのう。兄ちゃんは。
自宅近くまでバスが迎えに来てくれるっちゅうけえ、余裕じゃ。
荷物を担いで玄関からでる。
日差し強いのぉ。今日も暑くなりそうじゃ。
ん?道路に隣のおばちゃんとおっちゃんがおる。
「おはようございます」
「そげなとこで、何しちょるんじゃ?」
もう日差しが強うなって来ちょるのに。
「おはよう。大事な試合だからね。見送りに。静真ちゃん、大ちゃん、いってらっしゃい!頑張ってね」
「応援に行くからな!頑張れよ!」
隣のおばちゃんとおっちゃん。わざわざ見送りにでてきたんか。
「ありがとうございます!頑張ってきます!」
兄ちゃんが嬉しそうに挨拶を返す。
「おばちゃんたちは、気が早いのう。今日はまだ地方大会じゃ。甲子園は次の試合じゃ」
甲子園に応援に来るっちゅう約束したけどのぅ。まだ先じゃ。
「ふふ、もちろん甲子園にも応援に行くわよぉ。今日も応援したいの!」
「二人が山梨の王者になるところ見たいからな」
山梨の王者……。ええのぅ。
比良畠のおばちゃんたちに手を振り、坂を下りていく。
「静真ちゃぁん、大ちゃぁん、がんばれよぉ」
「応援に行くからねー!」
歩いとると、そこかしこから声がかかる。
「なして、みんな知っとるんじゃ」
「オレらが決勝まで進んだことを書いた、回覧板が回ってきとったからのぅ。ご近所さんはみんな知っとる」
「プライバシーないのぅ」
迎えのバスがおるのは、湖近くの駐車場いうとったのう。……あれかの?紺と白の見慣れたバスが停まっとる。
バスの入り口んとこにチワワが立っとる。
「おはようございます。先生」「ご苦労じゃのう。チワワ」
「おはよー、静真くん、大地くん。さ、早く乗って、乗って」
急かすのう。チワワはもっとゆとりある生活をしたほうがええんじゃないかのぅ。
「おはよう。決勝、頑張って!応援に行くからね」
運転手のおっちゃんも応援に来る気なんか。仕事せんでええんか?
「ありがとうございます!がんばります」
「だんだんじゃぁ」
地元のもん、浮かれすぎとる。
「よーっす、大地!静真兄ちゃん、遅いよー」
兄ちゃんの後に続き、バスに乗ると、すでに、辰海と久慈が乗っちょった。早いのう。
「静真くん、これ見てくれる?今日の試合のなんだけど……」
兄ちゃん、チワワに呼び止められとる。前の席に、座るようじゃの。
ワシは辰海と久慈が座っちょる後部に座ろうかの。一番後ろの席がええのう。他は狭いけえ。
隣町で残りの部員とマネージャーが乗り込んでくる。
「ようっす」「うーっす」「よーっす」「おはようございまぁす」
今日はずっと挨拶し通しじゃの。
賑やかになったバスが出発する。球場はすぐそこじゃけえ、たいして時間かからんけどの。
「地元の球場で決勝だから、余計緊張するよなぁ」
キャプテンが大きく息を吐く。
そわそわしとるのう。
「うちさぁ。家族どころか親戚まで応援に来るって言うんだよ。まいっちゃうよ」
「俺んとこもだよ。まいるよなぁ」
「すぐにこれちまうからなぁ。うちの親なんて、近所や職場の知り合いという知り合いに声をかけてる。それでなくても緊張するっていうのに」
桧山と古二田も久慈も落ち着きないのう。
「俺は地元じゃねえからなぁ。叔父さんは来てくれるらしいけど、家族はなぁ」
「佃先輩は地元じゃないんですか?」
乃生が振り返り、佃煮に聞く。
「実家は千葉でな。高校からこっちに移ったんだ。叔父貴がこっちに住んでるから居候させてもらってる。みんなは地元だよな?家族来るんだろ?」
佃煮は千葉から一人で、こげな田舎に来たんか。もの好きじゃのう。
「家は急行で50分くらいのとこなんですけど、家族全員来るそうです。ボクより早起きして準備してました。ボクはでないって言ったんですけど」
乃生は、嬉しそうじゃのう。
「うちも店閉めて家族総出で行くって張り切ってた。妹なんて応援グッズ自作しはじめちゃってさぁ。アイドルのコンサートじゃねえっていうのに」
「……妹、来るんか」
辰海の妹は、こまいのに口が達者で苦手じゃ。辰海んちで飯食っとると、ワシにだけ野菜増やしてきよる。
「不動んとこは?」
前の席の佃煮が振り返り、ワシに聞いてくる。
「じいちゃんは診療所休めんじゃろうからのぉ。来んじゃろうのう」
「あー、そういや、不動兄弟のじいちゃんは医者っていってたな。それじゃあ、親は?」
「うちは両親おらんのじゃ」
「え?あ、そうだったのか。すまん」
気まずそうに佃煮が謝ってくる。
「気にせんでええ。兄ちゃんがおるけえ、毎試合、参観日みたいなもんじゃ」
羨ましいじゃろ。
「……静真兄ちゃん、大変だな」
辰海が、前方に座っとる兄ちゃんに視線を送る。
「わかっとらんの。兄ちゃんだけじゃなく、ワシも兄ちゃんのこと毎試合、見とる。じゃけえ、兄ちゃんも毎試合、参観日じゃ」
ワシが兄ちゃんの家族として兄ちゃんを見守っとるけえ。兄ちゃんは寂しい思いしとらんはずじゃ。
「「……大変だな。静真」」
佃煮と久慈が声をそろえて、おかしなことを言う。
「どういうことじゃ」
何で兄ちゃんだけが、大変なんじゃ。




