秘策 【不動静真視点】
●不動静真
大地には躊躇がない。バッターの準備ができると、すぐにワインドアップの体勢を取り投げる。
バッターが引きつけてから振ったバットが空を切る。
「ストライク」
1球目から、カット打法?
通常、ファウル打ちは、2ストライクからやるものだ。
ファウルはストライクとしてカウントされるが、2ストライク以降は、何回ファウルを打ってもストライクにはカウントされない。じゃけえ、2ストライクまで長打を狙わんのは、自らチャンスをつぶしとるだけちゅうことになる。
わざわざ敵に2ストライク渡してまで、カット打法をノーカウントから試みているのは……
「大地の球に合わせに来とるいうことか」
2ストライクから、いきなり合わせるのは厳しいからのぉ。
そこまでして、カット打法にこだわるのは、つぶす目的というより、フォアボール狙いじゃろうのぉ。
チャンスは1イニングしかないけえ、自信のあるカット打法に賭けるのは、作戦としてはありじゃ。
フルスイングで長打を狙うより、フォアボールを狙っていくほうが可能性があると踏んだんじゃろ。
困ったことに、ええ判断じゃ。
大地は未完成ナックルを投げられんからのぉ。
大地が淵沢工のカット打法を打ち破る方法は、ただ一つしかない。
カットできないほどの球威で打者を仕留める。
ただ、それはリスクが高い。
速い球っちゅうのは、どうしたって荒れる。しかも、大地は試合で投げるのははじめてじゃけえ、コントロールが安定せん可能性がある。フォアボール狙いに来ている淵沢工のバッターには好都合ということになる。
あれほどまでに、カット打法を極めとる選手たちじゃ。当然、盗塁に自信があるんじゃろうからのう。大地はランナーを意識したピッチングは不慣れじゃ。塁にだすわけにはいかん。
最後の一イニング。リスクは極力、減らさんとのぉ。
「ストライク・ツー」
ボールはサイン通りのコースを描いて……。バットが空を切る。
甘いのぉ。
速さでねじ伏せるよりも、リスクが低く、効果的な方法が、オレたちにはあるんじゃ。
そのための仕込みは、すでにしてある。
「ストライク・スリー」
カット打法を試みたバッターが、空振り三振。先ずは、ワン・アウト。
仕掛けは、うまく機能しとるようじゃのぉ。
二人目がバッターボックスに入ってくる。
大地が投げる。
ボールがバットにはじかれ転がっていく。
ゴロをサードが捕ってアウト。これでツーアウト。
「くそ!」
淵沢工のバッターが、荒ぶっとるのう。
どうしてカット打法が成功しないのか、気づいとらんようじゃ。
淵沢工の選手たちが、慌てとる。
三人目。
この打者を、打ち取れば試合は終わる。
あと一人。
「ストライク」
空振り。打てんじゃろ。
大地は球威を落としコントロール重視で投げとるだけじゃけどのう。それがバッターを追い詰めることになっとるんじゃ。
淵沢工の選手たちには、大地がオレと全く同じに見えとるはず。
大地はマウンド上のオレのフォームから仕草までマネしよったけえ、何から何までオレにそっくりじゃ。
そっくりじゃけどのう。
オレと大地では、体格も筋力も手の大きさも違う。同じように投げとっても、リリースポイントや高低差、スピード、変化量に違いがでてくる。
淵沢工の選手がカット打法なんて高度なことができたのも、オレをよく観察し、オレをよく知ったからこそ。
それがアダになっちょるんじゃ。
オレの球に慣れた淵沢工の選手たちは、オレの時と同じタイミングで打つ。
当然タイミングが合わずにカットできん。
気づいたとしても、一イニングでは修正できんじゃろう。
「ストライク・ツー」
修正し即座に反応できる淵沢工の選手がいるとしたら、投手の煙浦くらいじゃろう。
淵沢工の選手の中で、唯一、状況を理解し、機転を利かせられる。
じゃけえ、煙浦には回さん。この打者で終わらせる。
これが最後の一球。
大地の手からボールが離れる。




