9回裏 【淵沢工 添田監督視点】
●淵沢工 添田監督
9回表の北仙丈連合の攻撃を、うちのエースがきっちり抑え1点差のまま9回裏に突入。
最後の攻撃。まだ、勝つチャンスはある。
1点。あと1点。同点でもいい。延長になればこちらが有利だ。
不動静真さえ退場させることができれば、私たちが勝つ。
北仙丈・帯那連合の選手たちが守備に就くためグラウンドにでてくる。
その姿に、ざわめきが起こる。
「どういうことだ?」
キャプテンの戸惑いの声に同調するように、ベンチ内が騒がしくなる。
選手たちが訝るのも、当然だ。北仙丈・帯那連合の守備位置が変わった。ここまでは予想通りだ。
だが、マウンドに向かうのは、兄の不動静真でも3年のピッチャーでもなく……
背番号10。弟の不動大地。
「弟もピッチャーなのか?」
記録員に確認をとる。
そんな覚えはなかったのだが。
「いえ、不動大地選手は、ここまで一度も投げたことはないようですね。練習試合も含めて」
対戦相手のことは一通り調べる。それがどんな弱小校であっても。うちの情報網は、信用できる。
ということは……
「弟は投手ではない?」
煙浦が不審げにマウンドの不動大地に視線を向ける。
「苦肉の策ってことか」
キャプテンが安堵の息を吐き出す。
兄の不動静真が投げられなくなったための臨時措置。
部員の少ない弱小校だと、投手経験のない野手が投手を務めることも珍しくない。
投手の数が揃わなければ、少しでも投げられる者が、投手をやる。
しかし、投手というのは一朝一夕でできるものではない。
それなりに投げられる者がいたとしても、ストライクが入らないか、コントロールを意識しすぎて甘い投球になるかだ。
それでも、3年の投手よりは可能性があると踏んだのだろう。
それはいい読みだ。
1、2回戦時の3年生投手では、うちの打線を抑えることはできない。
「まあ、よくやったさ。あれだけの投手がいても、一人では勝てないということだ」
野球は優れた投手一人いれば勝てるというほど、甘くはない。1試合だけなら、ともかく、トーナメントでは人材の豊富さがものをいう。投手の数が、勝利への重要なファクター。
「それが野球だ。遠慮はいらん。打って来い」
弟には気の毒だが、勝ち上がるためには甘さは捨てなくてはな。
勝負の世界に情はいらない。




