海 【不動大地視点】
●不動大地
軽く投げたボールを辰海がバットで打ち返す。それをキャッチしたらまた投げる。
退屈じゃの。試合前にトスバッティング練習で調整するいうけどのう。
……これで調整になるんかのう。こんな遅い球を打っとっても感覚が鈍るだけじゃないんかのう。
「大地、徐々に速くすんなよ。打てなくなるだろ!」
気づかれたのう。辰海のため思おてやっとるのにのぉ。
「準決勝だからな。気合いが入るよなぁ」
キャプテンがワシと同じように副将にボールを投げながら頷いちょる。
キャプテンも投げるボールは速いほうがええと思っちょるんじゃの。
「準決勝かぁ。本当にここまで来たんだな」
佃煮がなんかしみじみしとるの。
「ああ、この試合と次勝てば、高校球児のあこがれ。夢の甲子園……」
「あと2つで、甲子園かぁ」
「甲子園なんて、はるか遠い場所だと思ってたのにな。蜃気楼くらいは見えて来ちまったな」
3年は甲子園が好きじゃのぉ。そげにええとこなんかのぅ。
「甲子園は遠いんか。どの辺にあるんじゃ?」
「ん?知らないのか?兵庫県だよ。大阪に隣接した、海に近いとこ」
「ほおぉ、海が近いんか。ええのぉ。甲子園に行ったら、海で泳ぎたいのぅ。海の幸でバーベキューもええのぅ」
夏に海遊びもええもんじゃ。
「いや、甲子園に行ったら野球漬けだからな。野球以外のことやってる時間なんてないぞ」
キャプテンが意地悪いこと言いだしちょる。
「甲子園まで行って、野球やるんか?」
「大地は、甲子園を何だと思ってんだよ」
なして、みんな呆れた顔でワシを見てくるんじゃ。
「……まあ、なんだ。甲子園に行くためには、この試合を勝たないことにはな」
佃煮が、当たり前のこと言いだしちょる。試合前じゃけえ、みんな浮ついとるんかのぉ。
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ウォーミングアップを終え、全員ベンチに引き上げる。
「今日は暑くなりそうね。水分補給を忘れずにね」
「体調が悪くなったら、すぐに申告してくださいねー。我慢は禁物ですよー!」
チワワとマネージャー二人がかりで、体調管理の合唱しとるの。
「淵沢工の選手、体格にばらつきがあるな」
「強豪校のように出来上がった感じではないから、チームの特性が読めねえな」
対戦相手のボール回しを眺めとった3年たちが、なにやら話し合っとるの。
「淵沢工の先発投手は2年の煙浦。スピードはそこそこ。変化球を得意とする投手らしい。マネージャー、補足があれば、みんなに伝えてくれ」
相手ピッチャーの特徴を、副将が説明しだしちょる。
変化球投手か。やねこいのぉ。
「変化球を中心に、打たせて取るタイプのピッチャーみたいです。残念ながら、煙浦投手に関しては、あまり情報がないので得意な球種などの情報は得られませんでした」
「充分、充分、あとは打席に立って判断するしかないからな」
佃煮がマネージャをねぎらう。佃煮は打つ自信ありそうじゃの。
「変化球かぁ。あんまり自信ないなぁ」
辰海がタメ息をつく。
「気弱なこと言っとるのう。変化球が苦手ちゅうのは、ワシくらいになってから言うもんじゃ」
「……大地、胸張って言うことじゃないからな」
最近、辰海がワシに厳しくなっとる気がするの。
「9回まであるんじゃ。焦らずボールをじっくり見て、目を慣らせばええ。打てると思えば、1球目からガンガン打ってもええ。難しく考えんで、そんくらいの気持ちで挑めばなんとかなるもんじゃ」
さすが、兄ちゃん、ええこと言うのぅ。気分任せでええちゅうことじゃの。
「よし!とりあえずやってみる!」
ヘルメットを被って辰海がベンチから出ていく。
バットを持っていかんでええんかのう。
「辰海、素手で打つんか?」
「ああ!バット、バット!忘れたぁ」
うっかりしすぎじゃ。
「みんな、変化球が来ても恐れず打っていこう!」
「「「おう!」」」
チワワが檄をとばす。いつになく、みんな気合入っとるのう。
辰海がバッターボックスに立つ。
試合開始を告げるサイレンが、鳴りだす。




