18、フェルンにて
ヴォワザン王国から『転移の門』で帰国した私は、そのまま王都にある離宮で過ごしている。今年十四歳になった姉ユリアナは来年の学園入学の準備のため王都で暮らしていた。久しぶりに会った姉とガゼボでお茶をしていれば、姉はニコニコと何か聞きたそうに私を見ている。
「お姉様、どうかされましたか?」
「アマリアは私に何か言いたい事がないかしらと思って」
笑顔の圧がすごい。もしかしなくても、ようやく自覚した恋心の事でしょうか。これはまずグロリアに報告しようと思っていたが、姉はどこでこの情報を得ているのだろうか……。
ちらりと控えているメーリに視線を送るが、首を振って否定している。どうやら彼女が情報源ではないようだ。ではいったい誰が?
「アマリア? もしかして、姉様には言えない事だったのかしら……ごめんなさいね。無理に聞いてはいけないわね」
「そんな事はないのです! ただ、言葉にすると恥ずかしくて、それで……」
姉が寂しそうにするから話そうと思ったのだが、いざ口にしようとすれば顔に熱が集まってしまい、どのように言えばいいかもわからない。
「ふふっ、照れて可愛いわね。こんなに可愛い私の妹に好意を持たれて無下にするような殿方などいませんわ。もしいるようでしたら……」
「な、何を言っておられるのですか!? それに、フェルン様から見れば私など五歳も下の子供です」
自分で言って自分にダメージが返ってくるが、私は同年代の中でも年下に見られてしまうくらい子供っぽい。直接会ったのも三回。気にかけてもらったが、そんな私の事など良くて妹分だろう。
歳の差は縮められないが、せめて見た目をもう少し大人っぽくできればいいのだが……。
ちらりと姉を見て、自分の幼さを再確認して落ち込む。姉はどんどん母に似てきて、すらりとした美人で大人っぽい。グロリアは父似というか祖父に似ているきりっとした美人系。私は今は亡き王太后様であった祖母に似ているそうだ。このピンクがかったブロンドも空色の目も、そして顔だちもよく似ていると言われる。王宮で見た肖像画はどちらかと言えば可愛らしい雰囲気の女性だった。私もそのようになれればいいのだけど。
夜寝る前のいつもの時間、グロリアと会っておしゃべりをする。私がブレンドしたハーブティーと甘さ控えめのクッキーをテーブルに並べていき、今ではこれが定番になっている。
「ううっ、アマリアが自覚したのか……悔しいが嬉しい。でもやっぱり悔しい」
「グロリアは気づいていたの? やっぱり、お姉様も最初から気づいていたのかしら……」
どうやら我が家の女性陣は私の気持ちに気づいていたようだ。メーリもアイラも気づいていたみたいだが、父や祖父はそういった方面はポンコツらしいので他人の恋心など気づかないだろうと姉は言っていた。ただ、娘や孫の変化には敏感に察知しそうだとも言っていた。
「はぁ、悔しいのだが応援はしているからな!」
「うん、ありがとうグロリア」
グロリアも姉もまわりも応援してくれるとわかり嬉しくなる。それにしても、あのドキドキを人見知りからくる緊張だと勘違いしている私も、そういう方面はポンコツなのだろうか。明日からカトリーナ様おすすめの恋愛小説を読む事にでもしよう。
王都からキルッカ領に戻り、私には夜寝る前の読書が日課に加わった。恋愛小説を少しずつ読み始めたのだが、これは寝る前に読まない方がよかったというのが今の悩みだ。カトリーナ様おすすめの恋愛小説はどれもドロドロな甘さで、何故か登場人物の設定がどれも私やフェルン様に似ているので読んでいて恥ずかしくなってきた。しかもそれを夢で見てしまい、これが私の願望なのかと頭を抱えた。これはいけないと、その小説は封印。いつか封印が解ける時がくるといいなと他人事のように思った。
初夏になり少しずつ気温が上がっていく中、私は祖父に連れられてフェルン領に訪れている。ここは中央大陸の北側に位置しているからか、今の季節はとても過ごしやすい。辺境伯家の城はまさに要塞で、キルッカの城とはまたどこか違う雰囲気だ。エサイアス様や、辺境伯夫妻に挨拶をして歓迎される。ご子息達は学園に通っているのでこちらにはいらっしゃらない。もうすぐ長期の休みに入るそうだが、さすがにその時までお世話になるわけにはいかない。エドヴァルド様にお会いできないのは残念だが、こちらにしか無い植物を採取させてもらえる事になっているのでそれを楽しみにしよう。
案内された部屋で休んでいると、辺境伯夫人であるヒルダ様が訪ねてこられた。
「休んでいたところ、ごめんなさいね。一緒にお茶でもどうかと思ったの」
「お気遣いありがとうございます。荷ほどきも終えておりますので大丈夫です」
「よかったわ! 庭に準備をしたから一緒にいきましょう」
夫人は私の手をとって庭まで案内してくださった。その道中も色々なお話をしてくださり、夫人自身も楽しそうだ。
「ここが我が家の庭よ。小さくて見ごたえはないでしょうけど。さあ座ってちょうだい」
「失礼します。そんな事はありません! 庭の花も小物もとてもかわいいです!」
興奮して勢いのまま口にしたが、本当にかわいいのだ。入口になっているアーチが小さな花を咲かせた植物で覆われている。そこから庭に入ってきたのだが、白を基調にしてピンクや淡い色の花が咲いている。敷かれたレンガの道の先にお茶の席が設けられているのだが、椅子とテーブルがまた可愛くてこの庭に合っている。ここだけ切り離されたかのような空間に心が躍った。
「気に入ってもらえて嬉しいわ! うちの城は飾りっ気もなくて重苦しい雰囲気でしょう? まぁ、必要最低限の物はあるけど、庭なんて木が生えていただけだったの」
ここは魔獣討伐を生業にした騎士団の要塞でもあるので仕方がないのかもしれないが、夫人にとってはそれが残念だったのだろう。
「嫁いでから許可をもらってこの庭を造ったのよ。せっかくだからここでお茶もできるようにと思っていたけど、あの人も息子達も興味がないのか見向きもしないわ。悔しいから私好みの庭にしてやったのよ! 私が手入れもできるように小さいスペースだけどね」
「夫人が手入れをされているのですか?」
「そうよ! 通いの庭師に手伝ってもらいながら好きな花を植えて、小物もテーブルも椅子も全部私の好みにしたわ!」
「す、すごいですね」
夫人の熱意が伝わってくる。私も植物が好きなのでつい見渡してしまうが、男の人はやっぱり花には興味が無いのかな。
「アマリアちゃんみたいな娘がいたら、一緒にお花を育てたりこうやってお茶をしたりできたのかしら? 今日は付き合ってくれてありがとう。とても楽しかったわ」
「素敵なお庭でのお茶会、楽しかったです」
「ふふっ、またしましょうね!」
夫人との小さなお茶会を終え、お借りした部屋でゆったりと過ごす。私も自分だけの庭を造ってみたいなと考えたが、気づいたら薬草を植えていそうだ。いや、薬草にも可愛い花が咲くものもあるが、それでは薬草園と変わらない。庭の隅に好きな花をちょこっと植えさせてもらうくらいが丁度いいのかもしれない。
一緒に来ていた祖父はエサイアス様と一緒にこちらの騎士団の方達と訓練をしている。というより、エサイアス様と一緒に厳しく指導している?
時折、訓練場に現れる辺境伯様はいつもの事だと諦めておられた。
「辺境伯様、祖父がその、申し訳ありません」
「ああ、いいんだよ。小父上は昔からあんな感じだったな……私も小さな頃からよく世話になった」
遠い目をされているが、何があったのかは聞かないでおこう。
お世話になって一週間が経つ。ここには二週間滞在させてもらう予定なので、折り返しに入ったところだ。通いの庭師さんにこちらにしかない植物を教えてもらったので、四日後に採取しに行く事となった。夫妻も私の事を自分の娘のように可愛がってくださって、今ではお名前で呼ばせていただいている。
「うちは男ばかりだから、アマリアちゃんが来てくれて嬉しいわ!」
「うむ、娘がいればこのような感じなのだろうな」
「そうだわ。うちの息子のお嫁さんに来ない? アマリアちゃんなら大歓迎よ!」
ヒルダ様がとんでもない事をおっしゃった。




