17、自覚した恋心
十二歳になった私は祖父と共にヴォワザン王国に訪れている。ヴォワザン王国は地図で見ると我が国ツェニート王国の右下にある国である。祖父はヴォワザン王国出身で大陸中を旅していたそうだ。そして、祖母と出会って一目惚れした祖父は猛アタックの末に結婚し、今でも愛妻家として有名である。
今回は祖父の生家であるクレフティヒ侯爵家を訪問するのが目的だ。国外に出るのは初めてなので、こちらにしかない植物が見られるかもしれないと少し浮かれている。ウキウキしている私とは違い、祖父は気が乗らないと言いたげなそんな雰囲気であった。
「お祖父様、どうかされましたか? なんだか元気がないような……」
「はぁ……気が乗らん。アマリア、やっぱり帰らんか?」
「ここまで来て何を言っているのですか。だめですよ」
すでに馬車はクレフティヒ家の目と鼻の先まで来ているのに、祖父は「気が乗らない」の一言で帰ろうとしている。すぐに従者に止められているが祖父なら強引に意見を通してしまいそうだ。
「いや帰ろう。そうじゃ、行先を変更しよう! エサイアスが良い酒が手に入ったと言っておったから、フェルン家に行こう!」
「だめですって、お祖父様!!」
私が止めたからしょんぼりして諦めてくれた。フェルン家には私も行ってみたいしエサイアス様にまた会えるのは嬉しいがそうするわけにはいかない。
エサイアス様はフェルン家の前辺境伯で、エドヴァルド様の祖父になる。以前、キルッカの城に訪れられてその時にお会いした。ドラゴン襲撃後の落ち着いてきた時だったと思う。その時もお酒を持って来られて祖父と酒盛りを楽しんでいた。
祖父にエサイアス様を紹介され、エドヴァルド様が私の事を気にしていたと聞いた時はドキッとした。きちんとお別れができなかったのもあり、守ってもらったお礼をこめて大量の傷薬をお渡ししたのだが、あれは押し付けてしまったともいう。後日、エドヴァルド様からはお礼の手紙をいただいて、もちろん大切にしまっている。あの方は私にとって恩人でもあるのだから。
「アードルフ様、アマリア様。クレフティヒ侯爵家のタウンハウスに着きました」
従者の声に意識がこちらに戻る。一週間こちらに滞在するので、もしフェルン家に行けるのだとしてもその後だろう。今は初めてお会いする祖父の親族の方々にご挨拶をしよう。
クレフティヒ侯爵は祖父の甥にあたる方で、とても気さくな方だった。祖父の事を尊敬しているようで嬉しそうにしている。夫人も優しい方で私達を歓迎してくださった。
ご息女であるカトリーナ様に庭園を案内してもらえる事になり、私はメーリと共について行く。ヴォワザン王国は建物や庭園の雰囲気が自国とはまた違っていて、クレフティヒ邸の庭も素敵だ。
「この国は目に鮮やかな花が多いのですね」
「えぇ、温暖な気候の影響でしょうか。この国では、こういった花が好まれますの」
赤、黄、橙などの花びらが鮮やかで、緑とのコントラストが見ていて飽きない。噴水の水が陽の光に反射してキラキラと輝いている。素敵な庭園にうっとりしながらカトリーナ様に案内され、庭の奥まった場所まで来てしまう。
突然立ち止まったカトリーナ様は振り返り、先程まで浮かべていた微笑みを消してぎろりと睨んだ。元々つり目がちな緑の目がさらにつり上がっていて怖い。
私は何かしてしまったのだろうか?挨拶をして庭を案内してもらって、今までの会話にも特に怒らせるような事はなかったと思う。
「あの、カトリーナ様?」
私の事を上から下まで敵視するような目で見ながら「フンっ」と鼻で笑った。
「それなりに可愛いけど背も低いし子供っぽいわね。これなら私の方が釣り合うはずよ。なのに……やっぱり血筋がいいからなの? そんなの私だって!」
急に馬鹿にしてきたかと思えば悔しそうにまた睨んでくる。話がまったく見えてこないのだが、カトリーナ様は何がおっしゃりたいのだろうか?
メーリは私が馬鹿にされたのが許せなかったのだろう。私をかばおうと前に出ようとしたので、それを止める。
「カトリーナ様、いったい何をおっしゃりたいのですか?」
冷静にそう返したのがますます気に入らなかったのか眉間にしわを寄せてますます恐ろしい顔になっていて、せっかくの美人がもったいない。
「何をですって!? あなたの今回の訪問はシャンドル殿下との婚約のためなのでしょう! なぜこんな! 名前もあがっていなかったのに、候補者の私を差し置いて!!」
「は? 婚約??」
この方は何を言っているのだろうか。私には婚約の話など出ていないし、ましてや他国の王子との婚約ともなれば王家を通して我が家に話が来るはずで、陛下や父達も勝手に話を進めるような事はされないだろう。
「王女の娘だからって我儘でも言ったの!? いつ、殿下とお会いになったのよ! 一目惚れでもしたの? あなたのお祖父様はたしかそれで結婚したのですものね!」
「殿下に一目惚れなど……そもそも、お会いした事もありません!」
「姿絵でも見て好きになったのでしょう? 殿下は素敵な方ですもの仕方ありませんわね。でも、だからって!!」
先程から勝手に私がシャンドル殿下に一目惚れした事にしないで欲しい。会った事もないのは本当で、姿絵も前に見たような気がするがよく覚えていない。
お互いがどんどんヒートアップしていき、侍女達は止めるべきかどうするかで悩んでいるみたいだが、そんな事はどうでもいい。
「好きではありません! 私が好きなのはフェルン様です!!」
「やっぱり好きなので……は? フェルン様?」
頭に血が上って興奮状態のまま叫んだが「誰よそれ」と言わんばかりのカトリーナ様の目と合って私も一気に冷静になる。
「フェルン様……は、え? あれ?」
冷静になったはずの頭は混乱し、顔が爆発するのではないかと思うぐらいに熱くなる。
ちょっと待って欲しい。私は今、何を言ったのだろうか?好き?誰が誰を?私がフェルン様の事を……?
「ちょっと、どういう事ですの? 教えなさいよアマリア様!!」
恐ろしかった顔から一転、面白い物を見つけたとばかりに詰め寄ってくるカトリーナ様の顔が目に映ったのを最後に、私の意識は途絶えた。せめてもの救いは魔力を無意識にコントロールできていた事で熱による昏倒ではなかった事だろうか。
今この時、自分の言葉によってあれが恋だと認識した。
初めて会ったあの日に聞こえたカランという音。八年後の今日、あれが恋に落ちた音だとようやく気づいたのだった。
カトリーナ様が私を敵視いていた理由は、ヴォワザン王国の第三王子シャンドル殿下の婚約者についての噂があったからだそうだ。殿下には何人かの婚約者候補がいらして全員自国の令嬢なのだが、そこに他国の王女が加わりほぼ正式に決まったと噂された。どの国も歳の近い婚約者の決まっていない王女はおらず、そこで一番王家に近い者となると元王女の娘である私とグロリアだけだった。
そして、今回の訪問である。カトリーナ様は自分の目で確かめてやろうと機会をうかがっていたそうだ。
「ごめんなさいアマリア様。私とした事が、きちんと詳細を確認もせずにあのような……申し訳ございませんでした」
「いえ、誤解がとけたのなら私はそれで……謝罪を受け取ります」
ベッドに寝かせてもらい、今回の事について謝罪と理由を聞かせてもらった。カトリーナ様は筆頭候補だったようで、おそらくこのまま正式に婚約が決まりそうだったらしい。そこで私という存在が現れたわけだが……。
今回の訪問はクレフティヒ侯爵夫人の親戚に私を婚約者にと望んでくださった方がいて、まずは会って見てからと話が纏まったからだが、私がその事を知ったのは会う前日だ。祖父が嫌そうにしていたのは、今回の目的がこれだったからだろう。ちなみに、その方とはお話も魔力の相性も合わなかったのでお断りした。祖父の存在に委縮していて、ちらちらとこちらに目線で「どうにかしてくれ」と訴えていたが、そんなもの笑顔で無視だ。祖父を認めさせるくらいの気概を見せて欲しいものだ。
カトリーナ様とはあれから仲良くなり色々なお話をしたのだが、もちろんフェルン様の事を根掘り葉掘り聞かれた。自覚したばかりの恋愛初心者な私は、彼女からのアドバイスに赤くなったり狼狽えたりと忙しかったが、侍女達を巻き込んで楽しく盛り上がった。それにはメーリも参加していて、イーロとの関係を聞けて嬉しい。片思いや恋人の話など、きゃあきゃあとはしゃぎながら話す彼女たちはとても可愛らしい。
訪問初日から大変だったが、自分の恋心を自覚できてよかった。あの方にとって私など知り合い程度だろう。でも、何もせずに後悔だけ残して終わるなど嫌だ。ほんの少しでもいいから、あの方の記憶に残れるように頑張りたい。




