16、事件の裏側で
フェルン様が私に気づいて腕を緩めてくれたが、私の身体は力が抜けているかのようにふわふわしていて地に足がついていないみたいだ。バランスを崩して倒れそうになったが、そっと支えてくださったフェルン様にお礼を伝える。
「ありがとうございます。先程も私の事を守ってくださって……」
「怪我はないですか? どこか痛いところや、おかしいと感じるなどは?」
言葉遣いが丁寧な口調に戻っているが、ちょっぴり口の悪かったフェルン様も素敵だと思ってしまった。
「大丈夫です」
「ご無事でよかった」
安心されたのか笑ってくださった。フェルン様の顔を見続けるのが何だか恥ずかしくなってきたのを誤魔化すようにまわりを見渡す。みんな怪我はないみたいでこちらも安心した。メーリは腰が抜けたのかイーロに抱えてもらっている。
「そういえば、お祖父様の声が聞こえて……」
「アマリアーっ!!」
「あ、お祖父様~!」
両手を広げてすごい勢いでこちらに駆け寄ってこられるが、顔が酷い事になっている。フェルン様が「げっ……」と嫌そうに呟いたのが聞こえた。駆け寄る祖父の勢いは止まらず、このままだとぶつかりそうなのは気のせいだろうか。
「お、お祖父様! ぶつかりそうですわ!」
「おお、すまん。アマリアは無事か? 怪我はしていないか? 痛いところはないか?」
「無事ですわ。フェルン様が守ってくださいました」
速度を緩めてからゆっくり近づいて顔をニコニコとしていたが、フェルン様に気づいたのか微妙な顔をしている。
「なんじゃ。フェルンのところのひよっこか。エサイアスは元気にしとるか?」
「祖父も元気にしておりますよ……あんたと同じくらい元気が有り余ってるっつうの……」
最後の方は誤魔化すようにぼそっと呟いておられるが、祖父は気にしていないようだった。
「そうか、そうか。ここのところ魔獣狩りで忙しかったからのう。久々に会いたいものだ……ところで、おまえはいつまで儂の可愛い孫を抱きしめておるのか」
「は?」
だ、抱きしめている!?今はただ支えていただいているだけで、抱きしめられてなどいない。先程まではそうだったから思い出してしまい顔が熱くなる。
「失礼、淑女に軽々しく触れるなど、申し訳ありませんアマリア嬢」
「き、気にしないでください。倒れそうな私を支えてくださっただけなのですから……」
顔だけではなくて全身に熱がまわっていくような気がして、このままではまた倒れてしまう事になるので、深呼吸をして魔力が溢れ出ないようにコントロールして抑える。
「お祖父様、あのドラゴンは何なのですか? それに、領民は無事なのですか!?」
「アマリア、落ち着きなさい……そうじゃな、色々と確かめていかねばならん事もあるが、まずアマリアは城に戻って休みなさい」
「お祖父様、でも……」
「落ち着いたらちゃんと教えるからな。メーリは……無理か。ユッカ、頼んじゃぞ」
祖父は城に戻るように言い、私の頭をそっと撫でてからまわりに指示するために動き出す。ユッカに連れられ城に戻される事になってしまい、会釈してくださったフェルン様にもきちんと挨拶もできずに別れた。
城内では父も祖母も忙しくて会う事ができず、大人しく待っている事しかできない。薬草を調合しようとすれば、とにかく休むようにとベッドへ押し込まれてしまう。調子が戻ったメーリに手を握ってもらいながら、慌ただしく時間が過ぎていくのをただ待った。
真相が聞けたのは三日後で、その間に母と姉もこちらに帰ってこられた。王都でもあの黒い暗雲は確認されており、情報が錯綜していたそうだ。
応接間にみんなで集まり父が話し出す。
「領内で被害にあったのは、キルッカの城下から北東までの地域です。田畑や家屋への損害、また死者は出ておりませんがかなりの怪我人がいます。速やかに復旧作業を開始し、被害を受けた領民への支援も始めております」
「被害が大きかったのは城下近辺のようですね。高度を下げて近づいたのもこの辺りからのようでしたわ。怪我人の多くもそうです」
「今回の急な魔獣出没の原因はおそらくあのドラゴンに影響を受けたからではないか、というのが王国の調査隊の見解です」
あのドラゴンは『天山』の頂から現れて上空をくるくると回るように飛行していたそうだ。この時に徐々に黒い霧を纏っていきそれが急に動きを止め、何かに気づいたかのように一点を目指して向かって行った。ドラゴンの動きを警戒していたフェルン辺境伯様が南西に向かうのを見て、ご子息をキルッカ領へ急ぎ向かわせた。この時は高度も高く、過ぎ去っていくだけならば影響はなかった。だが、キルッカ領に入った時に少しずつ高度を下げていった。城下近辺で被害が大きいのはこのためで、それでもドラゴンはまだ先を目指していたようだ。
祖父は腕を組んで難しそうな顔をしておられる。それにしても、あのドラゴンを倒した祖父は何者だというのか。ドラゴンは天災そのものだといわれている。今回も嵐のような風に襲われて死者が出なかったのが不思議なくらいだ。
「お祖父様があのドラゴンを倒したのですよね? ドラゴンは魔獣の中でも最強クラスなのだと聞きました。どうやって倒したのですか?」
あの時、気づけばドラゴンは倒されていたのだ。そう、目の前の祖父に。あっさりと倒されてまわりも驚いてなどいなかった。「あ、やっぱり」というような反応だ。
「最強? あんなもん、トカゲじゃトカゲ! それにアマリアを怖がらせたのだから切られて当然じゃな!」
「と、トカゲ!??」
あれがトカゲとはどういう事だろうか。まわりのみんなも先程までの真面目な雰囲気が消えて笑っている。祖父の言葉で緊迫した空気は緩み、報告会は終わった。
王宮のとある部屋に三人の王子が集まっていた。ここは第一王子クリスティアンの自室であり、人払いがされていて護衛達は部屋の外に控えている。彼ら三人は先程まで国王陛下の執務室にて今回の魔獣出没からドラゴン飛来の原因についての報告を受けていた。
「まさか、また<ヒョウイシャ>に振り回されるとは思わなかったよ……」
「振り回されるなどと可愛い話ではないですよ兄上。今回は他国の<ヒョウイシャ>も原因ではありますが、我が国の<ヒョウイシャ>もなかなかどうしてこう……」
「近年現れる<ヒョウイシャ>は特に酷いです」
三人とも疲れたようにため息を吐いた。魔獣出没の原因はドラゴンに影響を受けたからだと正式に発表はしたのだが、そのドラゴンに問題があった。今回のような事態が他国でも同時に起きていたのだ。
中央大陸には五つの国がある。その五国で同じ事が起きれば何事だと思うだろう。それぞれの国に現れたドラゴンはすでに討伐されており、魔獣出没も治まった。そして判明した原因に<ヒョウイシャ>が関係している。
<ヒョウイシャ>はグロリアのように内側に引きこもった大人しいタイプと、アグレッシブ令嬢ことリッリ・ポズィティーフ男爵令嬢のような、まわりに多大な被害を出すタイプがいた。今回は後者で、彼女達の妄想ともいえる願望によって引き起こされた。
今回の原因の一人であるマイヤ・ルーイヒ子爵令嬢も、妄想と空想の中で生きている『ヒロイン』願望の<ヒョウイシャ>だった。彼女は自分を『竜の愛し子』と自称しており、毎日「番様、早くわたしを迎えに来てください。わたしはここにおりますわ。番様をお待ちしております」というような事を天に向かって祈っていたらしい。これは幼い頃からおこなわれていたのだが<ヒョウイシャ>に見られるよくある『ヒロインごっこ』だと判断されていた。今回の事件はその言葉が力を持ち、彼女の想いが形となって実現した。言葉は『言霊』となり、強い想いは『生霊』となってあのドラゴンに絡みつき徐々に狂わせていった。
<ヒョウイシャ>を研究している<ユウゴウシャ>によれば、彼の前世の世界ではありえる事だそうだ。彼はこういったオカルトな分野が大好きだったらしい。『言霊』と『生霊』に魔力が上乗せされてしまったのではないかと言っている。あまりに強い想いだったのか、それらは黒い霧のようなものとして視認できた。
あのドラゴンが目指していたのはマイヤ・ルーイヒ子爵令嬢の元。『天山』からルーイヒ領にまっすぐ向かったため、その途中にあるキルッカ領に被害が出た。
そしてそのような事が五国同時に起こってしまったのだ。他国にも『魔の森』と同じような場所がある。そこからドラゴンが現れたそうだが、事なきを得ている。討伐者達曰く、あれはトカゲらしいのだが……。
「今回の事で<ヒョウイシャ>の監視をさらに強める事になった。より不自由にさせてしまうがしかたがないのだろうな」
この<ヒョウイシャ>の問題には、これからも頭を悩ます事になる。




