四十三話
どうにか。
本当にどうにか、いつも通りを取り繕えるくらいに、コモス様は戻ってきた。
戻ってきて早々に、焦げてるとお叱りを受けたものの案外に軽いお言葉だけで終わった。
逆に、私たちの好物を聞かれて、いったいどんな風の吹き回しかと思ったくらいだ。コモス様の気まぐれは今に始まったことではないので、まあそういうこともあるのだろうと流した。
流したが食後にオウィノー様をはじめとした女性陣に呼び出された。そして話の内容を聞いているうちに、もしやと勘づいた。
「サエ、好みの色はあるかしら。デザインも特別に聞いてあげるわ。もっとも妙なものだったら遠慮なく手を入れるけれど」
「サエ殿、こちら教本ですわ。できるかぎり詰め込みましょうね。わたくしめがお手伝いいたしますから、ご安心くださいませ! お作法については、ユウェタース様いかがしましょう」
「そうね……ロクタックの者としての作法はともかくとして、これはサエのためのものですし、身内だけのこと。なれば、厳しくする必要はいらないでしょう。ところで部屋の手配は?」
あ、これ、もしかしなくても外堀がんがんすすめられて、お式実行しようとされてる。
ピンと来てしまって、慌てて口を開く。
「あの、まさかなんですけども、結婚はまだ早いかなって思いますが!?」
けれども私の主張は、変なものを見る顔で答えられた。
「なに言ってんのよ。互いに思いが通じているなら、式を上げないでどうするの」
「そうですわよ、サエ殿。まあ、ほかに相手がいるといえない状況ではございますが、契約を結んでおいてから仲睦まじく過ごせばいいだけのことですわ」
異世界の常識的に、両想い即結婚ないしは契約が普通らしい。そうでないと競争相手にとられるからだというが、それは偉い人の青田買いみたいなものではと思わないでもない。
オウィノー様とウータさんは式の日取りやドレスデザインにすでに乗り気だ。
ただ、唯一ユウェタース様だけは、思いとどまってくれた。
「お待ち。あなたはこことは違うところから来たのでしたね。ならば、強要することは適切ではないでしょう」
「ええー、ドレス作りたあい」
「そんな、ユウェタース様」
現在は人に化けられるのに、ユウェタース様もコモス様と同じで、異形のままのほうが多い御方だ。
ぱらりと本になった頭のページを動かして、文句を言う二人を手先だけの優雅な動きで抑えた。端々まで貴婦人だと思わせるので気安くしづらい人だけれど、ここで過ごすうちに大分と打ち解けてきたと思う。こうした時間を取って過ごしてくれることって、きっとすごいことなのだろう。
「かわりに、サエ。お前の世界の婚儀についてわたくしに話すように」
「あっ、ずるいわよ、お母様! サエ。アタシにもサエのところの服を話しなさい。そうね、婚礼服や式服があるでしょう?」
「まあ、さすがユウェタース様! そうですわね、異界の恋愛も興味深うございます。わたくしめ、感服いたしました。さあさあ、詳らかに語り聞かせてもらわねばなりませんわ!」
思いとどまってくれたが、違う方向で苦労することになった。
まあ、早まる行動をとられるよりはマシなはずだ。
わいわいと盛り上がる女性陣に背を押されて、当初とは違う目的でのお話会となったのだった。
一方、ルンのほうも一悶着あったらしい。
朝のお手伝いのあとは、私の場合、大抵ウータさん中心のお勉強タイムだったり、オウィノー様の着せ替え人形や話し相手をして過ごしている。ルンのほうはバティストさんの師事を受けて小間使い業務を中心に、暇を見つけては鍛錬をしているみたいだ。
ここでの私たちの立場は、オロクヒェン家の子でありロクタックの子でもあり、従者見習いで料理人助手である。
役割が多すぎるが、まあ、なんだかんだと可愛がってもらっているのは間違いない。お茶会やお着換えとかで女性陣に囲まれる私や、男性陣に仕事だ鍛錬だと囲まれてもみくちゃにされるルンを見ているとそう思う。
なので、昼時に畑で出くわしたルンが、やけに疲れた様子だったことから、可愛がられたんだろうなとすぐにわかった。
服の損傷や怪我がないことから多分、鍛錬ではないのだろう。ということは、私の女子会と同じように男子会でもしたのかも。それでお昼時になって解放されたとか。
ちなみに、この世界の習慣では、食事の回数は朝晩の二回のみで昼飯は基本的にない。しかし私は贅沢と言われても三食摂れるならとりたい。
ダメもとでねだったらあっさり許可がもらえて、昼間になったら残り物をもらったり調理場を借りて作ったりするようになったのだ。これはコモス様が復活したときから、了承をもらっている特権である。
今はそのために食堂裏出で作業をしていたところだったのだけれど、ルンもお腹が空いたのだろうか。
「お疲れさま、ルン」
「……はい、サエも」
ちら、と私を見て眉根を寄せている。
なんだ、何があったんだ。私、何かしただろうか。朝はしたけれども。いや、朝のあれはノーカンだ。むしろルンが私にした。
脳内がふわふわと浮かれそうになるのをこらえる。緩く頭を振って邪な回想を追い出す。
気を取り直して手招きすれば、ためらいがちだけれど寄ってきてくれた。まだときめきの名残は残っているものの、ルンに異変があるのならば私の気恥ずかしさなど脇に置かねば。
「なにかあった?」
野菜を収穫した籠を抱えて立ち上がってから、聞いてみた。頭のてっぺんから足先までじろじろ見てみたけれど、変な様子はない。
ただルンが気まずそうというか申し訳なさそうというかそんな雰囲気をさせているだけだ。
「ルン?」
「いえ、あの、堪え性のない己に嫌気がさしただけです」
それから持っている籠を取り上げられた。ついでに、頬がすっと寄せられた。
わずかに頬同士がくっついてすぐに離れる。
「持ちます。何を作りますか」
「えっ、あっ、うん。ありがとう。何食べたい?」
「ほかならぬあなたが作ってくれるものなら、なんでも。手伝えることがあれば言ってください」
表情を和らげて、どうぞ、と先を促される。あまりのスマートな一連の行動に、ぽかんとしてしまう。こういう行動に、ハリオス様たちの教育の成果を感じる。ダンス練習から片鱗は見え隠れしていた元からの丁寧な動作も、かなり洗練された。
そんなふるまいもぐっと素敵になったルンが私を好き。
まずい。
またメルーのところまで駆け込んでしまいそうだ。とろけて、素敵、好き、と転がりまわれる場所といったらそこしかない。
むずむず動きそうになる表情を、これまたどうにか堪える。ただ、やられっぱなしで私ばかり悶えそうになるのも悔しい。近寄って耳打ちをすることにした。
「まかせて。いっぱい愛情をこめたげる」
「……はい、楽しみです」
返事は取り繕っていても、すぐに赤くなるのでわかりやすい。してやったりという気持ちと好きだなあという気持ちでいっぱいになる。
この人が好きで幸せだ。
ルンの腕を取って、じゃあ一緒に作ろう、と中に戻る。
なんでも食べると公言するとおり、ルンは本当に好き嫌いがない。
いや、腐った物はちょっと、と言っていたので発酵食品は苦手みたいだ。私が以前にコモス様にリクエストをしたとき、ものすごい渋い顔で食べていた。
なお、非常に残念なことにこの世界には和食が存在しない。米と似た穀物はあるにはあるが、外国のお米みたいなパラパラパサパサ加減で、もちもち白米はもちろんない。
そして、現代日本レベルのメニューも存在しない。
コモス様の腕がいくらピカ一でも、寿司やカレーライスなどといったものはないのである。もちろん多種多様なスナックやアイスもない。ルンにはいつかあの美味しさを共有できたらと思うので、コモス様と食への探求に明け暮れるのみである。
だからといって不味いものばかりではないのが救いだ。
過ごしていくうちに覚えた食材の名称や使い方で、思いもよらない食べ方や味と出会えるのも楽しい。和食モドキも作れなくはない。再現は遠いけれど。
案外、私こういう方面の将来も向いていたのかもしれない。最近はそう前向きに考えている。
「今日は余った卵で、卵とじ。お米……お米があれば完璧だけど、ないものはないから蒸した野菜を付け合わせで食べる!」
メニューを言えば、過去に作った物ということもあって「なるほど」とルンは準備を始めた。
嫌でもよくなった手際をもってして二人がかりで料理をすれば、あっという間に完成する。
食堂の机に設置して、合掌を互いにして和やかに昼食タイムだ。
「そういえば、ルン。疲れてるみたいだったけど、なにかあった?」
「ああ、ハリオス様につかまりまして」
「ああー、なるほど」
私に負けず劣らず、ルンを猫かわいがりしている筆頭だ。
覚えがよくておとなしくて、真面目控えめな弟分。そうルンを見なしているハリオス様は、コモス様やオウィノー様に向けるブラコンぶりを発揮している。小さなころのコモス様やヌワを思い出して、すごく楽しいそうだ。
なお、そんなハリオス様は変化を覚えたロクタック家の中で意地でも変化しない人でもある。
自分の姿というか、顔にいい思い出がないらしい。そして外界へ出かけることもしない。私たちに見せる姿とは驚くほどかけ離れた人嫌いぶりである。
一度だけ顔を見せてもらったけれど、なるほど納得のきらきらしい美男だった。
ただ、祖父似だとかで家族とあまり似ていない顔だった。ちょっと目つきはルンと似ているかもしれない。だから余計に構われるのかなと私はひそかに思っている。
「式はいつ行うのか。身内代表の挨拶は自分がするからと」
「ルンも言われたんだ」
「ここでの慣習と言われました。ですが、私一人で決めることではないので……」
きっと、粘りに粘るハリオス様相手に根気強く説得してくれたのだろう。目に浮かぶような苦労だ。
「どうにか、居合わせたフィドモン様が取りなして下さり、いつかはお願いするという形で収まりました」
「おお……そっか。頑張ってくれてありがとう、ルン」
「いいえ、お礼を言われるほどのことでは。ただ、これでいいのでしょうか」
ぺろりと料理を平らげたルンが食器を置く。そして私が食べ終わるのを待ってから、心配そうに言った。
「何が?」
「このままでも、十分すぎるくらいだというのに。私がこの先、そういう契約をもってサエを縛ってしまっても、いいのですか」
「私は、ゆくゆくはって思ってるよ」
あまりにも不安そうなので、つい、励ますように声をかける。ルンは目を丸くした。
「ルンは違う? 私もルンを縛ることになっちゃうから嫌?」
否定されないとわかっていて、聞いてみる。すぐに首は横に振られた。
「……実感が、わかないのです。何をすれば正しいのか、間違ってあなたを傷つけることがないのか」
「私だってそういう実感わかないし、そもそもわかんないことだらけだけれど」
言いながら、なんだか懐かしくなった。
ヒロ兄と南美姉が結婚すると決まった時のことだ。南美姉はハイテンションで、逆にヒロ兄がうだうだとマリッジブルーになったのを見て楓太兄と背中を叩いて応援したのだった。あの時とおんなじ感じがする。
今度は自分の番なのだ。いや、まだまだ先のこととは思うものの、気分はあの時の私である。
最初に会ってしばらくしたころのナイーブなルン相手にしているときみたいに、言葉を探す。何度も繰り返して励まして言った言葉が適当だろうか。
「ねえ、ルン。言いたいことは都度言って、教えて。私も話すから。それで、二人で考えてみるの。それならどうにかなる気がしない?」
「ああ……」
吐息混じりに、感嘆するみたいにルンがこぼした。逆光になったルンの表情がまぶしそうに変わる。
「そうですね。サエの言う通りかもしれません」
「でしょう」
「わかりました」
えへんと座ったまま胸を張ってみせれば、ルンは息を整えて言う。
「サエ、あなたが好きです。心から、愛しく思える相手があなたでよかった」
ちょっとそれは言い過ぎだ。供給が過剰すぎる。
思わぬ反撃を食らった私は、きらきらしく映るルンをどうにか視界に収めながら声を絞り出した。
「私も」
あとでメルーのところに駆け込もう。
私がときめきでダメになってしまう日は、遠くない。好き、と呟いて食器を避けて机に突っ伏した。




