四十話
服に小間物、雑貨。
広場の露店をいくつか見ながら歩く。旅行先の民芸品店のようで、テンションが上がる。
異国情緒あふれる物たちはわくわくするし、好奇心も満たす。
とくに必要ないのに手に取りたくなってしまうが、商品なので我慢する。ここにロクタックの人たちがいたらどんな反応をするのだろうと想像してみたり、ルンはやっぱり物珍しさが勝って知的好奇心に瞳を輝かせるのかなと考えたりと、買うわけでもないのに楽しい。
メルーはにこにこの表情を取り繕ったままあれこれ商品を見ていた。
イケメン効果か、お試しにどうぞとあれこれもらっていたのがすごすぎる。
ここの名物だという燻製したお肉だったり、手ごねのパンっぽい何かだったりをメルーと二人で食べてみたが、素朴な味わいがした。コモス様の料理と比べると物足りないけれど、その場で焼きあがった物は別格だ。
もはや形骸化している比較デートだけども、兄妹間の交流と思えば有意義かもしれない。情報収集にもなる。
「あ」
食べ終わったパンっぽいものから手に付いた粉を掃っていると、メルーが声を上げた。
そのままきょろりとあたりを見回して、私を手招きして路地裏に向かった。急に何があったんだろう。
人通りが少なくひっそりした路地裏のさらに建物の隙間に入り込んだメルーは、私を振り返ってちょっと困った顔をした。
「サエ姉、先ほど、本体のほうに訪問客がありました。本来の機能を遂行するため、一時離れます」
「もう帰るの? ほかのところも見れたらよかったけど」
「メルーも見たいのですが、こ」
途中でメルーの姿がぶれた。
通信が不調になったみたいにノイズが走って揺らぐ。
「……ン、そん……もそうな……」
「え、なに、どうしたの」
声が遠い。次第に薄くなりながらきょろりとあたりを見回してメルーは言った。
「サエ姉……迎えは後程」
「のちほどって、なに、えっ、メルー?」
消えた。
跡形もなく、きらきらっとした効果つきで消えた。
手を伸ばしても届くはずもなく、私は路地裏に取り残されてしまった。そして置き土産とばかりに、小さな袋が急に現れて落ちた。摘まんで中を見ると、硬貨とブローチが入っていた。買い食いしたときの換金から想像するに、結構な金額だ。
エプロンドレスのスカート部分に隠しポケットがあるのでそこに入れておこう。
ブローチは小さなリボンの中心部にカメオがあるものだった。つけろってことなのか。お守りみたいなものとか。
意味のない物ではないはずと思って、ひとまず胸元あたりにつけておく。意外と今の恰好に似合っていい感じだ。
そうして、いなくなってしまったものはしかたないと少しの間待っていたのだが、なかなか戻ってこない。
さすがに長時間路地裏に居続けるのは躊躇われる。
明るい場所に移動したほうがいいだろうか。それとも急に現れることを想定するなら人通りが多くないところ、街の外がいいだろうか。
ふと見上げてみる。
青空に雲が浮かんでいるが、空に浮かぶ島なんて見当たらない。よほど高い位置なのか、雲に隠れているのかどっちかだろうか。
帰れない、なんてことはないと思うけれど。
ちょっと不安になったものの、ブローチに触ってから気合を入れて街の中へと戻ることにした。
白壁の家が立ち並んだところを戻るように歩いて広場に出る。
テントの天幕がひしめく市場は、私とメルーが買い食いしたところだ。どうにか知っている場所に戻ってこれたことにほっとする。
満員電車並みのぎゅうぎゅうではないけれど、人通りは多くにぎやかで、ひやかしでもしながら待つのもいいかとゆっくりと歩く。
親子連れも居れば、商談に来ている商人らしき一行もいる。中には戦士っぽい恰好をしている人もいて、映画の中に紛れ込んだみたいだわ、とぼんやりと感想が浮かんでしまう。
あんまり興味津々に見ていたら、浮いてしまうかもしれない。努めて慣れていますが、な雰囲気をとってみているがどうだろう。
「お嬢さん、そこのお嬢さん」
「私?」
とくに買うつもりはないけれど、見たことのない野菜や果物を眺めていたら呼びかけられた。食品を売っている店のはす向かいからだ。
顔を向けると、大分年を取ったローブのおばあさんが手招いていた。見るからに怪しい。
木の台に置いている商品も、干物だったり何かの生き物だったりと奇妙な代物ばかりだった。
「あんた、お兄さんとはぐれたのかい」
「お兄……あ、ああ、ちょっと別行動を」
「おや、それじゃあ退屈だろう。どうだい、退屈しのぎにうちの品物を見ておくれ」
「はあ」
天下の往来で、こんなに人目がある場所で売っているものだ。ここの世界のことを理解しきれていないから、私の知らない商品も普通に受け入れられている……かもしれない。果てしなく怪しいけれど。
ちゃんと見れば、きれいな宝石の原石もある。スピリチュアルな感じのお店だろうか。
怪しみつつも見ていると、おばあさんは皺をさらに深くして話しかけてくる。
「お嬢さんはどちらから? この街では見ない子だね」
「ええと、田舎の方から出てきたんです」
「そりゃあ大変だったねえ。田舎というとあっちの山際かい? ずいぶん遠かったろう」
「そう、ですね。遠かったかも」
「私もこの街へ嫁入りしてきたが、たいそう歩いてくたびれたものさ」
客商売の年季がなせる業か、会話がぽんぽんと出てくる。愛想よくうなずいて、私のしどろもどろな答えにもにこにこ聞いてくれる。
うっかり口車に乗せられそうになって無駄に買い物をしてしまいそうになるくらい、話し上手なおばあさんだ。
そして自分のことをぺらぺらと話す姿は、なんだか近所のおばさんたちを思い起こさせる。どこの世界でも話たがりの人っているものなのだなと場違いな感心をしてしまった。
しかし、そんな会話も突如おばあさんが顔色を悪くして息を詰めたことで終わった。
「うっ」
「おばあさん?」
「く、苦しい……胸が……!」
「え、えっ」
どうしたらとあたりを見て、人を呼ぶべきかと離れようとすると、皺だらけの手で腕を掴まれた。
「私の家に、薬があるんだよ。お嬢さん、すまないが一緒に行ってはくれんかね」
直感が、これ、やばいのでは? と告げている。
怪しい。怪しすぎる。
でも、私の善なる心が、苦しそうに見えるおばあさんを見捨てるのかと反論した。緊急蘇生法とか応急処置とかが頭を駆けめぐる。
厚い爪のかさついた手は、縋るように私の腕を強く掴んでいる。
振り払うのは簡単だ。
なにせ私の体はメルーの改造を受けた特別製。多少の痛い思いも平気だし、力も普通の人よりはある、と説明を聞いた。力の弱いおばあさん相手なら、問題なく離れられるだろう。
「お嬢さん……」
いやでも、やっぱりお年寄りを見捨てるのは心苦しい。
「あの、お家ってどこですか?」
これ、ルンや他の人がいたら咎められるのだろうな。嫌な予感はしつつも、恐る恐る私は問い返してしまった。
そして嫌な予感というものは、外れてほしいなと思うときほど当たるものらしい。
おばあさんを連れて、言われるまま路地裏へと歩く。すると、裏門らしきところまで連れてこられた。
人混みがしだいに減って、辺り一帯がしんとしだすに比例して、私の心の警報がものすごい勢いで鳴りだした。
案の定、どこからともなく見るからに破落戸だとわかる人たちが出てきた。
おばあさんは私が支える腕を逆にしっかりと握りこんで離れようとしない。しきりに「悪いねえ」と言っている。そう思うならしないでほしい。
そんな風に頭で茶化しておどけてみせても、見知らぬ強面の人たちがやってくると、さすがに身が強張る。
今まで生きてて暴漢に囲まれるなんて、そんな非日常な経験をしたことがなかったのだ。見るからに暴力沙汰に慣れているという人たちが、獲物を持ちながら凄んでくるとかなりの迫力がある。
メルーが言っていた、「治安が日本より悪い」を目の当たりにしてしまった。
きっとこれは、人攫いのグループ犯だ。
捕まって、口には憚られる目に遭う、そして体の超回復の発覚して、見世物コースまで悪い想像がめぐる。それは嫌だ。
どうにか委縮する体に力を入れて、なるべく傷つかないように体を動かした。けれども、しがみついているおばあさんはなかなか動かない。
「……おばあさん、ごめんなさい!」
しかたない。
腕を掴んで思いっきり体を捩って振った。
「ぎゃ!」
そして、思った以上の速さでおばあさんが飛んだ。
ふわっと浮いて、大きく尻もちをついたのだ。痛そうに呻いて、そのまま倒れてしまった。だ、大丈夫だろうか。
「逃げるぞ、急げ!」
「なにしてやがる、婆!」
触れるもの皆傷つけるという強大な力を持った気分だ。
ふっと万能感が湧くものの、仲間が吹っ飛ばされたことでいきり立つ荒くれ者たちを前に、すぐさまそんな気分はすぐにしぼむ。刃物はいけない。鈍器も怖いけど、明らかに恐ろしいし危ない。
ここの世界の人たちは基本的に体が大きい人種なのか、三人の男だけでも圧迫感はすごい。気圧されて後ろを向いて走り去っても、武器を投げてこられそうだ。そもそも、後ろ走りできるほど私は器用じゃない。
常人より力が強くなったとしても、超人的なパワーに目覚めているわけでもない。過信はできない。
じりじりと後ろ足を下げると、武器を手にした相手がぐるっと囲んでくる。
「よおし、おとなしくしてろよ」
「おい、傷は残すな。値が下がるだろうが」
「馬鹿言え。さっきの見ただろ。婆が吹っ飛ばされたんだぞ。多少の怪我はこの際目をつぶれ」
勝手なことばかり言う。言葉は映画や小説かというくらいの、聞いたような子悪党なセリフだ。
でも実際に言われるとなると、こうも背筋が寒くなるのか。
荒い造りの布袋を抱えた男が寄ってくる。体を掴まれるのではという恐怖に、咄嗟に目をつぶりそうになったがこらえる。ヌワとコモス様の教育のたまものだった。
そのまま振り払って、力いっぱい押せば隙を作れるだろうか。
うるさく鳴る心臓が、いやに緊張させる。モンスター相手ができても、人相手に暴力をふるえるかはまた別だ。そして、悪意を向けてくる相手にすぐ対応できるかも。
痴漢や変な人相手に出くわしたら、すぐに逃げれるなんて思っていた。そんなことない。恐ろしさで固まりそうになる。
胸元のブローチを咄嗟に触れて、メルーが来ないかと祈る。
また、後ろ足で下がる。大股で向こうは迫ってくる。
「よしよし、良い子だお嬢さん。なに、良い買い手がつくように、高値の交渉をしてやるさ」
震えそうになる指先を握りしめて、せめて一発、と覚悟を決めた。
「おい、上!」
その瞬間だ。
布袋を私に向けていた男が慌てて後ろに下がった。
同時に、なにもない上空から、血まみれの物体が落ちてきた。
いや、物体じゃない。人だ。
それも見覚えのある青年だった。
「……え?」
「な、なんだ!? 死体が降ってきたぞ!」
「誰だよ、こんなもの投げ込む奴」
私の戸惑いの声と、暴漢たちの動揺を隠さない声が重なった。けど、訂正したい。
これは死体じゃない。ルンだ。
なぜか、体のあちこちに刺された跡をつけて血を流しているルンだ。
確かに血の気はまったくないし、落ちてきてから呻きの一つもこぼさないけれど、まだ生きている。だけどなぜこんなことに。
「ルン」
死に体のルンは、私と暴漢たちの間にちょうどよく落ちてきた。思わずといった風に下がる男たちとは逆に、私は慌てて近寄ろうと足を踏み出した。
けれど、それもぴくりと体をけいれんさせながら起きるルンに止められた。
「……あ……ぇて、さえ……とまって」
よろよろと起き上がるルンから、ぽたぽたと止まりきらない血がしたたり落ちた。
身を乗り出す私を留めるように、後ろ手を伸ばしたまま、ゆらりと揺れる頭が男たちを見た。
何もない空間に、火が灯る。
ぽつり、ぽつり。
音にするならそのくらいの小さな灯火が男たちに少しずつ近づいて灯っていく。
「ひ……!」
「ひいぃ」
「呪い付きだ! この女、呪い付きだぞ、逃げろ!」
顔面蒼白で、とてつもなく恐ろしいものを目にしたと言わんばかりに表情が変わる。
獲物を投げ捨てて、伸びているおばあさんも回収せずに無我夢中で逃げて行った。
それを見送った後、ルンはしばらくふらっと体をよろめかせたものの、やがて一息ついた。
「……ルン?」
恐る恐る声をかける。
ルンはゆっくりと振り向くと、私を見てまた大きく息を吐いた。
「間に合ってよかった」
「ルン! え、なんで、どうしたの。それに怪我も、なんで。メルーは?」
声はすこし震えていたけれど、いつものルンの声だ。慌てて近寄る。
矢継ぎ早に質問を投げかけて、血だらけの頭を拭くものと自分の服をぱたぱた触る。結局なかったので、エプロンドレスの前掛け部分を使って顔をぬぐった。
血濡れのわりにはもう怪我の跡は消えかけている。ルンもぬぐうときにちょっと顔をしかめたくらいなので、それほど深くはないと思いたい。メルーの改造に改めて感謝をしてしまった。
きれいな服も穴がところどころ空いてしまっていて、血の汚れがひどい。こうなると染み抜きどころじゃなさそうだ。
「ルン、痛いところはない?」
「とくに。この傷は自業自得ですので、サエが心配するほどのことでは」
「ルンが自業自得で怪我するわけないでしょ。何があったのよ」
聖人もかくやなレベルで善良なルンがやらかすなんて想像できない。ドジをしたとしても、私ならともかくルンなのでそれも思い浮かばない。
気まずそうに視線をそらしたルンの両肩を掴んで急かす。
「……ええと、騒ぎになるとまずいので、移動しましょう。メルーが街のはずれで回収をしてくれるそうです」
「あ、そうだ。おばあさん」
回収と言われて、私が倒して気絶させてしまったおばあさんを見る。気絶は一瞬だったのだろう。頭を抱えて震えている。
「あの」
「サエ、だめです」
声をかけようとして、止められる。
そしてやんわりとルンの肩を掴む手を外された。
「ああいう手合いに慈悲や躊躇いはいけません。一度の道を外すならまだしも、あれはもう容易く戻れるものではないのです」
「でも、私が突き飛ばしちゃって」
「手に触れてもいいですか」
「え? ああ、うん、それはいいんだけど」
そのまま手を取られて緩く引っ張られた。
足早に進むルンを追うために、駆け気味に私も足を動かす。
後ろから「呪いだ」や「思念が」というおばあさんの声が聞こえてくる。振り返ろうとして、ルンに弱く引っ張られて、前を向く。
通りを抜けて街の裏口をこっそり抜けるまで、結局振り返ることもできなかった。




