三十九話
あれから、また日が経った。
ユウェタース様やフィドモン様の相手も慣れてきて、なんならお作法も及第点をもらった。
万事つつがなく過ごしている……わけでもない。
「あ、サエ。おはようございます。今日も朝からあなたに会えて嬉しいです」
ルンが、変だ。
そしてそれに伴って、私の動揺も凄まじいことになっている。
「メルーぅう! メルー! ちょっと、聞いてよお!」
本日はとうとう耐え切れなくなって、ダンジョン入り口でメルーの名前を連呼して呼び出した。
誰も来ないだろう奥域でごろごろ転がり回ってしまうくらいには大丈夫じゃない。
いや、生活は順調なのだ。
なのだけども。
「ルンが、ルン……はあ」
私が成長してマナーを覚えたように、ルンも成長した。というかあれは進化だ。
ちょっぴり頼りなくて、泣き虫で、からかってみると可愛い反応をしてくれる彼は、変わってしまった。
その変わり様に、ついつい逃げてしまう。変だ。ずるい。
ルンが……ルンを意識しすぎて、しんどい。
別に嫌とかそう言うわけじゃなくて、なんかいいなあと思ってたところにぐいっときて、イタリア人やフランス人ばりのレディファーストな仕草や口説きが入り始めたら、余計意識してしまうのはしょうがないのでは。
だめだ。言い訳みたいなことしかでてこない。
いやでも、だって、意識すればするほど直視できない。恥ずかしい。なのに見ていたいし、側にいたい。
好かれているとは思うけど、そういうことなのかはっきり言ってくれないのも悪い。
ただただ、私のときめきが加速するのだ。
そもそもなんでこうなったのか。
おそらくだけれど、ハリオス様たちの入れ知恵というのはわかった。たまにルンを呼び出して何か教授しているっぽいのを目撃したから。余計なことをと、良い仕事をとの感情でごっちゃだ。
例えば、すっと手を取って「あなたの手に触れられる私は、幸せです」だとか「ひと時の間にも、こんなに胸を熱くさせる人がいることを知りませんでした」だとか。
あまつさえ「私の目が気になりますか? 私は、あなたのその穏やかな黒い瞳が気になります。いつまでも見ていられたらと思ってしまう。変でしょうか?」とのたまう。
オーバーキルがすぎる。
控えめ普通な女子相手にするんじゃない。
ルンもルンで、言いたいことは言うと私が言ったからだの、これは私からあなたへの正当な評価だの主張しているが、ちょっと待ってほしい。
というか、なに、ルン、私のこと好きなの!?
私も、まあ、まんざらではないけどね!?
そう言えたらどんなにいいか。
実際は、耐えきれなくなって逃げてしまう。
いいなと思って気になっている人から、そう言われて耐えられるだろうか。免疫がただでさえないんだぞ、こっちは。ともちゃんと違って、彼氏もできたことないのに。
気安く話せる男友達とは違った好意の視線や態度って、こうなのか。恥ずかしさと嬉しさとなんかわからない衝動で顔から火が出そう。
「メルー……心臓もたない……」
「内臓の強度にはかなり力を入れて変更をしたはず。メルーの記録にもそう残っています。不備がありましたか?」
新たな私の妹は、ふわりと浮いて不思議そうにしている。
オウィノー様をはじめとしたロクタック家の女性陣に相談しても良いけれど、城内だとルンと会う。せめていいな、素敵だなと思う人には動揺をあまり見られたくない。なけなしの乙女心だ。
その上、メルーなら客観的で冷静な返しをしてくれるので、私の気持ちの落ち着きに一つ買ってくれるのではという淡い期待もある。
「そういうのじゃなくてね。精神的な問題」
「問題? サエ姉がルンに対して思考の過半数割くことが?」
空中にわたしの脳スキャン画像が出た。
しかも分かりやすく可視化されてる。ルン、カッコいい、可愛い、好きかも……が六割超えてる。重症では?
「うそ、そんななの今の私」
「俗に言う恋愛脳でありますね。身近に同年の異性がいて、こうなるのは予想できていましたが」
「え、それは計算づくの関係みたいでなんか嫌」
「なにか問題が?」
「私の気持ちが軽いみたいじゃない? なんかこう、わかんない。それが好きか自信なくて、いや好きなんだけど、こう、なんか」
「なるほど……? では」
画像を消してから、今日も美少女なメルーの姿がぶれた。
そして今度は、美少年になった。
しかもご丁寧に系統がちがう。
美少女姿が溌剌とした明るく健全な愛らしい容姿なら、今の美少年姿は甘くてとろけそうな魔性の容姿だ。垂れ目がチャームポイントの、どんな人が見ても美しいと高評価をするにちがいない子。
「ん、んん……っ。こほん。声帯変更もできました」
「可愛いー! 何、どうしたのメルー」
「拡張機能から姿を拝借しています。これをこうして」
今度は成長して私と同い年かな、くらいになった。にょきっと背が高くなり手足も長くのびる。
高身長のハニーフェイスイケメンがいる。
顔ちっさ、足長っ、腰の位置高すぎでは……? 俳優、モデル、なにするものぞなくらい、きらきらしい。
見惚れていたら、くるりと回って美青年もといメルーが言った。
「はい、このとおり。サエ姉、メルーによき提案が」
「提案ですか」
思わず敬語で返してしまった。
にっこりと笑うメルーが手を差し出した。
「この姿のメルーと過ごして意識が揺らがなければ、気持ちに自信が持てるのでは」
「……そうかな? ええ……そうか?」
「メルーが作られたおり、この形がより良い姿と記録されています。いわば優れた容姿に惑わされずに、サエ姉がルンを好きだと自覚できるよう比較行動を取ってみては?」
「なる……ほど?」
「邪魔が入らない場所へ移動します」
言うなり、メルーが指パッチンをする。すると、さっきの美少年がもう一人、パッと現れた。
「留守番を複製し、設置。では」
そしてまたパチン、と指を鳴らした。
同時に、視界が一変した。
青空が見えた。
高い雲が上に登っているのも、鳥らしき生き物が飛んでいるのも見えた。
それは下から上へと突き上げるみたいに一瞬で通り過ぎて、気づいたときには私の足は大地を踏みしめていた。
雑草が生えないように砂利で整備された道だ。どこからどこへ繋がっているのだろう。
周囲は林らしきものが広がっていて、遠くに高台があるのがわかった。林の奥からは城の周りではあまり聞くことのない動物か虫の鳴き声がして、もしや私の知らない場所ではと思えた。
「比較するにあたって、サエ姉が想像するデートコースを算出。これより、現地で再現可能なことを実行してみましょう」
「なんか実験みたいね」
「そこはメルーの学習にご期待ください。ただいまメルーの体は空間に投影しているだけですので、触れ合いはできませんが振りは可能です。お手をどうぞ」
「おお……よ、よろしく」
メルーだとわかっていても、甘い美貌の王子様もかくやな相手に手を差し出されるとくるものがある。乙女の夢というかミーハー心というかそのあたりが。ハリオス様の仕草と似ているかもしれない。そこから学習したのだろうか。
手を取るような位置に動かせば、にこりと表情が華やいだ。
「はい。では、このまま街デートと参りましょう。服装は現地の者に紛れられるように変えて……必要であれば催眠も考慮します」
「街!?」
私が驚いている間に、服装が変わった。
グリム童話のおとぎ話に登場するような、地味な色合いのエプロンドレスで、胸から腰のあたりを絞ったもの。頭には頭巾がつけられて、一昔前の洋風村娘コスプレをしているような気分だ。
対するメルーもシャツとベストにパンツと似た系統の村人風に服装は変わったものの、いかんせん容姿が華やかすぎて逆に目立たないかと不安になる出来だった。こんな存在感ある村人がいるだろうか。
「ありますよ、街。何度目かの国起こしと荒廃が発生しましたが、現状、落ち着いてきたくらいの文明度なので問題はありません」
言いながら、手を取ってメルーが先を促した。
「さあ、ここから目的地はさほど遠くはありません。サエ姉、足元に気をつけて」
「大丈夫、大丈夫」
「サエ。あなたを心配しているのです。どうかわかって」
早くもめきめき学習している美青年メルーに、ぎょっとする。動揺されまいと、私は大きく息を吸って吐きだした。
さくさく歩いてたどり着いたのは、メルーの言う通りちょっと発展してきたのかなくらいの文明度の街だった。
街の周りにはブロック壁があって、入り口には大きな門がある。
古城の廃墟となった門と比べると小さめだが、それでも荷馬車が行き交えるくらいの幅と高さがある。
人だ。人が居る。
見たところ、欧米系の白色人種が多いが、有色人種もまばらにいる。ただ、誰もかれも目鼻立ちがくっきりとしたアジア人離れした顔つきで、背は高めだった。
言葉はメルーのおかげか、理解できるのが幸いだ。
そして何より、ごく普通の一般市民がいることに私は感動した。
なんだかんだで、まともな現地民とは初めて会うかもしれない。
そんなキラキラした目で見ていたからか、門番らしき人にお上りさんだとみなされてしまった。
メルーを見て、私を見て、田舎から来た兄妹なんだなと勝手に理解された。メルーが真面目にデートですよ、と訂正したが「わがままに付き合ってくれる兄ちゃんでよかったね、嬢ちゃん」と言われた。解せぬ。
あと、予想できたことだけど、メルーに向けられる視線の多さがすごかった。
美醜感覚はこの世界も変わらないようだ。
私、何もしていないのに親の仇みたいに睨まれる経験初めてしたんだが。
「ウインドウショッピング、買い食い、公園デート。どれからしましょうか。劇場……はこの街にはないようです。残念ですね」
「お金あるの?」
「作ります」
にこっと簡単に言うのはいいが、いいのだろうか。物言いたげな私に、メルーはにこにこと続ける。
「サエの居たところよりは治安は優れていないので、贋金も悪貨も横行していますし、貨幣を厳重に管理できていません。まだ物々交換も存在しています。であれば、私にかかれば、このくらいは。一度、地上の記録も更新したかったですし、いい機会になります」
さらりと説明がされた。いやでも、偽金製造ってよろしくないのでは。メルーは私の本当にいいのか、と訴える視線に気づいて付け足した。
「ダンジョン内の物資を持ち込み、交換ないしは換金しましょうか」
その口調はいつもの機械めいた無機質さというよりも、柔らかで控えめな丁寧口調。どこかでというより、私がよく耳にするようなしゃべり口調だ。
聞きやすくていいのだが、引っかかりを覚えたので一拍おいてから、もしやと口を開いた。
「……ねえ、メルー」
「はい? なんでしょう、サエ」
「さっきから、ルンの口調を真似てる、よね?」
「ふふ、どうでしょうか? あなたがもっとも心拍数を上げて高揚する口調ではありませんか?」
「そっ、それは……や、ちょっと調子狂うというか」
「声音も変更できますが」
「いいい、いいわよ! 余計意識しちゃうでしょ! 比較どころじゃなくなるから!」
言い返せば、メルーは片眉を器用に上げた。
「もう自覚しているのでは? ね、サエ」
「ひぅっ、ちょ、もう! メルー! お姉ちゃんをからかわないの!」
「メルーは善意なのですが……」
なお悪い。
このままだと余計に、美青年から繰り出されるルンを彷彿させる口調で頭が混乱しそうだ。ひとまず適当なお店にでも誘導せねばと、指をさす。
「ウィンドウショッピングするんでしょ、行くわよ」
「わかりました」
間の取り方や柔らかな口調はまだルンを真似ている。姉呼びもしないとは、メルーのなりきりはずいぶんと力が入っている。
照れ隠しに睨んでみても、にこやかに完璧な微笑みが返ってきただけ。周りの黄色い声や目線も気になるので、この際無視するしかない。
おかしい。比較どころじゃない。
ルンとだったら、もうちょっと楽しくできたのかしら。いや、そうなるとそれどころじゃないな、私の心が。
「ともかく、どんなものがあるか見てみたいわ。ロクタックの人たちにも情報が渡せるかもだし」
「サエの目的はデートでは」
「甘酸っぱい感じにならないって早くも悟ったから、情報収集に切り替えるの」
「なぜ? 比較実験は?」
「私のことはお姉ちゃんもしくはサエ姉と呼ぶのよ、メルー。周囲の女の人の視線がすんごいから」
「催眠します?」
「しません」
わからない、という顔をするメルーを引っ張る振りをしてずんずん進む。
「……ルンはもっと、私を気にかけるほど気にかけて動くわよ。心配性なの」
進みながら文句を言う。メルーはついてきているだろうか。感触がないからいまいち不安だ。
もし人に触られたら、すかっとしちゃってばれるかもしれないのに。それなのによく街に繰り出そうと言えたものだわ。
「あともっと慎重で、落ち着いてて」
返事がない。
ちらっと手先を見るが、ちゃんとある。黙ってついてきてくれているようだ。
「自信がないところとか、卑屈なところもあるけど、そこが可愛いし。聞いてる、メルー」
「聞いてますよ、サエ姉」
「ともかく、ああもう、一朝一夕に他人へなりきるのは難しいんだから。比較するんだったらもっと違う人でしてよね」
「はい、了解です」
軽い返事だ。
今度はお調子者のタイプの口調へ変更したのだろうか。メルーは何食わぬ顔でほほ笑んだまま、こてんと首を傾げた。イケメン無罪とあるが、中身はメルー。心の中で復唱しながらデコピンをする振りだけした。
変わらない表情がまた小憎らしかった。




