三十七話
私とルンのことについて、ちょっとからかわれたのはさておき。さておきったら、さておき。
ハリオス様が咳払いをしてからみんなを集めて言った。
「僕にいい考えがある」
なぜか良い予感がしない。私の勘が面倒なことでは、と疑問を呈している。
同じように思ったのだろうコモス様なんて、露骨に表情を歪めている。領主の一族はおそらく貴族だと思うけれど、コモス様はそういう面でも規格外な人だ。
「バティスト、ウータ、城内の蔵書は把握しているかい。母上が叫んでいらっしゃった書の名前も」
「ある程度は、ですが……ほとんどが戦火の際に焼けたものではと」
「バティストの言う通りでございます。ユウェタース様が気に入りの物語はご自身で保管されておられましたが、皆様の元へ預けられたお品はすべてないものと存じます」
「ということは、だ」
ハリオス様が長い指をついっと動かす。方向はたぶんユウェタース様たちがいる部屋だろう。
「母上の記憶は混濁されて、あるものとないものがないまぜになっている。そして、あそこにないものを一心に求めていらっしゃる。つまり」
「つまり、何」
オウィノー様がせかせば、ハリオス様は考えるポーズをした。
「オウィノー。ユウェタース母上は、ないものはないと言っても納得すると思うかい」
「しないわね」
「コモス。ではそんな母上のご機嫌を上向きにかつ、正気に戻すないしは忘我の心地にさせるものはなんだい」
「未知の物語、情報」
「うんうん、よくわかっている弟妹で嬉しいなあ。さあ、そこでいい考えなんだけれども、わかるかな」
ぱっと明るい調子で言って、軽めの拍手をしてから、ハリオス様はこちらへと手を指して聞いてきた。
「ええと、かわりになるものを渡す?」
「代替品、もしくは復元をするということですか」
気おされながら私が言えば、ルンが補足して続ける。
それは正解だったのだろう。ハリオス様はよく出来ましたと言わんばかりに拍手を送ってきた。
「その通りさ! というわけで、皆それぞれ母上に貢物を書いて贈ろうじゃないか。用紙については……バティスト、余裕があるかな」
「保管されていた部屋にあったものを直ちに集めてまいります」
バティストさんが答えれば、うん、とひとつうなずく。
「それでも足りなければ……オウィノー、僕の可愛い妹、いいかな」
「そんな聞かなくてもいいわよお兄様。もし足りなければ、アタシが作った布を使ってちょうだい」
「ありがとう。それとヌワ、悪いけれどあの扉の前の番をお願いしたいが、いいかな」
「は。承知いたしました」
石の体をずしんと音をさせながら跪いて、ヌワは早速とばかりに出て行った。
それを見送って、ぽん、と両手を合わせて叩くと、ハリオス様は朗々とした良い声で私たちに言った。
「では、各自頑張って書こうね!」
それは私たちも入っているのだろうか。
恐る恐る、私は自分を指さしてみたら、もちろんとばかりに言われた。
「僕ら兄妹が力を合わせれば、なんとでもなるはずさ!」
顔が見えていたならきらきらしい背景でも浮かべていそうだ。そんなハリオス様とは対照的に弟妹のコモス様とオウィノー様はローテンションに返事をしていた。
*
あのときは、ハリオス様の雰囲気にのまれて、やってみるかと思った。
思ったけれども、改めて思うと素人が書いたお話を贈るで本当にいいものなのか。
そんな私の疑問には、ウータさんがにこにこで答えてくれた。
ウータさんは、領主夫人であるユウェタース様が小さなころからお世話をしていたそうで、性格や嗜好をよく知っているという。そんなウータさん曰く、「ユウェタース様は未知の物語や情報であれば、お喜びになるのです。文字を読むことが何よりお好きなのです」だそうだ。私の世界風に言うなら、活字中毒な人みたい。
だからこそ、ここで新たに得た情報を書くだけでも十分価値あるものとして判断されるはず、とのこと。
ウータさんもユウェタース様に伝えたいことを書いてみますと張り切っていた。
知らないことがいいのなら、きっと、私やルンは役に立てるのではないだろうか。
ルンにお話書けるか聞いてみたけれど、微妙な表情をされた。ここの文字は書けないのと、ルン曰く、自分はあまり学がないので力になれるかわからないらしい。
おそらくルンの場合、謙遜ではなくて本気で思っているのだ。教養は普通の人よりありそうに見えるけれど、ルンの世界事情はよくわからないので、そっかあで流しておいた。
というわけで。
私が書いたのは、当初ハリオス様から書き写してみるかといわれた両親の日記もどきの復元物。
読み返しては、二人の姿を思い浮かべてみて、泣いたり呆れたりした。多分両親の言葉じゃないものも紛れていた。長い間大事に継がれてきたのだなとよくわかる。
書いて写すことは、私の気持ちを落ち着かせて納得というか落とし所を見つけてくれる助けになった。
そして、もう一つ。
私がずっと持ってたメモ帳に書いたものを手直ししたものだ。なんでもいいのなら、これもありでは、と思ったのだ。日本語が通じるみたいだから、日本語で書けば興味をもってくれるかもしれない。
ルンに書いてもらってるところもあるし、共著みたいな感じで作ればいい感じになるんじゃなかろうか。我ながら良いアイデアに思えてきたので、誘ってみたところ二つ返事で受けてくれた。
現在、絶賛作業中の、たぶん一か月いかないくらい。
意外とまとめて書き写すというのは時間がかかるのだ。
翻訳や写本するお仕事って大変なんだな、と身をもってわかった。
ハリオス様たちは記憶を掘り起こして、すでに提出したらしいがそれぞれ「大味!」「雑味が強い!」と言われたらしい。大分正気に戻っているんじゃ……と疑っているのだけれど、ちょっと怒らせたかもねとハリオス様が軽やかに笑っていた。笑いごとではないのでは。
そしてコモス様は、本の感想を味で返すユウェタース様に対して、自分が味わえないことに逆にごねていた。相変わらずだ。
一番反応が良かったのは、なんとウータさん。唯一続きを所望されていた。さすが小さいころからの仲だと感心していると、本命は私とルンだから頑張って、と激励をもらった。期待が重い。
缶詰で頑張る、とまではいかないまでも、私とルンは一生懸命書き続けた。やっと、終わりが見えそうで、心底ほっとする。
食堂の余った机にかじりついて文字を書く日々もおさらばが近い。
「──ということであった。まる」
作業に飽き始めたので呟きまじりに、メモ帳に書いてあった文字を移す。あと数ページ。
「ルン、書けた?」
「はい」
「おお、読めない……読めないけどなんか格好いい」
おしゃれな幾何学模様を半端に解いたような文字は、なんて書いているのか相変わらずさっぱりである。
ルンに教えてもらいながら読んでみて、私の名前ぐらいはなんとかわかるようになった程度だ。というか、ルンの記述に私の名前登場しすぎなので、教えてもらううちに覚えてしまった。
そんな書くことあるのかと思うが、一緒に書きおこしていると色々あったなあと懐かしくなったので、私がメモしているのがいかに適当だったか浮き彫りになった。やっぱりルンを誘って一緒に書こうと決めた私の判断は冴えていた。
そうね、初対面で服脱がして着替えさせたり、連れまわしてご飯食べたり、一緒に寝たり、畑したり、イノシシもどき殴ったりしたものね。大概私がやらかした場面ばかりなのは、それだけルンの記憶に強烈に残ったのだろう。
ごめん、ルン。でももっと自分のこと書いてくれていいのに。
「ええと、これを前半私、後半ルンにしてまとめたらいい感じになるんじゃない?」
「結構な量になりましたね……これほど文字を書いたのは初めてです」
「私も。読書感想文だってこんなに書かないわよ。もうしばらく書きたくない」
「はい、私も」
食堂の一角、もはや私とルンの作業スペースとなっている机の一つに散らばる紙束をまとめる。
ぐでんと伸びて大きく息を吐く。ルンの控えめな笑い声が同意する。
伸びたまま、ちらっと見上げる。
笑ってる顔が、可愛い。すごくかわいい。語彙が溶けちゃう。
ここに来てからずっと付き合っている、もはや相方と言っても過言ではないルン。涙はよく見たけど、声を出して笑うのは貴重だったのに、ここ数日は見れることが増えて不思議な心地がする。あとついでに、こう、なんか、ぎゅんってする。
考え出すと止まらないので、うつぶせて深呼吸をする。それから、よし、と気合を入れて席を立った。
「じゃ、早速私たちのもハリオス様に私に行きましょっか」
「はい」
自信作を手に、私たちは死屍累々だろう執務室にと足を動かして向かった。
階段を上がり、日向が差し込む吹きさらしをこえて、整備されたきれいな通路へ。
バティストさんを始めとしたヌワ一家がコツコツと整えてくれたのだ。執務室前の通路には立派なカーペットが敷かれている。おそらくオウィノー様製のものに違いない。光沢がある布地は渋い緑だ。
宝部屋の扉の前には、番をしているヌワが見える。
ヌワはひときわ大きいのですぐにわかる。そしてその横には床に広がるふんわりしたドレスを着た女性、オウィノー様がいる。なんだかハッスルしているように見えるので、たぶん、扉の先のユウェタース様に何か言われているのではないだろうか。
ルンと顔をちらっと見合わせてから足早に近づいてみる。
二人の影に隠れるようにして、ハリオス様も立っていた。
「おや、二人とも。もしかして書けたのかな」
「ん゛ー! もうっ! お母様、いいじゃない、大体こんな詩だったでしょう!?」
「オウィノー様、抑えてください!」
扉に殴りかかろうとしているオウィノー様を慌ててヌワが引き留めている。酷評されたのかな。
どうにもユウェタース様は、文章で味がわかるらしい。以前からそうだったのかと聞いてみたところ、新たな特性では、と返された。あの母なら、前からわかっててもおかしくなさそう、とも。大分ぞんざいな言いようだわ。
「その紙を見るに、完成したのだね。いやあ、よかったよかった。早速試そうじゃないか」
「ええと、はい。こっちが私が書き写した「ロクタック先史録」です。ルンが持っているのは、別ので」
「二人の記録だね。うん、サエのはわかるが、ルンのは難しいな……また兄に教えておくれ」
にこやかに言って、私とルンが持っていた紙束を持つと、黒い扉の前にハリオス様は立った。
それから小さく七つの子を歌ってから鍵を開けると、紙束が入るくらいの隙間から持っていたものを差し込んだ。
途端、ほっそりとした白い指先が奪うように紙束をひったくって引っ込んだ。
ハリオス様は扉を閉めて、一息ついた。
「うーん、そろそろ、ご機嫌が直るといいくらいなんだけど……どうだろうね」
そうぼやくように言うと、オウィノー様が愚痴混じりに付け足した。
「絶対もう元気だわ。アタシの文章にさんっざん文句つけてお叱りになるくらいですものね! ねえ、ヌワ、そう思わない!?」
「は、はあ……いえ、吾輩は本に明るくないもので……いえ、いいえ、オウィノー様の文章はよくできていますが」
「でしょう!? はー、やっぱり、アタシのことはヌワが一番わかっているのよねえ!」
おお、ヌワがオウィノー様に捕食されて……もとい、抱きしめられている。されるがままというか、慣れた様子で逆に抱っこするのは色んな意味ですごい。赤裸々に仲良しを披露するオウィノー様たちをよそに、扉の向こうからは沈黙ばかりだ。
「おお、意外と好感触だね。先史録の見事な文字の再現に、同じ言語での新たな話に加えて未知の言語だ。きっと母上は夢中になると思っていた」
うんうんとうなずきながら、おもむろに私たちの頭を撫でてくる。
前々から思っていたけれど、ロクタックの人たちは長い時間を過ごしたからか、それとも体が大きいからか、私たちをよく小さい子みたいに扱う。抵抗しても難だし、可愛がってもらっていると思えば、まあ嫌ではない。ルンも大きな抵抗はしないし、きっと同じに思っているのだろう。
「あの、そういえばコモス様たちは? 食堂にいなかったので、いらっしゃると思ったんですが」
「コモス兄様なら、お母様の言う味が気になるって、外に出たわよ。バティストも一緒に。しばらく戻ってこないんじゃない?」
「ああ……」
納得してしまった。
食堂で作業中も鬼気迫って味の追及していたのを目の当たりにしていたからである。
もしも私たちが書く作業に追われてなければ、巻き込まれていた可能性が高い。いかに食第一なコモス様でも、身内のためになることは妨げないらしい。それか、夢中になりすぎて私たちのことを忘れていたかのどっちかだ。
「でも、そっか。好感触っぽいって。よかったね、ルン」
「……本当に」
しみじみとうなずきあっていると、扉の向こうに変化が起きた。




