三十五話
みんな、虚につかれた顔をしている。
それもそうだ。いきなり人が部屋に現れるのを目の当りにしたら、私だって驚く。なんなら叫ぶ。
メルーは添乗員みたいな恰好をして、アナウンスをした。
「到着いたしました。ご無沙汰しております、この度は願いに応じまして、こちらのサエ姉の妹と呼称することとなりました、メルーと申します」
そして、呆然としている一同にむかって日本式のぺこりとしたお辞儀をする。
ロクタック兄妹をはじめ、ヌワ一家もぽかんとしたまま立ち尽くしていた。
「あいさつが終了しました。以上でよろしいでしょうか」
「うん、良いと思うけれど……えっと、ちょっとまって。運んでくれたお礼に、お姉ちゃんからとっておきのお礼上げる」
言いながら冊子を抱えつつ、どうにかサイドポーチからドロップ缶を取り出した。
中身を確認するように振ってみれば、まだカラカラと音がする。
残りわずかの貴重な飴。蓋を開けて手のひらに出すところりと薄緑色の飴玉が出た。ちょうどメルーの目の色と似ている。
「メロン味。高級なお味だわ。はい、これ。最後のとっておき。取れる?」
「いいのですか? 大事にとっていたものかと推察しますが……いえ、これもまた交流ですね。メルーは学習しました。では、いただきましょう」
とるような仕草をすると、どうやったのかパッと手のひらから飴玉は消えた。
「ほほう、これが地球のメロン風味……」
なにやら頬張るように口元を動かしている。映像だとは思うけれど、あの流体の本体らしきもので味わっているのだろうか。見るだけでは、可愛らしい美少女が舌鼓を打っている光景なので微笑ましい。
みんなが呆気に取られている間に、私は今のうちにと続けて声をかけた。
「ねえ、メルー? 前にあなたがオウィノー様のお願いごとを聞いたとき、どの範囲まで対象だったのかな。ほら、私やルンも治してくれたときも言っていたじゃない」
「メルーが近距離で知覚可能なダンジョン上層部、地表部くらいまででしょうか」
「では、今あなたがここに居るなら、対象はこのお城も含まれる?」
期待を込めて聞けば、メルーはごくんと飲み込む仕草をしてから、じとっと私を見た。
「なんとまあ……なるほど、猫なで声のときのサエ姉は企みごとがある。メルーは学びました。姉は横暴なことを妹にする場合がある、と記録します。今回は許容しますが、次はありませんからね、サエ姉」
「ふふん、兄妹はこうして切磋琢磨していくの。でも、本当に嫌だったらごめんねメルー」
「言いだすのなら、堂々としきればよいと思いますが……サエ姉の性質上、無理と判断しました。仕方ありません、私たちは仲の良い兄妹となるよう努力をしましょう」
「へへ、ありがとう」
在りし日の、古野守家兄妹喧嘩という名の切磋琢磨を思い出す。
プリン戦争、チョコレート菓子闘争、チャンネル争奪戦。いろいろやったものだ。なお、勝率は五分五分で、ヒロ兄は年の離れた可愛い妹にも全力で対抗する兄であった。そして六宅家姉弟が入ると、大抵南美姉が勝者に躍り出る。
頬を膨らませて腕を組んだメルーは、「まったく、仕方ない」とぼやきながらもまた指先を鳴らした。
「完了しました。外はやはり落ち着きませんので、メルーは帰還します。また兄妹交流は行いましょう。私のお部屋はあそこですので。では、また」
「ありがとねえ。またね」
そう言うと、また光の粒子をきらめかせてあっという間にメルーの姿は掻き消えた。
手を振って一息ついたところで、はっとしたオウィノー様が私につかみかかってきた。
「あああああなた!? 簡単に願いを使うなと言った傍から! というか、妹ってどういうこと!?」
「いやあ、私、もうお願いを使っちゃってたみたいで……なんか成り行きで、妹ができちゃいました。あと領主様たちもなんとかしてくれたみたいです」
「ああっ、もう!」
がくがく揺さぶられながら答えれば、そのままギンッと鋭いまなざしで微妙な顔をしていたルンに今度は食ってかかった。
「ルン、あなたがサエについていながら、もう! もうもう! この子たちったら、もう!」
そしてルンごとまとめて抱きしめられた。
大きなお胸がぎゅむぎゅむと当たる。あとルンと抱き合わせられているので下手に動けない。
平均的な日本人女子の体格の私とそこまで体格の良くないルンでは、蜘蛛の体込みで大きなオウィノー様にされるがままだ。なんなら両腕だけでなくて、脚の一部分を使って撫でたり叱咤するように背中を叩かれてる。
多分、はたから見ると捕食されてるような感じかもしれない。
それでも、お怒りもあるけれど嬉しいもあるんだろうなと、抱きしめられていることからなんとなく察することができる。
私、結構いい働きしたんじゃないだろうか。
個人的な満足感を覚えていると、今度は首根っこを掴まれた。コモス様だ。
ルンともども猫の子のように持たれて、ぽいっと下ろされた。見上げると、無言で乱暴に頭を撫でられた。コモス様なりの感謝らしい。
ぐわんぐわんと手が離れた後も揺られた心地がする。ふらふら足取りを整わせているのはルンも同じだ。ただ、頬が真っ赤だった。
わかる。
オウィノー様の、すごかったもんね。わかるわ、恥ずかしくないのよ。
生温かな視線を向けていれば、視線がかち合った。ルンの瞳が潤んでいて、うろたえているのが丸わかりだ。
「……あっ、これは、その、違って」
「うん、大丈夫。大丈夫よ、ルン」
グッドサインを贈っておく。涙目で言い訳しようとしなくても、私はわかっている。だてに男兄弟がいたのだから、そういう方面の遠慮ない会話も聞いたことだってあるし、理解があるつもりだ。まあ、特にルンはそういう免疫なさそうだし、しょうがない。
それに、私以外の気兼ねないスキンシップの照れがきているんだろう。ゴージャス美女のオウィノー様や普段褒めたりしないコモス様なりの感謝が、ルンの心に響いたというのもあるはず。
うんうん、わかってるわかってる。優しい微笑みつきで見てあげよう。
「うう……」
何かを言いかけて、胸元を握りしめてルンがうつむいた。あえて突っ込まないでおいてあげよう。私なりの思いやりだ。本当は頭や背中でも撫でてあげたいけれど、そっとしておこう。
「う゛ぉ……おぉん……!」
そして、ルンの呻きに追従をかけるみたいに咽び泣いているヌワは相変わらずだった。今はオウィノー様が、しょうがないわねって顔で付き添っている。けれど、すぐに同じように鼻をすすっていた。似た物夫婦だ。
ウータさんやバティストさんも、ヌワの家族なら同じ反応なのかなと姿を探したけれどいない。さっきまでは居たのに。ハリオス様もいなくて、かわりに執務室の扉は開け放たれていた。
もしかしなくても急いで様子を見に行ったのだろう。
メルーは完了したと言っていたし、きっと大丈夫のはずだと思いたい。でも自分からもう一度向かうには、血まみれの女の人の姿がよぎってしまって勇気が出ない。
どうなったのかな。無事会えているといいけれど。
感動の再会があるのかなとそわそわして待てば、さほど間もなくハリオス様たちは戻ってきた。ハリオス様を先頭に、洗練された無駄のない動作で静かにウータさんとバティストさんが入ってくる。
そして、戻ってきていきなり、ハリオス様は右手をすっと顔のあたりまで上げた。
「僕の愛しい弟妹たち。報告をしよう」
きっと表情が見えていたなら厳しい顔つきだろう声で、ハリオス様が言った。
「復活はされたが、大層混乱されているので、とても怖い。どうしよう」
真面目に、情けないことを付け足してハリオス様はもう一度言った。
「とくに母上が怖い。どうしよう」
「お兄様なんとかして」
「ハリオス兄上は俺たちの兄だろうが」
即座にオウィノー様とコモス様が言い返した。すごい、息がぴったりだ。コモス様に至っては、普段嫌がっている兄呼びまでしている。
そんなに怖い人なのだろうか。
ヌワが恐る恐る手を上げようとして、オウィノー様の一部である蛇の尾にはたかれて下ろさせられていた。
そのまま兄妹同士の擦り付け合いが始まっているのを横目に、なんとも言えない渋い顔でバティストさんとウータさんが脇に移動している。
いったい何があったのだろう。どんな風になっていたのか気になる。
怖い思いもあるにはあるが、好奇心に負ける。あと、兄妹の言い争いに巻き込まれそうなので、そろりとルンを引っ張る。そのまま私は渋い顔をしているバティストさんに近寄って、聞いてみることにした。
「あのう、どうだったんですか?」
「ああ、サエ殿。此度のこと、深く感謝申し上げます。貴女様の働きにより、フィドモン様とユウェタース様は復活されました」
「それは、よかったです」
ほっと一息つけば、バティストさんはにこやかに頷いてくれた。
「ええ、ええ。わたくしめもバティストも、貴女に感謝をしてもしきれないくらいですわ」
ウータさんも、上半身である箒の柄の上、胸像部分を表現豊かに動かして言ってくれた。
「ただ……ねえ、バティスト」
「簡単に状況を申しますと、かつてのハリオス様のように我を失っておられますな」
「今は失われた時間を取り戻そうと、ユウェタース様はあらゆる文字を追い求められ、フィドモン様はユウェタース様に張り付いていらっしゃいます。下手に向かえば、どうなることか。お助けしたいのは無論なのですけれども」
「ただ待てば解決すること、と断言できるとよいのですが。どうなることやら」
交互に説明をしながら二人して顔を見合わせると、同時にため息を吐いた。
「……ですが、思念のみのままであるよりは良いことです。それだけはご理解ください。貴女がしたことは、我らの光明となっていますよ」
「は、はい。ありがとうございます」
「礼を申しますのはこちらですとも」
ほっほ、と穏やかに笑ったバティストさんがきらきらとした眼差しを向けてくる。それに合わせてウータさんからも。
感謝されるって、くすぐったい。
さっきのルンみたいに頬が赤くなっているかも。両手を前に出して軽く振って、いえそんな、とか言ってしまう。
そして横を見れば、今度はルンが私がしていたみたいに嬉しそうに見ていた。
「……ルン」
「はい、なんですかサエ」
「えい」
「ひゃっ、わっ、なにを」
照れ隠しに脇腹をくすぐった私は悪くない。
軽い抵抗だけでやり返してこないことを良いことに、満足いくまでくすぐらせてもらった。
そんなじゃれあいをしている間に、ロクタック兄妹の話に決着がついたらしい。
私とルンの名前をオウィノー様が読んだ。
「サエ、ルン、ちょっといらっしゃい」
なんだか嫌な予感がするけれど、オウィノー様には逆らえる気がしないので大人しく従う。恨めしそうなルンの視線を背中に受けながら、そそくさと向かった。
ロクタック兄妹とヌワが取り囲むように立っている形は、それぞれの体格の良さや背の高さもあいまって威圧感がある。皆、私とルンよりも頭一つ大きいのだ。
「ええっと、私たちに何か」
「まずは感謝を」
すっと優雅に片手を胸に当てたハリオス様が片足を下げて屈む。こちらの世界でのお礼を披露すると、一歩前に出た。
「そして、サエとルン。君たちに我がロクタック領主を見てもらおうかなと」
「……な、なぜ?」
ぽん、と無言でルンともども肩に手を置かれた。
そして次はコモス様によって小脇に抱えられた。
「なぜ!?」
「客人の前だと猫を被るかもしれん」
私の疑問に答えたコモス様が、大股で歩き出す。
「あっ、コモス兄様、もっと丁重に扱いなさいよね。疑われるでしょ!」
「この俺が運んでいる時点で、丁重だろうが。文句が多いな」
「丁重の意味、ご存じ? あ、こら、コモス兄様! ヌワは待っていて。ちょっと! ハリオス兄様も来るのよ!」
ずんずん進んでいく中で、後ろでバタバタと音がしたあとでオウィノー様が追いかけてくる。ハリオス様を簀巻きにして引き連れているのが、視界の端でちらちら移る。
「お気をつけて!」
そんなヌワの声を浴びながら、どんどんと例の部屋に近づいていく。扉は開かれたままだ。
「サエ」
まだ心の準備ができていないのだけどと、前方を見ている私に、ルンが声をかけてきた。私と同じく小脇に抱えられて手足を抵抗さえながら、ルンは真面目に言った。
「頑張って、燃やしますが」
駄目とは咄嗟に出なかった。やっぱりお化けは怖いものだ。
「……最終手段で」
でも、一応、復活したのだし。脱幽霊しているはず。
ただ、身構えつつ答えた声は硬いものだった。けれど私が断固として首を振れば、ルンはしょんぼりとしながらしぶしぶ引き下がったのだった。




