三十四話
朝に引き続いて、昼も勢ぞろいしたロクタック家の面々は度合いはそれぞれ違うけれど全員が嬉しそうだった。
私とルンはよくわからないままそれを眺めているため、蚊帳の外感が凄まじい。
曰く、ロクタック家の宝部屋でもある書庫に現れたのは、領主夫妻。つまり、ハリオス様たちの両親。
私が腕を握っちゃった血まみれの女の人は、領主夫人ことユウェタース様だという。
話を聞いた限りでは、この世界に幽霊がいることは当たり前の認識らしい。
なんでも、強すぎる思いを残して死んだり隔絶された土地に閉じ込められたりすると、その土地に縛り付けられた魂のかけらみたいなものが残るという。それが化けて出てきて現世を謳歌したりするのはわりとあるそうだ。
私の世界での、まことしやかに話されていた怪談は普通に起こるし、国民の共通認識となっているのがなんとも言えない。
ルンとは真逆の思想らしく、私よりも不可解な表情で聞いていた。でも、異世界だからそういうものなのだろうと最終的に飲み込んでいた。深く考えるのを諦めたのかもしれない。
ともかく、攻め込まれて籠城して徹底抗戦しただろう領主夫妻の無念が、魂のかけらをこの地に残して化けて出てきたのはおかしくない、らしい。
私以外みんな「まあ、恨みはあるだろうしな」「わかるわあアタシもこうならなかったら、どうにかしがみついてると思う」「僕も僕も」と、軽く共感していた。異世界怖い。
「で、どうするの? お母様が確実にいらっしゃるとわかったのはいいけれど、意思の疎通がとれるかはわからないじゃない」
オウィノー様が疑問を口にすれば、続けてコモス様も言った。
「むしろ、現れたことで暴れる可能性もあるが」
「それは困るなあ。思念体確保の道具って残っていたかな、バティスト」
「心苦しいことを申し上げますが、切らしております。ダンジョンからの資源ありきの代物ですからな」
幽霊も掴まえられる世界らしい。
ますますよくわからない。でも、私が不用意に触って起こしちゃって、暴れるかもしれないというのはわかった。
それならと、恐る恐る手を上げてみる。
「あら、サエ。どうしたの」
「あのう、私のお願いをつかって復活とか……」
そこまで言うと、オウィノー様が顔を険しくした。
「おやめなさい。あなたの願いはあなたのものを叶えるものよ……ヌワちょっと……ああいいわ、泣いてるならそのままでいいから。ええと、そうね、そこの兄様たち」
「なんだいオウィノー」
「お兄様、サエが自分の願いを使ったらなんて馬鹿なことを言うの。軽々しく使うのはよくないと諭してやって」
最初はヌワを探したオウィノー様だったけれど、無言で滂沱の涙を流しているヌワに半眼になって視線をそらした。あれじゃあまともに話せるものも話せないだろう。
かわりに話を振られて、真っ先に反応したハリオス様がにこやかに応える。それに顎をしゃくりながらオウィノー様が促した。
「ああ、サエ! 心優しい子だ。僕は嬉しいよ。そうだね、気持ちだけ受け取らせていただこう。君は君のために使いなさい」
「いえ、でもルンは」
ルンは私のために使ってくれたのに。
「ルン殿はいいんですよ。サエ殿。ええ、ええ、ルン殿はご自身でよく考えた末、最善で最高の選択をされたかと思いますわ! わたくしめ、奥様に語って聞かせ、書に記していただきたいくらい!」
「ルンはいいのよ。結果はどうあれ、自分のために使ってるもの。姉の言うことはよく聞きなさいな、弟妹」
それは納得できない。でも、隣のルンはその通りとうなずいていた。私の意見は少数派らしい。
「ちなみに僕の願いは身内の精神強度向上だったんだ。だからこそ僕らの父母も、長い時に風化せず思念体として成り立っている……と思いたいところだが。ああ、そうそう。サエ、いいことを教えてあげようね」
「いいこと、ですか?」
「奥域のお方は言葉が通じるだろう? つまり、交渉の余地がある、ということだ」
優しく言って聞かせるハリオス様に、げえと表情を動かしたのはコモス様とオウィノー様だ。
「ハリオス。おい、兄上、まさか」
「まさかハリオス兄様、奥域の忘れ去られた神相手に、言葉巧みに騙しを働くなんてことは」
「ふふふ、愛する弟妹達の期待が重いなあ。ふつうの、当たり前のお話をしただけさ」
照れ臭そうに反応する言葉ではないと思う。
ハリオス様はひらひらと片手の先で二人へ向かって軽く払う仕草をして黙らせると、私の前に来て屈んだ。透明の顔はおそらくまっすぐこちらを見ているのだろう。
「サエ、君も一度落ち着いて話してみるといい。何も会ってすぐ願う必要はないさ。きっと、いいようになるとも」
「お話……」
絶対に願いを叶える以外の用事で行ってもいいのだろうか。思えば、私の両親についてよく知る存在だ。ほかに聞ける話もあるかもしれない。
それにあそこでわけもわからず泣いてから、どうなったのかさっぱりだし、もう一度会う選択肢もあるとわかると、気になる。
「ルン、サエによく付いていてあげなさい。サエは僕が思っている以上に元気なようだから」
「それは、もちろん」
まさか執務室へ飛び込み入室したことを怒っているのか。けれど、ハリオス様の表情はぜんぜんわからない。
ただ、心配いらないと私とルンの肩をトントンと指先で触れてくれたので、たぶん大丈夫なのだろう。なんとなく、勘だけども。
そしてルンが私を要注意対象とまだ思っていることについては、自分のいろいろやってきたことのおかげで強く言えない。たぶんこれからも心配かけそうな気がする。
いや、かける。間違いなくかける。
なんなら、これから。わりとすぐ。
ロクタック家の人たちのお話が、どうしようかなという相談から家族の思い出話に変わり始めたところ。ウータさんによってお腹が空いたのではと食堂に連れられながら、私は考えたのだ。
ちょっと、奥域へもう一度行ってみようかな、と。
ハリオス様にメルーと話してみたら、と言われたのもそう思った理由の一つだけれど、冊子のこともあった。メルーを見つけた経緯も書いてあったし、ちょっとした思い出話も書かれてあったのだ。
もう一度話せるのなら、会ってみて話してみたい。
話が通じるなら、いろんな話だってできるはず。
なので、思い立ったが吉日とばかりに、ご飯を食べたところで間を置かずルンに話してみた。黙っていくのも躊躇われたからだ。
まあ、案の定というか予想通りというか、ルンは難色を示した。とっても渋った。
私は悪いとは思いつつも渋るルンにお願いを繰り返して、行くことを認めさせた。ただし、ルンも付き添いのもとで。
しかしルン、押しに弱い。今回の私にとってはいいことではあるけれど、一般的によろしくないのではないだろうか。私がしっかりみてあげないとな、とついでに決意も新たにした。
いつもの動きやすい服装に、サイドポーチをつける。それからあの冊子も携帯して準備はばっちり。
荷物も確認したところで、よし、と気合十分に出かけたのはいいのだけれど。
奥域への道のりは、なんと、ものすごく短時間で済んだ。
根っこのモンスターや虫の階層を通り抜けることもなく、ダンジョンの入り口に立って跨いだ瞬間、私たちは奥域に居た。
なんと言ったらいいのかわからない。きっと瞬間移動みたいなものなんだと思う。それもこれも目の前のメルーの仕業なのだろう。
今回は謎のメタリックな流体はもちろんあるが、すでにあの半透明の外国美少女モデルが現れている。
「ようこそ、古野守サエ。対話は可能ですか?」
長い一本の編んだ髪を揺らして、メルーが問いかけてくる。
前に私が取り乱したからだろうか。うなずいてみせれば、ほっと息をつくみたいな動作をした。
「やはり、対症療法がよく効いたのですね。もしくは……ええ、勉強いたします。記録しておきましょう」
どこからかノートを取り出して書く仕草をしながら、メルーは微笑んで言った。
「では改めまして。先延ばしにしていた願いについてですが……」
「あ、違うの。お願いというか、まずはお話をしに来たの」
ルンのほうにメルーが視線を向けたので、慌てて口を挟んだ。
すると、メルーはノートをしまって後ろ手に組んで首を傾げた。
「ご相談でしょうか。はい、ご用件を申し付けてください。検索いたします」
「メルー、この本、見覚えがあるかしら」
「読み取りをします……材質、筆記の人物との接触はございません。内容……シンとユウのものと判断します」
「そう、私のお父さんとお母さんの記録」
差し出せば、ふわりと冊子が浮く。ぱらぱらとページがめくれて、メルーは首を傾げたままだ。
その間に、こそりとルンが私に呟いた。
「あの、私が聞いていてもいいのですか?」
「ついてくるって言ったのはルンじゃない。それに、ルンに聞かれて困る話はしないし、ないわよ。一緒に居て」
「はい……では、遠慮なく」
ルンが目を瞬かせてふにゃりと笑った。なんだか気恥ずかしい。
むずむずとした感じが慣れなくて、ルンの脇腹をつついてごまかす。びくりと逃げる体に、小さく笑い返して気持ちを落ち着けたところでメルーのほうへと視線を戻した。
「手記による記録ですね。こういうのを風情がある……と人は評するのでしょうか。メルーのことも書いてあるようで」
「そうそう。お父さんたち、あなたと会えたの、嬉しかったみたい」
冊子の真ん中くらいの記述に、こうあった。
──変わった玉を見つけたら、意思疎通ができる不思議な生き物だった。交友関係を築けそうなため、長く続くことを期待して私たちゆかりの名前を贈る。
この記述で、私はそういえばと思い至った。
私の両親が最後に立ち寄った海外の山の名前。
神聖な黒い山がある場所へ行く両親を、私は必死に呼び戻そうと泣いて、野生動物の写真も撮れるからねと二人はなだめてくれたんだっけ。
結局、両親の代わりに一緒に山へ行ったメンバーだという人から受け取ったけど、どんな写真だったかまったく覚えていない。多分、両親がいなくなったショックで遠ざけたんだと思う。
戻らなかった私の両親は、当初の目的の山に登りきるのではなく別世界の山に登って見つけた存在に、その山の名前を関したのだ。
交流をして、新たな家族みたいに思ったのではないだろうか。だって山に関する名前は。
「……古野守サエ、あなたが望む帰還を叶えられないのはこちらも不本意ですが……かといって、家族になるのは難しいかと」
懐かしんでいたら、メルーにそう言われた。
「え? なんで?」
「対象、古野守サエをさらに改造を加えて、メルーと同じ存在にするには権限や機能が足りないため不可能です」
どういうことかわからず、ぽかんとしていると、こそっと隣のルンが教えてくれた。
なんと私、あの泣き喚いてた時に「それなら私の家族になってよ! 同じようになって!」とお願いしてたらしい。さすがに困るとなったところで、後回しにしよう、とルンが提案して連れ帰ったのだという。
いや、そりゃ、無理だろう。
正気に戻った今ならわかる。よほどショックで動転していたのだな、あのときの私。言った覚えがあるようなないような。
「とはいえ、一度した願いの撤回や訂正は規定により受け付けてよいとはありません。ですので、どうにか抜け道を探したいのですが」
「えっ、もう私、お願いを使っちゃったってこと?」
「受け付けはしましたが実行前の段階ですね。処理が困る案件ですので」
なんだか業務用な受け答えだ。
というか、私のお願いをルンに使ってあげよう目論見がぱあになってしまった。
「ルン、本当ならあなたのお願いを聞くようにしたかったのに、できないみたい」
申し訳ない気持ちで言ったのに、ルンはふっと表情を和らげて小さく首を振った。
「私のことは気になさらず、あなたが望むようにしてください。私は、そのほうが嬉しいです」
「ルン……あなた、やっぱり聖人じゃない……?」
「サエ、またそんなことを」
ちょっぴり茶化す気持ちを込めながら言えば、むすっと表情が崩れる。それがおかしくて笑ってしまう。
「でも、それなら困ったわね」
「はい、これまでの願いの中でも難題です」
困惑した顔をしたメルーは、目を閉じたりうーんと悩むような仕草をしたりして、しばらく空中をふらりふらりと浮遊する。右に一回転、左に一回転してまた戻って、次は辞書みたいなものを取り出してパラパラめくって転がる。
その様子があんまりにも困っているので、なんとはなしにあの時の私が迷惑をおかけして……という気持ちになってくる。
家族、家族ねえ。
うーんと考えながら、こじつけだけどと口にする。
「えーっとね、家族で思い出したんだけど。私の名前も、ヒロ兄の名前も、山から取ってきてるんだって」
「シンとユウの世界の山ですか?」
その通り。
私とヒロ兄は日本の山から。メルーは外国の山から。山由来ならまあ、同じようなもの。
「そう。だから、後から私たち家族ゆかりの名前がついたあなたは、私の兄妹みたいなもの。つまり、概念上の家族である……でどうかな」
「それならば、メルーは権限内で行えますね。なるほど」
「順番的には、先に私が名付けられたからあなたは妹ってことにして、交流を持つとか」
「交流ですか?」
それにここに来てから何度か言われた、ハリオス様やオウィノー様の言い分を思い出しながら私は言葉を続けた。
「私を姉と思って接する、とか? ほかは……うーん、一緒に遊んだりとか話したりとかするのかな。ある程度大きくなったら、離れたりはするけれど、そういうものかな?」
「ふむ? 過去の記録を参照します……ええ、そのようですね」
「あっ、そうだメルー。あなたってお願いを聞いたらもう会えないって、オウィノー様から聞いたのだけども、それは本当?」
「はい。願いは一人一つまでと規定されていますので、以降の接触はないものとしています」
「じゃあ困るわね」
口元に手をあてて、メルーが困った表情とポーズをとっている。ふわふわと浮く美少女に、私も困った表情がうつる。
「本当ですね」
「兄妹で助け合って、仲良くすごして、相談したりとかは難しいかしら。ルンはどう思う?」
いきなり話を振られて、ルンは戸惑いながらも一緒に考えてくれる。やさしさの塊だわ。
「……願いを聞くための接触ではなく、交流の一環としての対応はできないのですか」
メルーがなるほどと頷いた。
眼鏡をどこからともなく装着した姿になったメルーは、私が渡した冊子を確認する。
眼鏡の縁を上げながら、「確かに」と言うと私へ冊子を差し出した。そしてにこりと笑う。
「家族としての交流……概念上とはいえ、兄妹での対話……必ずしも叶える必要がないのなら。実現可能です」
「おお、よかった! ありがとう、メルー! ルンも!」
「いえ、私は何も」
謙遜するルンの手を握って上下に振る。それから半透明のメルーから冊子を受け取って、同じように手を握った。といっても、通り抜けちゃうので、握った風にするだけだけども。
「よろしくね、メルー」
「制限を設けて、あなたの願いは聞きましょう。古野守サエ。いえ、これから呼称をあなたに倣い、サエ姉とします。よろしいですか」
私の両親が見つけたもの。名前をつけて、仲良くしてたらしきもの。
同じ山由来の名前を私の両親からつけられたのも、これも縁だ。
「オッケー、仲良くしましょ。新しい私の妹」
まさかのことだったけど、こういうのをケガの功名というのだろうか。なんだかすごい妹ができてしまった。
瀕死でも蘇生したり改造したり異世界転移とかできるので、事実すごい。
にこにこしながら感慨にふけっていたら、ふっと思った。
蘇生、できちゃうなら、もしかしなくてもロクタックの領主様たちもいけるのでは。
「ねえ、メルー。お姉ちゃん聞きたいことがあるんだけど」
「なんでしょう。どうぞ、サエ姉」
「私の新しい妹だよって、お世話になってるロクタックの人たちに改めて紹介しようと思うの」
「なるほど?」
いや、ちょっと騙し討ちみたいな感じになってしまうだろうか。でも、できないならできないって断ってもらえるように言えば、どうにかならないだろうか。
ちょっとした思いつきをどきどきしながら提案する。
「だから、ルンと私と一緒に、お城までついてきてくれないかしら」
「そういうことでしたら」
メルーはふわりと浮いたまま私たちに近づくと指を鳴らす仕草をした。
すると、光の粒子があたりに散って、パッと視界いっぱいに白い光が飛んだ。
そして、瞬きする間に私たちはまた移動をした。
出たのは、ハリオス様たちがいる執務室。
ロクタック兄妹が顔を突き合わせて話しているところに、私たちは突如現れたのだった。




