三十一話
これまで私の身に起きたこと。
お父さんとお母さんがまさかの異世界召喚されて、異世界の山を制覇して、なんかすごい遺物をたくさん見つけて領主さまになってたこと。
その子孫と紆余曲折あって知り合って、今はお世話になっていること。
あれこれかいつまんで話しているうちに、叔父さんと叔母さんもやってきて、そして。
一家全員で頭を押さえてため息を吐いた後で、お茶を飲んだ。
全員が全員、これが夢なんだか現実なんだかとわけがわからない状況ではあっても、習慣づいた仕草は変わらないみたいだ。
味はするのに温度のない不思議なお茶を飲みほして、原理は不明だが、同じ夢を見ているかもしれないとゆるく結果づいたところで、色んな話をした。
例えば、さっき南美姉が爆弾発言した妊娠のこととか、楓太兄がもう働いていてなんと私の一番の友人のともちゃんと付き合ってるとか、いろいろ。途中で暴露大会もあったし、しっちゃかめっちゃかになりながらもこれまでの時間を埋めるみたいに次から次に話題が湧き出てくる。
私も負けずにたくさん話した。
一緒に行動しているルンのこととか、感激しいのヌワや料理魔人なコモス様とか姉御肌の貴婦人なオウィノー様とか、あっちで出会った個性的な人たちのことも。
それで、私は世界を移動したあの時点で、瀕死だったこと。こっちに帰ることはできないことも。
「──なんとか、やってるよ。私も、遠い外国で過ごしている感じでさ。ほら、ヒロ兄が言うなら神隠しみたいだけど。いや、あっちの世界でお父さんお母さんがいたなら、里帰り、みたいな感じかな」
また話しながら出てきた涙をこらえて笑えば、何度目かのヒロ兄の「馬鹿」という言葉とともに泣き笑いで返された。
ひとしきり話して、しんと静かになるころ、どこかからアラーム音がした。
聞き覚えのある懐かしい着信音の次は、簡素な電子音がする。
「あ……目覚まし」
私が言えば、居間の時計を確認した楓太兄が声を上げた。
「六時過ぎてる」
「え、嘘。もう?」
そう言うと、誰ともになく私を見た。
「サエ」
ヒロ兄が腕を掴む。
「……サエ。行ってらっしゃい」
ほかに言いたいことがいっぱいあったんだとすぐにわかった。
それでも、精一杯笑って肩をたたいたヒロ兄に、うなずく。
「うん。行ってきます」
それから見守ってくれている皆を見返して、また不覚にも潤んだ視界のままで手を振った。
「行ってきまーす」
ちゃんとうまく言えたかは不安だったけれど、それでも声に出たことに安心する。
口々に見送りの言葉が返ってきたのを見計らったかのようなタイミングで、また、あたりが白んだ。
どんどんと皆の姿が見えなくなっていく。
夢だとしても、会えてこんなに嬉しいことはない。
遠ざかる姿が白んで消えるまでずっと見送って、私の耳にふっと声が届いた。
『願望成就完了。これにて奉仕作業を終了し、次の手順段階に従って覚醒支援へ移行します』
遠くで響くアナウンスのような機械音声に、「あ」と声が出る。
ダンジョン奥域の願いを叶えてくれる、オーパーツみたいな存在。お父さんとお母さんが見つけたメルーというもの。
まさか。
願望って誰の。
私のだとしても、私は言っただろうか。会いたいって言ったから叶えてくれた?
だとしても、大分遅い願いだ。そもそも、あの時私はほぼ意識もなく暴れて泣いていて、それを聞いてくれたのかも覚えていない。
──きっと私は、あなたのためにできることをしますから。
ふと、ルンを思い出した。
ルンだ。
ルンが、一人で奥域まで潜ったんだ。
自分の願いを、わざわざ使ってくれた。きっとそうだ。
「馬鹿だなあ」
ヒロ兄にさっきまで散々言われたことを口にして、目元をぬぐう。
「早く、起きなきゃ」
けれど、私が言うまでもなくふっと意識が押しあがる感覚がした。間もなく目が覚めるのだと、なんとなくわかった。
夢の中で気合を入れるなんて変な話だけど、頬を叩いて、握りこぶしを作って、私は飛び起きる心構えをした。
爽やかな目覚めとは程遠いが、ぱちりと目が覚めた。
寝ている間の私は相当に暴れまわったのかベッドのシーツはぐちゃぐちゃで体が斜めになっていた。
しかしそんなことはともかくと、おはよう三秒で飛び起きる。
そのまま、つんのめりながら靴を履いて着替えもそのままに慌ててドアを開ける。
見張りをしていたらしいヌワが居たので、勢いのまま腕を引っ張った。石の腕だろうと、今の私に活力はあふれていたのでどうということはない。硬くて重たかったけれど逸る気持ちでぶんぶんと握って上下した。
「ヌワ、おはよう! ございます! ご迷惑おかけしました!」
「む、お、おお? おお! サエ、元気になったのか」
「それはさておき、ちょっと出てきます!」
感動した風に黒曜石の瞳を潤ませたヌワに言って、走る。
通りがけにウータさんが掃除をしていたのを見ながら声をかける。
「おはようございます! ちょっと出てきます!」
「あら……あら? サエ殿、どちらへ」
「お迎えに!」
そこまで言うと、ウータさんは笑顔で手を合わせた。
「まあ、まあまあまあ! お気をつけていってらっしゃいませ!」
「はいっ」
階上に繋がる階段からハリオス様とバティストさんがのぞいているのに軽く会釈をして、食堂方面へと駆けて行く。
案の定コモス様が調理場で支度をしている。オウィノー様もすでに来ていて、上品に食事を摂っていた。
「お二人とも、おはようございます! すみません、ちょっと行ってきます!」
「あら、ごきげんよう。サエ。慌てると転ぶわよ」
「俺の飯が冷める前に帰ってこい」
「はあい!」
走って調理場の裏の勝手口へ行くのに文句を言われることなく、進む。
畑の横を過ぎて、草原を抜けて、古びて朽ちた石造りの舞台の先にあるダンジョン入り口へと転がり込む。
そうしてお呪いの言葉を唱えようとしたところで、パッと目の前が空いた。
ちょっぴりくたびれた格好で、でも私を見ると、少し誇らしそうに笑う。
安心したみたいに見つめる藍色の目に、たまらなくなって、勢いのままに飛びついた。
「ありがとう!」
「……はい、よかった」
ふらつきながらも私を受け止めたルンは、ほっとした声で返した。
「元気は出ましたか」
「すごく! めちゃくちゃ、寂しいし悲しいけど、すごい元気!」
「ええ、と……それは、いいのですか?」
「いいの。これでいい。というか、ルン!」
「はい」
見上げると、優しい顔をしたルンがいる。
見た感じにケガはない。
抱き着きながら背中とかぺたぺた触ってみるが、ほかは大丈夫だろうか。
「……あの、サエ」
「ケガはない? 平気? なんで一人で行ったの。私は、私が自分で行けばよかったのに」
「いえ、おそらく私が行かないと、できなかったことなので」
「なにそれ」
ちょっと困ったみたいに眉が下がる。それから、私の体をゆっくりと離した。
「私の世界にある技術を参考にしてもらったんです。頭の中に共通の回路を通すことはあちらでは普通のことだったので……こちらで出来るかは相談しないとわからず。サエの様子だと、大丈夫だったようでよかったです」
「みんな同じ夢見てるかもと凄い疑いながらだったけど、あれ、本当につながってたの?」
「そういうものですので」
「異世界……すごい……」
感心した。キラキラとした目線を送れば、ふにゃふにゃとはにかむルンが可愛い。
「あ、じゃあ、ルンのことめちゃくちゃ私の家族が感謝してたの。それ伝えるね」
「サエのご家族に?」
きょと、と目を瞬かせたルンに力強く頷いておく。
ルンの家なき子や凋落の物語もかくやの出自を話したところ、家族全員に「本当に実在する?」と疑われた。それはともかく、あれこれ私がやったこととかルンを振り回したことを話すと皆、そこにはいないルンを拝んでいたくらいだ。
「ルンちゃんによろしくって」
「ちゃん……?」
「なんか、ルンのこと、なぜか女の子と思い込まれてて、訂正する時間なくって」
「女の子……なぜ?」
心底不思議そうに繰り返すルンに、ごめんと内心で謝る。
私がルンのことを話すとき、枕詞に「可愛い」とか「不憫カワイイ」とか「かわかっこいい」とか、私が感じた可愛らしさを主観においたせいだ。
「あの、サエは、私をそうは思っていないですよね?」
「ないない! ルンは格好いいです! 可愛さもあるけどちゃんと男の子してるからね!」
私の罪悪感を無視して、食い気味に否定する。腑に落ちなさそうな顔をしているルンの手を慌てて取って両手で握る。
「とにかく、すごーく感謝してたから! あ、あのね、私も本当にいっぱい感謝してるの。えっと、それで」
言いかけて、きゅうと、お腹が鳴った。
間が痛い。
そろりと手が握りなおされた。骨ばった手はほのかにあったかい。
「私も、ちょうどお腹が空いたところですので。戻りましょうか」
「うう……ありがとう、ルン」
「いいえ」
フォローも温かい。
なんてできた人だろう。姿とかヒロ兄たちに見せられたらよかったのに。
家族のことを思い出したけれど、昨日までみたいに重く暗くはならなかった。まだ寂しさもなくなったわけではないけれど、どこかすっきりした気持ちになっていた。
「ほんとに、ありがとね」
歩きながら呟けば、返事のかわりに軽く握り返された。
そんなこんなで、私、古野守サエは復活した。
とんでもない恩をルンに受けたので、どうにか恩返しをしたいところである。そう伝えても、ルンはいらないと遠慮するので今後も虎視眈々と狙おうと思う。
元気になると、途端、あちこちが気になる。
古城に居を構えるようになったロクタック兄弟やヌワ一家の手伝いをしたり、様子を見たりとするだけでもなんだか楽しい。
そして落ち込んでいたときでも思ったことだけれど、彼らは優しい人たちだ。
私の調子が戻ったと知ると、全員で食堂の机を囲んでお祝いを開いてくれることとなった。
ウータさんやバティストさんの尽力で食堂はさらに見違えた。
最初の閑散とした感じではなくて、ピカピカと輝いて明るく目に映る。テーブルクロスも照明器具も全部手をいれたのかなというくらいだ。ルンを探してあちこちで回ったときには気づかなかったことだった。すごく視界が狭くなって、切羽詰まっていたんだろうなあと我ながらに自覚してしまった。
「さて。本来であれば身分のために、共を辞退する者を引き留めないところだが」
全員が席についたところで、おそらく上座らしきひときわ立派な席にいるハリオス様が言った。
「お祝いごとは、皆で祝うのが定石と我が一族の決まり事があるのでね。バティスト、ウータ、ヌワ、留まり共に興じるように」
続けて、下座あたりにいるヌワ一家が畏まった仕草をそれぞれして着席した。
パーティーというより、晩餐会みたいだ。
口を開けないように口元を引き締めて背筋を伸ばす。
「では、全員……うん、僕の可愛い弟妹たちもそろっているね。素晴らしいことだ」
今、私とルンのほうにも視線を向けられた。ハリオス様の中で、すでに私とルンは兄妹に入ったのだろうか。あ、オウィノー様が頷いている。入っているらしい。
「僕の可愛い末妹が元気を出した記念と、僕の可愛い末弟が頑張った記念だからね。今ある目いっぱいでお祝いをしよう。良き日に感謝を」
「良き日に感謝を」
すっすっと指先で払うような仕草をしてから、両手を組んで指先に口づける。
ここに来て何度も見れば、真似もちゃんとできる。ハリオス様の音頭に合わせて同じようにしてから、合掌をして小さくいただきますをする。隣にいるルンが私に合わせてくれるのが、嬉しかった。
にまにま笑っていれば、ふと視線を感じる。
なんだろうと見渡せば、こちらを微笑ましそうに見ているような目がたくさん。自分の料理の出来に夢中な、通常運転のコモス様は置いておいて。ハリオス様は透明なのではっきりとわからないけれど、多分一番凝視している。なんなら両手を組んで、うんうんとうなずいている。
見守ってくれているんだろうけれど、ものすごく圧迫感がある。
主賓だからとハリオス様の隣席をもらったのだけれど、めちゃくちゃ見られている。
どうしたらいいのだろう。
この中で一番話がわかってくれそうなヌワ……ああ、なんか感涙している、だめだわ。じゃあ、オウィノー様……わかりやすく視線を逸らされた。そして食事の手を止めて、苦汁を飲む声で言われた。
「ハリオス兄様なりの愛の洗礼よ。助けられない姉を赦してちょうだい、アタシの弟妹」
なお、そのオウィノー様曰くの愛の洗礼は、食事が終わるまでずっと続いた。ルンともども、お腹いっぱい食べたけれど、なんかこれじゃない感が湧いたお祝いだった。




