二十五話
金属たわしで野菜を洗うとどうなるか、料理をしたことがあればすぐわかるだろう。
汚れは落ちるし、薄皮も剥げてピカピカになるのだ。
ただいま私は脳内で、つるつるピカピカになった芋やカブを浮かべながら現実を逃避していた。
なぜかと言うと、理由はいたって単純で、丸洗いされているからだ。
これまで使わせてもらっていたウータさんの部屋に行くと、意気揚々とオウィノー様特製のたわしらしき物を掲げたウータさんが待ち構えていた。
そこに木桶を置いて、さあ脱いで、と勢いのまま身ぐるみはがされた。
おそらくこの後ルンも同じことをされちゃうのだろう。私に触られてめちゃくちゃ動揺して涙目になっていたルン、どうなっちゃうんだろう。大丈夫かな。倒れないかな。
ぼんやりと思いをはせながらヒリヒリするくらい強く洗われてしばらく。
オウィノー様の糸は万能素材なのか美容効果もあるのか、石鹸いらずの化粧水いらずみたいで、洗った後は多少ひりつくけれどべたつきや汚れとはおさらばしていた。なんだこの素材。持ち帰ったら我が家の女性陣が黙っていない。
さっぱりとした心持ちで、用意されていた下着と簡単な形のワンピースに袖を通したところで、勢いよくオウィノー様がやってきた。代わりにウータさんが片付けにささっと出て行く。
「さあ、まずはサイズを計るわ! そして服を作るわ!」
そう言うが早いか、手と六つの脚を使って糸を編んでメジャー替わりにすると私の体の測定を始めた。職人技といえるほど、素早くこなれている。
自分より大きな体の蜘蛛のお腹や脚、ふっと目に入る太い帯のような蛇も、職人めいた真剣さで計るオウィノー様を見ているとやはり全然怖くない。
むしろ近寄られるたびにいい匂いがするし、目線が高いので必然と目に入る胸から上が大変に美しい。
「えーと、どれどれ……ま、胸とお尻はいれもので詰めればボリュームでるかしら」
目の保養だあと眺めていたら、オウィノー様の感想に現実へ戻された。
遠回しにオウィノー様に比べてちんちくりんと言わないでほしい。さっと手で胸をかばうと、けらけら笑われた。
「いいじゃない。可愛らしくってアタシは好きよ、あなたの体型。控えめでこの国では珍しいし」
「そ、そこまで控えめではないかと……?」
普通。普通くらいはあるはず。
目の前のオウィノー様の大きなメロンと比べるとりんごくらいは……いや、正直ちょっと盛った。いやいや、これから大人の女性になるのだから成長は期待できる。できるに違いない。血の繋がりがある叔母も標準よりちょっと大きめだったし、いける。
微妙な乙女心で言い返せばますます微笑ましそうに笑われた。
あ、オウィノー様、笑うと目の上の小さなもう一つの目も細まるのか。
「ほほ、あら、ごめんあそばせ。可愛いものだからつい。それであなた十八なの? 若く見える種族か何か? そうなら羨ましいわね」
「あ、よその国の人にもそういわれるので、そう見られがちな民族なんです」
「ふうん、そうなの。そんなに可愛らしい民族なのに、あんな珍妙な踊りが普及しているなんて変な国ね」
「あ、あはは……」
よほど無音ソーラン節はだめだったらしい。
片方の眉を上げて呆れた顔を隠さずに言われる率直な言葉が痛い。
ごまかして笑って、そんなに悪かっただろうかと自問してしまった。我ながらあれは渾身の気持ちを込めた構えから入ったのだが。
おかしい。恥ずかしさをこらえて懸命にしたのに。そして体育の成績でも悪くはない評価だったのに。
過去の自分の振り返りをしているあいだに、採寸は終わったようだ。ぽん、と軽く背をたたかれた。
「はい、終わったわ。ボリュームを出した当世風か斬新な雰囲気を重視したものもいくつか作ってみるから、そのつもりで」
「ありがとうございます」
「あらやだ。礼をするのはこっちのほう。アタシ、服を作るのが好きで……まあ、だからこんな体になっちゃったわけだけど」
それはどういうことだろう。
奥域で願いをかなえたということ。皆の体を変じさせたということ。
この二つについては一緒に食事をしたときに話していた。何を願ったのかは、そういえば聞いていなかった。でも聞いていいのだろうか。プライバシー侵害とかこの世界にあるのかはわからないけれど、失礼したいわけでもないし。
「気になるようね」
考えていれば顔に出ていたみたいだ。オウィノー様はあっけらかんと教えてくれた。
「まあ、案内すると言った手前だし、あなたには協力してもらうし、情報をあげないなんて狭量なことはアタシはしないわ。そうねえ、まあ、面白みもなくってしょうもない話なのだけど……あ、座っていいわよ」
椅子へと促されたので腰かける。オウィノー様は自分用にクッションを即席で作って座り、話し出した。
「おおむねコモス兄様に話した通りだけれど。ハリオス兄様が居る先のあたり、今はあの毒の水が広がるところの……その下に、隠された仕掛けと通路があるわ。そこの先がダンジョンの奥域。伝承にある通り願いを叶えてくれる存在がいるとされている場所よ」
「伝承は本当にあったってことです?」
「そうね。アタシはお父様の書斎で遊んでいた時にたまたま目にして覚えていて、伝承は事実だったのかとちょっと感動しちゃったわ。死にかけてたから余計にね。それで、願いをと言われて咄嗟に言っちゃったのよ」
せかしたい気持ちを抑えて続きを待つ。
オウィノー様は苦い味を思い出したみたいな表情でつぶやいた。
「死にたくない。ここに来た皆を望む形で生き永らえさせてって」
「それが……」
「絶対無理でしょって思ったら、叶っちゃったのよ。こんな形でね。はぁーアタシ、なんでもっといい願いにしなかったのかしら。あれ一人一回限りだとかで奥域は閉じちゃったの」
「え、じゃあ」
「あなたは入れるわよ。次の資格ある者が来る日まで眠るとか言ってたし。ウータともう一度行ったとき、無駄足だったからよく覚えているわ。アタシたちの願いはもう聞いた、二度目はないって。神様って融通が利かないのね」
「神様なんです!?」
ダンジョンだからダンジョンコアとか、擦ると魔人が出てくるランプとかそういうものを想像していた。
驚いて聞き返せば、当たり前のようにオウィノー様は返した。
「ダンジョンの奥域には忘れ去られた神がおわすのよ。ああ、あなた、よその国? 世界? だったかしら。だから知らないのね。コモス兄様はともかく、ヌワまで説明をしていないなんて……まったくもうしょうがない人ね」
「神様、いるんだ……」
それならば、やっぱり帰れるかもしれない。いやもし邪神とかそういう類だったら期待はできない。
それでもドキドキと気持ちは高揚する。
「あなたは家族が待っているのだものね。帰れるといいわね」
「……はい!」
優しく言われて肩を撫でてくれた。それが嬉しくて笑顔で答えると、楽しそうにオウィノー様も笑った。
「ああでも惜しいわね。妹が欲しかったのに。女はウータばかりで張り合いがないわ。まあ、でも、それまでは仲良くしましょ。あなたのことアタシ気に入ったわ」
「はい、こちらこそ」
「だから思いっきり、素敵なレディにしてあげるわよ。気合入れなさいよね」
「は、はいっ」
美人の迫力の笑みに私は屈した。
こくこくと従順にうなずけば、よしよしと赤い唇が上がる。
「さ、次はルンね。ウータがバティストの部屋に通しているはずだから、迎えに行って連れてきて」
「あ……はい」
ルン、動揺しすぎて泣いてないかしら。
ひょろい体を剥かれてさめざめ泣いてる姿が妙にしっくり浮かぶ。もし落ち込んでいたら慰めてあげよう。
返事をして、手のひらを振るオウィノー様に礼をしてから部屋を出た。
なんとはなしにいい予感がして、廊下から差し込む日の光のように気持ちが浮き立った。
これから希望を抱いて、がんばるぞ。
そんなことを思っていた私もいたが、その浮き立つ気持ちは三日ともたなかったとだけ未来の私から返したい。
一か月。
オウィノー様たちと古城に戻ってきて、特訓が始まって一か月が経過した。あの頃の無垢にダンスなんて私に務まるかしら、わくわく、なんて可愛らしい気合だけ入れていたのを叱咤したい。
馬鹿野郎、その先は修羅の道だぞ、と。
貴族のお姫様は大変だったという話をいくつか聞いたことがある。
社交の道具であったり、スパイだったり、流行を作り出す人だったり。
この世界においてもおおむね同じなのだけど、その社交や流行の先端を行くのがダンスにあたるようだ。ウータさんの飴と鞭座学で学んだ。技術も大事だけど知識もなければダンスの魂はこもらないとかなんとか。
言葉は通じるけど用語がわからないので、この世界に来て初めて異世界の言葉わからないと思った。
オウィノー様とコモス様からはダンスの実施訓練を教わった。ヌワからは体力づくりを。
私の想像していた貴族のダンス、ワルツみたいなものはそう体力いらないのではと楽観的に思っていたけれど、甘かった。甘々の甘だった。
同じポーズを保つのがしんどい。見えない部分の足さばきでもつれる。何よりパートナーと息を合わせるのが大変。
簡単そうだと思った私を、頭の中で何度も往復ビンタしておいたくらいだ。今もしている。
しかもワルツっぽいものだけでなくって、様々な種類のダンスも教わった。
結局、二つくらいしかマスターできなかったけれど、一か月で二つは上々だと思う。オウィノー様も及第点くれたから自信を持っていいはずだ。
私ができるようになったのは、ワルツっぽいものと民俗舞踊っぽいダンスだ。
ワルツっぽいものは儀礼ダンスというらしく、この国の一般的なダンスでパーティーで必ず踊る必修科目なるものだそうだ。この習熟度でその人のダンスレベルがわかるらしい。
もう一つの民族舞踊っぽいダンスは、ロクタック領地の昔から伝わる伝統ダンスでそのままロクタックというもの。
初めて見たときは、とても元気な二人版マイムマイムじゃないかと思ったけど難易度が段違いだ。すごく跳ねるし手を繋いで回る。何度も何度もバリエーション豊かに、とにかくよく回って地面を蹴って飛び跳ねる。
オウィノー様曰く、絶対どっちかは反応するはずだからいけるわ、とのこと。
音楽は領主一家のたしなみとしてオウィノー様とコモス様がやるといって、演奏を実際に聞いているが、音楽の成績があまり芳しくなかった私からするとプロ級だと思えた。偉い人の必須技能ってすごい。
ちなみに楽器は、ウータさんが発掘してバティストさんが直してくれた。
そして肝心の私のパートナーなのだが。
コツコツとダンス用の靴を鳴らして、ぴかぴかのホールを歩いてくる。
「サエ、手を」
「よしきた。任せるわ、ルン」
「はい」
元の出自が良いところだったらしいルンは知識として学んでいたこともあってか、それとも本人の素養があったのか、驚くほど成長した。私よりも早くに基本のダンスも覚えたし、知識も人一倍のみこんでいた。
大変だったのは体型の改善と体力づくりで、ヌワとコモス様から私の倍は食べさせられてたし鍛錬をさせられていた。勉強が早々に免除になったので、その分の時間がいったのだ。
一か月で見違える……とまではいかないけれど、細身のお兄さんくらいにはなった。
その結果。
ルン、顔が良いなと確信した。
当初出会ったとき、もっと肉がついたなら整っているだろう容姿と予想はしていた。
そして案の定、あの時の私の予想通りの薄幸の美青年になった。超絶美青年とはいわないけれど、異国のイケメンってだけで私の中では割とかなり上位の顔面偏差値である。
威圧感あるきつめの美形のコモス様。
ヒーロー系な彫りの深い爽やか美形のヌワ。
華やか美女でメリハリボディなオウィノー様。
身分高めの人は容姿が整うものなのだなあと私は学んだ。
ルンの、ちゃんと振る舞いを学んで実力も伴った姿は、本物の貴公子様のようだった。
まあ、それで気後れして一緒に踊れないなんてことはなく普通に頑張ったのだけれども。
もちろん、ちょびっとだけときめいたりきゅんともした。だけど、それ以前にオウィノー様たちのしごきがとんでもなかったので考える暇なんてほぼなかった。ルンともども実施訓練のときは必死である。
繭玉パンチはもう嫌だし、目のない蛇の頭で逆さづりも嫌だし、糸で操られて強制的にみっちり一日踊らされるのも嫌だ。古城のホールフロアにトラウマを抱きかねない。
「次は、右」
「左に、回って、手をこちらへ」
「飛ぶから任せる」
学んだダンス攻略法を互いに呟いて、動作確認しながら真剣に取り組む。
今回で終わらせるのだ。この修羅の道に終幕を飾るべく、二人して心を一つに踊りきる。
飛んで、跳ねて、回って。
踊れるようになって楽しい。それはあるけれど、音楽を奏でながら粗がないか観察するロクタック兄妹の目が怖いので緊迫感が半端ない。緊張のあまり、耳の傍で心臓が鳴っている気さえするくらいだ。
でも顔には出さないで、とても楽しいですという表情を浮かべ続けて、また右へ左へステップを踏む。
そうして、待ちに待った音楽が終われば、互いに姿勢を保ったままお言葉を待つ。
「……コモス兄様、どう?」
「これだけの期間なら、この程度だろう。ロクタックの踊りも多少拙いほうが領民を思い出していいかもしれん」
「それもそうね。いいこと言うじゃない」
「馬鹿言え。俺はいつも最高だろうが」
「はーい、終わりよ二人とも。頑張ったわね」
ほっと相手を掴む互いの腕が緩むのがわかった。それだけ嬉しいのだ。しょうがない。
「じゃ、明日本番だから。よろしくね」
そして新たな緊張が加わった。もうちょっと手心を加えてほしいが、オウィノー様はご機嫌で去っていった。
「ふむ、それならば、これから仕込むか。お前たち着替えたら食堂に来るように。勤労には報いる優しいコモス様の思いやりをくれてやる」
メニューの名前らしきものを呟きながらコモス様も出て行った。
ウータさんは、ハリオス様のところに食事を届けに行っていて、ヌワはそれの付き添いでダンジョン近くまで出かけている。相変わらず階段昇降が苦手なようである。
必然的にホールには私とルンだけが残った。
体を離して、ため息をつく。それは同時だった。同じくらいルンも緊張しているとダンスを通じてよくわかったので、そうだろうな、としか思えない。
「ルン、お疲れさま。明日は……本番になっちゃったけどよろしくね」
「サエも。今日の通りにすれば、大丈夫かと思います」
互いにお疲れさまの言葉を言いあって笑う。
身体的にマシになったのもあって、ルンの情緒はぐっと良くなった。こうして普通に会話もできるし、笑うことも増えたように思う。健康って精神面に影響を与えるのだなあとつくづくわかる例だ。
「これでうまくいったら、元の世界の手がかりもあるかもだし。神様がいるっていうから、期待したいものよね」
「はい。サエが思うとおりになれば、いいですね」
「ルンも何か聞いてもらえるかもよ?」
「いえ、私は……私はとくに、浮かばないので」
「そう?」
その割には遠慮っぽいものが見える。
視線は露骨に合わないので、こういうところは前と変わらない。視界に割り込むように体を動かしてみる。
「私これでもルンにはすごく感謝しているの。これまでいっぱい頼ってきたもの」
「そんなことは」
「あるの。だからね、言いたいこと私に言ったって、文句は……場合によるけど言わないわよ。思ったこと話してね。私、ルンだから結構いろいろ言っちゃってるし」
「……はい。でも、本当にないので」
「そう?」
視線を合わせたルンは、表情をやわらげて頷いた。
「はい。前の私に比べたら、十分に私は願いがかなっているので」
「ちなみにどんな願い?」
ぶしつけかしらと思いながらも、好奇心に負けて聞いてみる。
だって、ここまで一緒に頑張ってきたのだから、知らないのは寂しい。
私が聞くと、ちょっと困った顔をした。
「……言いたくはないので、秘密です」
「おお……言うようになったわね、ルン」
「サエのおかげでしょうか」
「それならしかたない」
軽く返せば小さく笑いが返ってきた。
それが妙におかしくて、しばらく笑いは治まらなかった。




