二十四話
「城に戻るわ」
地下二階の隠し部屋。オウィノー様の部屋に戻ってきて早々に、宣言された。
ウータさんもうなずいて同意をした。
「それがよろしいかと。わたくしめも賛成いたしますわ」
「コモス兄様、いいわよね」
オウィノー様が言えば、コモス様も「いいだろう」と返す。
「思ったんだが……パーティーというなら、祝宴。つまり料理が必要だ。俺の腕の披露の場だしな。戻るか」
「もうそれでいいわよ……ヌワにも会いたいし、入り口にいるのよね? ああ、久しぶりだわ! コモス兄様が暴れてたから上に行けなくて困ってたのよね」
「そうだったか?」
返事はせずにコモス様をねめつけて、私を抱えたルンへとオウィノー様は声をかけた。
「あなたたちは、アタシが直々に徹底指導するからそのつもりで。どんなに時間をかけようと、綻び一つなくやってやるわよこうなったら。いいわね? いいとおっしゃい」
大きな蜘蛛の体のオウィノー様が上から威圧感を込めて言うと、とてつもない迫力がある。
思わずルンと顔を見合わせてこくこくとうなずいた。長い者には巻かれろ精神は、ときにわが身を助けるのだ。
良い子の返事にころりと笑顔に変えると、オウィノー様は早速とばかりに自分が出した糸を使って荷造りを始めた。
「ついでに染色して、専用服も作らなきゃいけないわね! ああ、忙しくなりそう! 充実するっていいわあ!」
「実にその通りですとも、オウィノー様」
「ほほほ! 速やかに行きましょうね、ウータ」
「もちろんですわ、オウィノー様!」
「ついてらっしゃい、新たなアタシの弟妹! ついでにコモス兄様!」
高笑いをしながら荷物をまとめ上げて、お尻のあたりに荷物とウータさんを乗せる。それから私たちの荷物もまとめてコモス様に持たせると、さかさかと脚を動かして勢いよく駆けて行った。
あっという間に姿が見えなくなる。
ぽかんと見送っていると、コモス様によっていつもの通り両脇に抱えられた。ルンがしょぼんとしている。安心感はあるけれど安定感のないコモス様の運びは嫌よね。わかる。
でもコモス様の運搬が早いのは確かだ。私たちよりはるかに背が高いので一歩もとても大きい。それでいて機敏に動くので、びゅんびゅんと風が顔に当たる。下手なコースターよりも刺激的だ。
丹念に調べたり採集したりしなければ帰り道はそこまで長くはない。
というよりも、コモス様とルンが覚えているのがおかしい。私だってサイドポーチのメモ帳があればそれなりに案内はたぶんできるはず。
とてもスピーディーに階層を駆け抜けて、体感時間は二日程度で戻ってきた。コモス様の信条で、必ず食事を挟んだので休憩つきだったがそれでも早い。
なお、この時初めて私たちはコモス様が然程寝なくても平気だという体質を知った。
私たちがうとうとしている間も猛スピードで走っていたのだ。コモス様が言うには、半分植物に寄生されているからじゃないかという、あやふやなお答えだった。
やっぱり寄生されているんだその状態……まあ、ともかく。おかげでより早く戻ることができた。
しかしそれよりも早かったのはオウィノー様で、ヌワをぐるぐる巻き状態にして自分としばりつけて恍惚としていた。大分変わった愛情表現すぎる。
ウータさんはウータさんで、入り口の雑然さに文句を言いながらお掃除をしていた。
ともあれ、無事ダンジョンの入り口に戻ってきた私たちは揃って古城に向かった。
帰る途中で、「ハリオス様がいるなら残って入り口の番をする」というヌワをオウィノー様が縛ったまま引きずっていたのが印象的だった。ヌワは自力で上がれなかったけど、オウィノー様の力にかかれば簡単に上ることができたようだ。夫婦の力関係が見えてしまった。
お城に帰れば帰ったで、私たちが二人きりだったときが嘘のように騒がしい。
まずウータさんが荒れたお城の様子に悲鳴を上げながら掃除を始めた。
猛然と取り組むところをつかまえて、お部屋を使わせてもらっていると伝えることはできたけど……記憶に残ってくれているか不安だ。
続けて、コモス様が採集素材を存分に使うと食堂にこもった。
美しい笑みを浮かべたオウィノー様は「しばらく夫婦のお話をするわ。あなたたちはまたあとでね」と言って、ヌワをお城の上に引っ張っていった。
沈痛な面持ちをしつつも逆らわないヌワに、視線でエールだけ送っておいた。
あっという間にみんな好きに行ってしまって、私とルンだけがぽつんと取り残された。裏庭の前でどちらともなく所在なく佇んでしまっている。
今の時間帯は昼だろうか。朝だろうか。
久しぶりに見た気がする空を眺める。青空がまぶしい。あと星型太陽も久しぶりだ。
私たちが丹精込めて必死で育てていた裏庭の畑も半ば野生化しているものの、元気そうで何よりだ。
だが、それはさておき。
「とりあえず、ルン。糸はずしてもらっていい?」
「あ、はい。すぐに」
いまだにぐるぐる巻きな私であった。
お願いすれば、言葉通りすぐにルンが手を伸ばしてくれた。
丁寧に細くて長い指が糸に触れる。火と指先を駆使して外してくれたルンは、残って服に付いた糸も軽く払ってくれた。
しかし、それがまたちょっとこそばい。
「細かいところは自分でするから。ルン、くすぐったい」
「サエ、あまり動くと……あっ」
言って身をよじってルンの手が追う。そして不慮の事故がおきた。
ぶれて落ちたルンの手先が、私のお尻に当たった。驚いたのか、そのまま掴まれた。
思いっきり、むんずと。
「おわ!?」
色気のない声が出た。
まあでも、ルンだし。そんなつもりはないことも十分わかってたので、ちょっとからかうかとルンの顔を見た。
ルンが、かわいそうなくらい真っ赤になってた。
人ってここまで赤くなれるんだな、と感心してしまった。
そして残像が見えるくらい素早く離れていった。パッと見てわかるくらい、慌てふためいている。
「あああああ!? すみ、すみません! 申し訳、そのつもりは……!」
「いや、いいからいいから。そう反応されたほうが恥ずかしいから!」
「せ……責任、ええと、ばあやがこういうときは責任を」
「大丈夫だから! そのくらいのことでとる責任が重すぎるって。えーと、それなら」
ルンの混乱具合が私にまで感染してきた。
ええ、どうしよう。どうやって治めれば。
慌てて頭を回転させて、ぱっと出てきたのは頼りになる私の義理の姉、南美姉が楓太兄やヒロ兄にしていた光景。
酔っぱらって陽気になって「あいさつ代わり。今日もいい尻ね!」とぶっ叩いてたコミュニケーション。楓太兄にはこうなるなよマジでと言われていたが、家族間コミュニケーションとして軽く流せるやつだったしこれはいいのでは。
ぐるぐる混乱したまま、私はこれだと思った。
自由になった腕を広げてルンの背後に回る。
ぴたりとした白いズボン、その後ろ目掛けて両手をポンと押して離す。
ルンは体を面白いくらいビョンっと跳ねさせて、即座に距離を取られた。お尻を庇うように抑えている。
もうしないよと両手を上げておく。
「これで、おあいこ。そういうことで!」
「……ぁ、あぅ……サエ……」
涙目だ。
藍色の瞳はびっくりしてますと見開いて潤んでいる。長いまつ毛の縁に涙がにじんで、かわいそうなくらい真っ赤だと思った顔はまだまだそのまま。薄い唇が物言いたげに小さな口をはくはくと動かしているけれど、声は出てこない。
申し訳ないと同時に、むずむずとした気持ちがわいた。なんだろうこの気持ち。
「えっと、ええっと……カワイイわね、ルン!」
「……サエ! あなたは……っ、あなたという人は!」
涙目のままルンが眉を吊り上げた。
予想以上に反応が激しい。まずったかと手を上げたまま後ずさりすれば、詰め寄られた。
「ご、ごめん。でも、お相子でしょ、お互いこれでなしで」
「年頃の女性が、触れて良い場所ではありません! いくらサエでもっ」
「そこまで言うほどダメだったの!?」
「だ、だめというか……これは、その……そういうのは、取り決められた相手とすることで」
「取り決め? それ、ルンのところのルール?」
階級制度だけでなくて、管理社会だったのか。絶対ルールがある系の。
ただ、ルンの世界のルールだとして、私が守る必要はない。ないけれど、そのルールを私が平気で侵すのはよくない。
ルンも私の言ったことに、あれ、と思ってわずかに怒りを緩めたけれど、それだけだ。まあ、私がされたからといってセクハラし返したみたいなものだ。
言い募られて冷静になり始めた頭が、何をしてるんだ私と反省を始めている。
「ルン、ごめん。軽率だった」
「いえ、こちらこそ考えが及ばず。そう、ですね、サエは違う文化の……」
改めて謝ると、ルンは落ち着かなく視線をさ迷わせた。まだまだ顔は赤いけれども、ちょっとずつ落ち着いてきたみたいだ。
そして少し時間をおいて息を整えた後、腑に落ちない顔で私を見た。
「……違うといっても、サエのところでも一般的ではない行為ですよね?」
「あー……なくはないかなあ? こう、コミュニケーション的な?」
「なぜ、目をそらすのですか」
「えっとぉ……も、もう一度触る?」
「っサエ!」
追及が痛くて、つい茶化して言えば、またルンが顔を赤くして声を荒げた。
私相手とはいえ、ずいぶんと感情を出してくれるようになったなあと感慨深く思いつつも、今度は手を合わせて謝ることにした。
「悪気はないの。ね、ごめんなさい」
「……はあ」
「うむ。許すのも度量の示しどころだぞ、ルン」
「……許すも何も……?」
頭上に、ヌワが居る。
それも逆さまだ。ちょうど私とルンの視線くらいに逆さの顔がある。
ルンもぽかんとした顔でヌワを見て固まった。
さっきの私のように糸で巻かれたヌワの先を見上げる。高い高い位置に屋上らしきてっぺんの屋根からひょっこりと誰かが手を振った。
いや、誰かなんて考えるまでもなかった。
「ちょっと、サエ。そこ水あるんですって? 桶で運んで、ウータの部屋に集合なさい。身ぎれいにするわよ」
「はあい!」
なぜヌワを吊るしているのかは懸命な私の勘が聞くなと言っている。
それに身ぎれいは私もしたい。久しぶりに髪をちゃんと洗って汚れを綺麗にしたい。
手を振り返して返事をする。
「そこにルンもいるわね! サエの支度が終わったら、次はあなたの番だからそこで待っておくように。あとヌワはアタシの許可なく助けたら吊るすからそのつもりで」
やっぱり理由を聞かないほうがいいな、これ。
ヌワと何をしていたのか気になるけれど、お待たせしないほうが賢明だろう。オウィノー様は口と同時に手が出るタイプだと、コモス様との会話でもなんとなく察してしまっている。
裏庭に放置していた木桶に水を入れる。肌の火照りが収まりつつあるルンが、手伝ってくれた。からかってもちゃんと手を貸してくれるあたり、とても優しい。
ヌワはなんかうごうごしてた。石像が日の光の下で滑らかに動くのはなんとも奇妙だ。
「吾輩のことは気にせず、オウィノー様のもとへ行ってくれ。あれほど張り切ってらっしゃるオウィノー様は久方ぶりだ」
爽やかな笑みで言うヌワだけど、その恰好はいいのか。糸を見ていると、はにかんで「オウィノー様なりの思いだからな」と言った。きらきらした黒曜石の瞳がまぶしい。私にはよくわからない夫婦の世界だわ。
ただ、ダンジョン入り口で嘆いていたヌワが喜んでいてよかったなとは思えた。
私ももう一息頑張ったら、手掛かりがつかめるかもしれないし。気合を新たに、なんとでもなれと笑い返す。
「じゃあ、お先にいってきます」
木桶を抱えて、水をこぼさないように気をつけながら呼ばれたお部屋に足を向けた。




