二十二話
戻ってくれば、真っ先にオウィノー様が嬉しさを露わに迎えてくれた。
介添えしてくれたルンの腕を離して隣に並べば、満足そうに何度も上から下を見られて、ほう、と吐息を赤い唇からこぼしている。
「時間だけは無駄にあったから、アタシが絶対着ない服も作ってた甲斐あったわねえ。いいじゃない」
「ルンはともかくサエの恰好は、ダンジョンで動くには不向きだぞ。別のないのか」
「いいのよこれで! 防備に不満があるならタイツも靴も作ったから! せっかくアタシ以外を着飾れるのに、不格好なんてさせるわけないでしょ!」
「そうですともそうですとも! コモス様はもう少し格好に気を配ってくださいませ!」
水を差したコモス様が、ウータさんにも文句を言われてのけぞった。顔には不可解としか見えないので、コモス様はまったくそういうことに興味がないのだろう。もちろん私もオウィノー様やウータ様派である。
「オウィノー、お前はともかくとして。ウータは、なぜ得意げなんだ?」
「第二の子としてお世話をするつもりですので! ええ、ええ。こんなに見守り甲斐がある可愛らしい御方々のお世話をできるのですから当然かと! 先ほどからのやりとりにわたくしめはもう高ぶって高ぶってなりませんわ! ああ、素敵!」
「なんだ、お前たちヌワの弟妹に格上げされたのか」
それは私たちも知らない。ヌワも絶対知らない。
顔を横に振っていると、オウィノー様が声を上げた。
「あらっ、じゃあ私の弟妹でもあるわね!? そうよね? ふうん、へえ、いいじゃない。下の子が欲しかったのにお父様やお母様の間には恵まれなかったし、いいじゃない? ねえコモス兄様」
「俺の助手どもだが?」
「じゃあ、兼私の弟妹でいいわよ」
すごい。私たちを置いて会話がどんどん進んでいる。
というよりも、そもそもなぜウータさんの子とみなすがオウィノー様の弟妹にあたるのだろう。
その疑問は聞く前にオウィノー様が意気揚々と答えてくれた。
「さて、紹介が遅れたわね。んっ、んんっ、コホン。アタシ……わたくしは、オウィノー・ロクタック。ロクタック領主がフィドモンの娘。ヌワ・オロクヒェンの妻です。ウータから大まかに聞いていますが、遠くの異境から来て不肖の兄につかまったとのこと。お詫びを申し上げます」
「詫びるよりも感謝されるべきだろう。この俺の傍にいれるのだぞ。それに取り繕って話す必要あるか?」
「お黙りあそばせお兄様。体面考えやがりませ」
しなやかな脚の一つが布の塊をつまんでコモス様にノータイムで投げうった。顔面キャッチしたコモス様を置いて、またまた咳払いをしたオウィノー様は私たちのほうへとにじり寄ると両手を合わせてほほ笑んだ。
「自尊心の塊で尊大な男に話を聞いても、まったくこれっぽっちも進まないわ。あなたたちのお話をまず聞かせてくださるかしら? してくれるわよね? 椅子を作るわ。そこに腰かけて」
そう言うと、六つの脚が器用に動いてあっという間に小さめの繭玉みたいな椅子ができた。ぽんと投げて設置された椅子へ向けて、手で示される。
礼をしてから荷物を脇に置いて座る。もふっとした感触。体重を受けて沈む感じは、さながら低反発のクッションみたいだ。
「コモス兄様はアタシが話を聞いている間、お食事でも作っていたら? ウータがとらえてた蜜壺虫がまだいるわよ」
「ほう。でかしたオウィノー。ウータ、案内しろ」
「かしこまりまして。コモス様、こちらへ」
コモス様はとたん生き生きとしだした。実にわかりやすい人である。
ウータさんの先導に合わせながらも急かすコモス様が部屋から出ると、オウィノー様はあたりを見回して真面目な顔をした。
「コモス兄様はあのとおり、人より食に興味があるから事情をまともに聞いてるかわからないでしょう? だからその分、ロクタックの者としてアタシが聞くわ。戻ってくる前に手早くお話ししてくれる?」
「は、はい」
ルンもいいかな、と隣に腰かけるルンへと顔を向ければ、こくりと頷いてくれた。
「では……――」
*
話すことは、前にヌワにもしたことの繰り返しだ。
ルンもまた同じように話してくれた。二度目となると語り口もいささかスムーズだった。
より的確に感情を込めない過去の出来事の羅列は、手早く終わった。
終わったが、やっぱり過去が重いわと思わずにはいられないし、やはりルンを健やかに過ごせるように手伝ってあげたいとも心新たに思えた。
多分、オウィノー様も同じように思ったのだろう。
「……ぅお゛……ンぐぅ……うぅう」
すごい既視感のある泣き方をして感じ入っている。ヌワの奥さんということだけれど、こういう面でも夫婦は似るものなのだろうか。ヌワと大体同じ場面で似たようなリアクションをしていた。
白いレースハンカチがじっとり濡れるほど泣いているオウィノー様はしゃくり上げながら、鼻をすすった。
「ごめんなさいね……ちょっと、わが身を振り返ってしまって余計に……っ」
なるほど。
オウィノー様も追われてここに逃げ込んだという経緯があるのだから、ルンの追いやられた境遇はとくに身につまされるものだったのだ。
「お耳汚しをしました」
「いえ、いいわ。許しますとも。アタシを義姉と思い、接することも許すわよ……っ!」
ルンが言えば、ゆるく頭を振ってオウィノー様は泣きはらした顔で謝罪を止めさせる。
「サエ、あなたも、そうね……そうよね。あなたたちにも聞いてもらうべきね。関りがあることだわ」
「関り? 私たちに?」
「ええ。その前に、お腹が空いたかしらね? お兄様の料理はもう食べている、わよね。あんな人だけれど、腕前だけは確かなのが腹立つわ……いえ、たくさん食べて、皆揃ってから、こちらの事情を話します」
オウィノー様が言い終わると同時に、金属鍋を複数持ったコモス様が現れた。ウータさんも後に付きながら、繭らしき素材の上に切り身みたいなものを乗せて器用に進んでいる。
コモス様、見るからにウキウキだ。
「見計らったような登場、ありがとうコモス兄様」
「そりゃあれほど響く声で泣き喚けば聞こえるだろうよ」
場所を適当に見繕って、さっさとセッティングをしたコモス様は一対の腕を組み、もう一対を顎にあてて満足そうにうなずいた。
「蜜漬けと、時間による固体化を利用した。あと肉は生でもいけるものを薄く切って」
「まあまあ美味しそうじゃない。ごたくはいいわよ、ほらほら、サエもルンもお食べなさいな」
「オウィノー、お前は」
「ウータ、とっておきあるかしら。お兄様に差し上げて」
「はい。酩酊茸がございますよ、コモス様。こちらを」
「……ふむ」
実の兄妹となれば扱い方も手慣れたもので、文句を言うコモス様をすぐさま黙らせてオウィノー様は音頭をとった。
「では。良き日に感謝を」
そうして、すっすっと指先で払うような仕草をしてから、両手を組んで指先に口づけた。ウータさんも同じようにして、コモス様はそれを見て「あー」と声を出してから思い出したみたいに同じ仕草をした。
この世界流の「いただきます」なのかな。
合わせるべきかなと手を合わせたまま止まる。ちょっと迷ったけれど、そのまま「いただきます」をしてからオウィノー様たちの真似をすることにした。ルンもそれに続いた。
多分これで正解だったのだろう。オウィノー様に微笑ましそうに見られた。
そうして食事も一区切りついた後。
オウィノー様が、急にかしこまった態度でコモス様に向かって言った。
「コモス兄様。まずは、わたくしに謝罪をさせてくださいませ」
立ち上がり、六つの脚を器用に折り曲げてすっと体をかがめる。まるで懺悔するみたいな仕草だ。
コモス様が左目をじろりと向ける。
さっきまでのにぎやかで和気あいあいとした食事とは打って変わって真面目な様子だ。
片付けをしていた手が止まって、つい凝視してしまった。してしまってから、いけないかしらと目を逸らして動かす。すると、コモス様から手で軽く払う仕草で気にするなのサインが来た。いいのかな。
それから間も無くして、オウィノー様は丁寧な口調で報告を始めた。
「申し上げます。次期領主たるハリオス兄様を、わたくしは損ないました。そして、成すすべもなく長い年月を無為に過ごしてまいりました」
「……続けろ」
「わが身を始め、兄様方、ウータやバティスト、ヌワ。皆を異形へと変じさせた原因はわたくしにございます」
コモス様はただただオウィノー様を見るばかりで何も言わない。すこしの間をおいて、また話が続いた。
「ヌワと別れ、コモス兄様と別れ、この階より下へバティストに従い降りました。ですが、あえなくハリオス兄様とバティストも倒れ、命からがらウータとさ迷いました。そして、見つけたのです」
「見つけ……奥域があったのか」
「ございます。古の伝承通り、奥域にて願いをかなえました。それが、現在です」
「よくないが、それはいい。なら、ハリオスはどうした?」
「ハリオス兄様は、心の状態が思わしくなく……いまだこちらにご関心を向けることなく下の階にてお休みになっておられます。バティストも、傍に」
そこまで聞いたコモス様は、深く深く息を吐いてから姿勢を崩した。
奥域と聞いてもピンとこないけれど、ゲームでいうようなボス部屋なのかもしれない。それか、重要なものが眠っているところとか。言葉からして最深部だろう。
それに、願いを叶えるって。
聞き逃せない言葉だ。
願いはどの程度叶うのだろう。もしかしたら、帰ることも可能なのでは。やっぱりここに来て正解だった。ダンジョンに行こうと思わなかったら今もずっと知らないまま過ごしていたに違いない。
オウィノー様に聞けば教えてもらえるのだろうか。いや、是非にも教えてもらいたい。
あれこれと期待が湧き出して身を乗り出す。その間も、コモス様とオウィノー様の会話は続いている。
「あの兄は、身を変じても繊細なままか」
「ええ、まったくお変わりなく。ハリオス兄様はコモス兄様やヌワ、お父様お母様をひどく案じておられましたもの。それでそのまますっかり意気消沈なさっています」
「幾百年も?」
「幾百年も飽きもせず嘆いておいでですわ」
「……我が兄ながら感服するな」
「ほほ、その通りで」
そうしてようやく頭を上げると、今度は私とルンの前にしずしずとオウィノー様が近寄ってきた。コモス様はまたため息を吐いて、徳利の形に似たキノコに口をつけていた。
オウィノー様は緊張した面持ちで前に立つと、私たち二人の肩に手を置いた。
「事情はわかったかしら。そして、察してほしいのだけど……ハリオス兄様を正気に戻すために、手を貸してほしいの」
「私は、構いません。あの、奥域って」
「サエの事情なら、きっと知りたいと思っていたわ。教えるのはやぶさかではないわ。ないけれど、そこへ通りがかるのに今のハリオス兄様がお邪魔……鬱陶し……気がかりなの」
心配をしているのだろうけれど、口ぶりがずいぶんと辛らつだ。コモス様が無言でうなずいている。ロクタック家のご兄妹は濃い人しかいないのだろうか。
けれど、下の階まで目指すのに、必ず通りがかる道だと言われたなら私に拒否権はないに等しい。
「そういうことなら。ルンはどうする?」
「私は、サエが望むなら行きますが……」
話を振ると、ルンはちょっと考えるそぶりをしてたずねた。
「服を用意したのは、関係あることですか」
「おおむねそうよ。恰好が気になってしょうがないってのも、もちろんあったけれど」
「……具体的には何をするのでしょうか」
「そうね……馬鹿げていると思わないでほしいのだけど」
そこで言葉を切って、一呼吸置いた後でオウィノー様は安心させるように笑みを浮かべて言った。
「あなたたち、踊りはできて?」




