十八話
「思い出したついでなんだが、下の階にオウィノーとウータがいたはずだ。ハリオスとバティストはさらに奥に居ると思うぞ」
採取の成果だ。俺の技術を見ろ。
そう言って並べた食卓を囲んだなかで、あっけらかんとコモス様はのたまった。地べたに座りながらの団らんの場がしんと静まった。
唐突すぎる。
遺品だと思われていた短剣で、モンスターから採取した実を削りながら言うコモス様に、大仰に驚いたのはヌワだった。
「コモス様!? ハリオス様たちの行方をご存じで!」
「うむ。というよりも、俺が殿だったからな。この短剣もハリオスから役目に見合う礼だともらったんだった。錆びてるがまだ使えるとは、やっぱりいい剣だな、これ」
「いやそんな呑気なご感想を言っている場合では……!」
「言う場合だ。落ち着けヌワ。お前は手負い、というか片手がまだない。そこのお供は未熟で先に進むには心身ともに不十分。下はここほど安全ではないぞ」
「ならば、なおさら、救援に赴くべきでは!」
「無暗に赴いても、手痛い目にあうだけだと言わんとわからんか」
削りきった実を完成した料理にまぶして、ようやくコモス様は顔を上げた。微妙な顔をしている。
「そもそも、無事なわけなかろうが」
言いづらいことをはっきりと言う。ヌワはあからさまにショックな顔をしたのに、コモス様はすこしばかり眉をひそめただけでそのまま続けた。
とても口を挟める内容でもないので、ちょっぴり距離を置いてみる。隣に座るルンに寄りすぎてしまったが、まあ許してほしい。修羅場にはあまり近寄りたくはないのだ。でも内容は気になるので耳だけは澄ましておく。
「城の様子を見たが、明らかに年数が流れすぎている。いかにダンジョンが未知の場とはいえ、普通ならばとうに死んでいる」
「では、ハリオス様たちは、父母は……オウィノー様まで亡くなられたと」
「それも早計だ。俺やお前が姿かたちを変えて存在しているとなると、同様に変えられていると推察してもおかしくはあるまい」
「では!?」
「まあ、ハリオスとバティストは知らんが、オウィノーとウータが罠に嵌まるのは見た。俺は……そうだったな、お前を待ちながら、後ろの雑魚を掃討していたので分断されてしまったんだが。つまりは、下の階にオウィノーとウータの死体があるか、あるいは俺のように変わり果てているかだ」
「さよう、ですか」
がっくりとヌワが肩を落とす。
コモス様は自分の頭を掻きながら、ヌワを軽く小突いた。
「ええい、辛気臭くなるな。食事が不味くなるだろうが。お前たちも、素晴らしい俺の話に聞き入るのは良いが、見てないでさっさと食え。そして俺の料理を讃えながら感謝しろ」
矛先がこっちを向いた。
返事のかわりに食事を口にすれば、満足そうにうなずかれた。
「あと、なんだったか。サエの知る言葉が開門句だったか? あれはオウィノーが見つけたから、俺はよく知らぬが。まあ、どちらにせよお前たちも下に行くのだろう?」
「できれば……」
ゴリラの化け物で怖い思いをした分、気後れはするけれど手がかりが下にあるかもしれないという期待は濃くなった。もしかすると、何か大事なものが隠されているかもしれないし。
「うろ覚えだが、下は虫が……うん? そうだ、蜜壺虫がいたな。調理場にない材料だ……集めるのもいいだろう」
「虫、ですか」
虫の巣窟を想像してしまう。ぞわぞわとおぞけが走った気がする。
反対に、コモス様は楽しそうに左目を輝かせた。
嫌な予感しかしない。
「よし! そうとなれば、食べたら行くか」
「コモス様、私たちを心身ともに未熟とか言っていませんでした!?」
「そんなもの、この俺が助けに入るのだからないも同然だ」
「さっき言ったことと矛盾してますよね?」
うんうんと隣でルンが小さくうなずいて同意してくれている。ありがとう、ルン。
確かに降りてみて知りたいことはあるけれど、心の準備がほしい。そんな気持ちを込めて言い返したものの、コモス様はそれで止まる人じゃなかった。
「細かいところは気にするな。ああ、そうそう虫は火が苦手だからな。ルン、お前は松明役だ。大役だぞ、光栄に思え。かわりに武器の手ほどきや身のこなしくらいは助けてやる。崇め奉れ、俺を」
「ええぇ……」
ヌワを見れば、穏やかな顔つきで頷き返された。
「安心しろ、サエ。ルンも。このようなお方だが、間違いなくコモス様は頼りになるお方だ。このようなお方だが」
「ヌワ、お前はここの守りをしろ。オウィノーは、お前に無様を見られたくはなかろうよ」
「ですが……いえ、はい。しかと拝命つかまつります」
「それがいい。あれは気性が激しいからな。俺が迷惑をこうむる羽目になる」
「……コモス様」
じとりと見られてもどこ吹く風で、コモス様は私たちのほうを向いた。
「サエはいいとして、ルン。お前、不服か」
「ルン? そうなの?」
やっぱり一緒に行動は負担なのか。それとも自滅攻撃をひょっとして引きずっているのか。
隣を見れば、意外にも強気にコモス様を見返していた。ちょっと驚いた。そんな顔、できるのか。
見ていたら、私をちらと見返していつもの大人しそうな顔に戻った。
「いえ。サエが行くのなら、行きます」
「本当? それならうれしいけど、無茶してない? ヌワと番をしていても、お部屋に戻っていてもいいのよ?」
「無茶するのはサエのほうでは……一人にさせるのは、嫌なので」
「一人じゃなくて、コモス様も一緒だけど」
「…………行きます。だからサエ、くれぐれも気をつけてください」
「ええ、もちろん!」
なにせ推定虫パラダイスだ。
気合を入れて返せば、眉を下ろして息をつかれた。なんとはなしに呆れられた気がした。
食事が終わると、宣言通りコモス様がてきぱきと支度を整え始める。
ヌワよりもダンジョンについて知識深いらしく、あっというまに準備を終えてしまった。採取した草木もすりつぶして携帯したり、見たことのない道具を取り出したりと手慣れている。頼りになるというのは間違いではないのだなと感心してしまった。
私たちの装備もコモス様監修のもと、ちょっぴりアップデートした。
といっても、虫が出るだろうから手足や首を出すなという指示でコモス様が渡してきた手袋やスカーフみたいなものを付けただけだ。
ルンは靴をどうにかしろと、靴も渡されていた。サイズが大きすぎるので布や紐で調整された特別製だ。
なお、仕上がりのビジュアルは農作業する人である。安全重視を計ると可愛さ格好良さは両立しないのだなと身をもって知った。
それからヌワに見送られて、またダンジョンの入り口から再スタートだ。
「ここの採集も足りないが、今は蜜壺虫の蜜が最優先だ。行くぞ」
コモス様が先陣を切ると、不思議なことにあの根っこのモンスターは逃げるように離れていく。狩りすぎて恐れられているのではと思わずにはいられない。
たまに出くわして襲ってきたとしても、瞬く間にコモス様が倒してしまう。
コモス様の武器はヌワからもらっていた石の直剣だ。なんでも、いい感じの重さで叩き切るには最適らしい。それを四本の腕で器用に扱ってすぱすぱ切るのだからすごい。
私は言わずもがなだけど、ルンも驚いていた。打ち漏らしもない。動きに無駄がないというか、精錬されているというか、素人離れした熟練者の技に感心するばかりだ。
そんなコモス様はさっさと歩くので、私はルンを引っ張ってついていくだけのスムーズな道のりだった。
あっという間に奥へたどり着いてゴリラの化け物がいた部屋に入ると、コモス様はあのひときわ大きな木の盛り上がった根のところを指さした。
「潜った先に下り坂がある。おい、ルン、明かり」
身構えてみたけれど、あの化け物がでてくる様子はない。
「……はい。サエ、足元に気をつけて」
ルンはコモス様の言葉に一瞬間をおいてから答えた。含みがあると丸わかりだ。警戒心が溶けてなくなるには、まだまだ時間が必要なんだろう。
足元と前方を照らす灯火がぽつぽつと暗い空間を照らしていく。
木の根っこの間をまたぐと、意外なほど開けた道に出た。コモス様の足取りに迷いはなさそうで、ぼんやりしているとおいていかれそうだ。
植物の根っこまじりの土の地面は、先に進めば進むほど苔混じりのじめじめした地面に変わっていく。視界のすみで蠢くのはダンゴムシみたいな小さな虫だろうか。
コモス様が言った通り、ルンの火が灯ると逃げるように地面に潜ったり暗がりへ走ったりしている。
思えば、根っこモンスターがはびこっていた場所は不思議なほど虫がいなかった。その分ここに集っているのだろうか。
うじゃりとあふれる虫の想像を頭を振って追い出す。
現在見えている小虫の集団は極力視界へとどめないようにして歩く。家族のおかげもあって、すごく苦手ではないけれど得意ってわけでもないのだ。
それでも、許容範囲を超える強烈なのも現れるのでむなしい努力なわけだけども。
「おっ、肉がいるな。いくつか切って保存食にするか」
そしてコモス様がこんな感じなので、強制的に向き合うわけだけども。
「うぅえ……」
赤ん坊くらいの大きさをした芋虫がいる。
太陽に焼けない地下だからか色は薄い黄色をしていて、ずんぐりと肥えている。複数のピンク色をした足先がゆっくりと動くたびに胴体部分が脈うつように蠢いて前進するのが、なんとも言えないぞわぞわした気持ちにさせる。
そんな私と違って、コモス様は食材だとみなして切りかかるし、ルンはこんな生き物がいるのかと興味深そうなので、疎外感がすごい。
コモス様、この部位が美味しくて解体するならここはえぐみが強いから除去するようにと見せるのはやめてほしい。必要部位を取れば消えるファンタジー仕様だとしてもキツイものがある。
この世界でのスタンダードなお肉がイノシシもどきでなくてこの肉だったら、私は肉料理はしばらく遠慮したい。
いや、コモス様の料理は自画自賛している通りめちゃくちゃ美味しいので、原型がわからなかったら食べたいけれど。
「おい、サエ。仮にも俺の助手となるなら、これくらいの解体は見慣れておけよ」
「いや虫の解体はちょっと……というか助手って、なんです」
「言葉通りの意味だが」
大丈夫かという顔をされたが、突如湧いた役職に私のほうがそう言いたい。
コモス様は一対の腕でお肉をコンパクトに切り分けながら、もう一対の腕で腕組をして顎を撫でた。
「城で俺の補助を務めただろう? つまりはそういうことだ。ここでの身分がないなら、与えてやったほうがいいという俺の配慮だ。有難く受け取れ」
「受け取れって言われましても」
「なんだ、もっと感謝しろ。なんなら咽び泣け。まあいい。ともかく助手その二とも協力して、解体作業を覚えるように。必要部位の採取で食材を無駄にすることは許しがたいからな」
ルンも案の定、人員に入れられていた。ルンは無の表情をしていた。
「えと、ルン、大丈夫」
「とくには。サエのほうこそ、顔色が悪く見えます」
「あー……うん、そりゃ、虫の解体はちょっと。私の義姉が見たら叫んでそう」
「そうですか」
私の返事に、ルンは視線を落とした。幸薄いが常の表情は、ちょっと困ったように変わって、口角が下がっている。空いている手を腰元まで上げて、また下ろす。
これ、気遣おうとしてくれているのかな。
端々の動作から勘づいて見てみれば、ルンは伏し目がちながらもちらちらこちらを見てはもじもじと指さきを動かした。
「あの、サエ、よければ」
「おい、おかわりが来たぞ。次は叩いて肉質を柔らかくするのも試そう。サエ、こい」
しかし、ルンの言葉はコモス様に遮られた。そしてそれは聞き捨てならない言葉だ。
「え!?」
「ぐずぐずするな、逃げるだろうが! ルンは解体で燃やす場所を覚えろ、こっちだ」
拒否する間もなく、私たちは首根っこをつかまれて巨大芋虫と対面させられた。
武器としてこん棒を選んだのがいけなかったのか。調理場でもコモス様に見咎めを受けずにむしろ感心して「なるほど肉たたき」と言われていたのはこのせいか。通りでイノシシもどきを殴るのに使ったと言っても叱られなかったはずだ。
「いいか、襲われたら即応戦できるくらいには体で覚えろ。まあ、この俺がいるからそう追いつめられることはないだろうがな」
自賛をまじえながらコモス様は私が携帯していたこん棒を奪うと、重さを感じない動作で芋虫に叩き下ろした。
飛び出す透明な汁にひるみながらも、視線を逸らすことは我慢する。
これはヌワの教えのたまものだ。目をそらすな、逃げるにも観察は重要だと散々みっしり言われた。
「ふむ。目を逸らさないのはいいだろう。では譲歩だ。曲がりなりにもお前が女であることを考慮して、抑えておいてやる。さっさとやれ」
教育の弊害を感じる。
こん棒の先が謎の体液でぬめって光っている。そして私の目も潤んでいる。
暴れる芋虫。
抑えるムキムキのコモス様の鋭い眼光。
ヌワより倍のスパルタ形式を実践させられている。気づかわしく私を見てくるルンが自分が携帯していた短槍を手にした。私が嫌そうだと察して変わろうとしてくれたのだろう。
でも、ルンに負担をかけるわけにもいかない。
コモス様の食材熱からの横暴を拒否しても、どうせこの先を進むには嫌でも相手をしなきゃいけないのだ。
震える手で握りしめて、私は涙目で芋虫へ振り下ろした。
過去一、気合いの入った声が出た。




