十七話
図体も大きく態度も大きい。
そんなコモス様のパワフルさに振り回されて、早半日は経過しただろうか。
料理第一な印象というか、おそらくその通りな人だけど、身内には甘いらしい。
ヌワの右手首がないのを見ると、治るのかと不機嫌そうに聞いて治るまではダンジョン内を進むなと厳命していた。
そのかわり、私とルンが採集要員は多い方がいいと駆り出されて、素材の講釈を受けながら延々とモンスターを狩る作業をするはめになったが。
でも、そんなはちゃめちゃな人に付き合っていたおかげか、ルンへの複雑な感情も紛らせることができた。
罪悪感とか、無茶をした腹立ちとか、心配とか。そういう気持ちを感情に任せてぶつける暇がなくて本当に良かった。
一人でモンスターをさばいて味や素材の状態に文句を言うコモス様はさておき、ひっそりと私について歩いてくれるルン。
驚異の回復力で普通に歩いたり、話したりも可能になったルンは、パッと見た感じの後遺症はなさそうだ。めくれていた薄皮も戻って、きれいな皮膚へ元通りになったように見える。
コモス様がこちらを放置して素材に夢中になっているのをいいことに、こっそりとルンを観察していると、目が合った。
明るさの足りない地下では深い藍色の瞳はさらに暗く黒く見える。それがダンジョンの光源に反射すると一部が青く輝くのだ。素直に綺麗だと思う。
目が合ったルンは、ばつが悪そうに私から視線をそらした。
「私を、叱りますか」
「あっ、あー……」
そういえば、そう言っていた。
コモス様のことで吹っ飛んでいた。
いや、叱りたい気持ちも勿論ある。
けれど、間をおいてちょっぴり冷静になった今は、ルンが悪いわけでは……いや、やっぱ悪いな。いくらなんでも無茶をしすぎる。自滅攻撃なんて。結果助かったんだからといえば、そうなんだけれど。
言われたことで思い返して、でもうまく口にできなくて、声になる前に消えてしまう。
そんな私の様子は、よく思われなかったんだろう。ルンは言い訳でもするみたいに、ぼそぼそと話した。
「私は、後悔していません。しなくてよかったとも思いません。あのままでは、危なかったのは明らかです」
「そりゃ、そうなんだけど。でも」
「サエは、私なんかよりずっと生き残る価値がある。私と違って、あなたには望みがあるのですから」
それじゃあまるでルンには何もないみたいだ。
咄嗟に言い返そうとしたけれど、ルンから聞いたルンの世界での話は、確かに希望を見出すには難しい環境だったかと思い出して留まる。
ルンは控えめに私をうかがって、微かにほほ笑んだ。
「サエが無事なら、それでいいです」
「ぅん!?」
予想外の威力に変な声が出てしまった。
だけどもルンは気にした様子もなく、自分で言ったことに納得しているように反芻している。
「うん……ああ、そう。そうか。私はサエが無事ならと思って。サエが前に、考えるより先に動いてしまうと言ったことは……こういうことなのか」
なんだろう、このいじらしい生き物は。
女子よりもヒロインぽい言動が似合う人、私の人生で初めて見たかもしれない。
こう、ピンチを終えてそれっぽいいい感じのセリフをいうようなアレだ。そう見えてしまうと、なんとはなしにルンがひどく可愛らしく見える。
まあ、清潔面も向上したし、やせすぎだけど容姿はたぶんいいほうだろうし、ムキムキコモス様に襲われかけてたし。がっしり体型でないから男臭さはあんまり感じない。
「……サエ?」
落ち着いた控えめな言動も、思えば思うほどそれっぽい。
そう、ルンは、下手な女子より、カワイイ奴だ。私の脳はそう判断を下した。
生い立ちや環境、情緒面で守ってあげなきゃと庇護欲を湧いたのは、やはり間違いではなかった。
「叱りたい気持ちはあるけれど、ルン」
「はい」
「ちょっと、こっち」
呼び寄せれば、素直に近寄ってくる。ぱさついた畳色の髪の毛先は燃えたせいもあってちりじりだ。あとで整えてあげないと。
思いながら近づいてきたルンへ、さらに手をこまねいて近づくようにジェスチャーをする。
それから、両手で囲んで招き入れて抱きしめた。
「サエ? 急に、なにを」
「怒るかわりに、頑張ったわねって労わることにしたわ」
頼りない体で、怖いだろうに頑張ってくれた。
自分の体を燃やすなんて、どれくらい勇気がいることで痛かっただろうか。
「でも、あなたが死ぬかもって思って、私、すごく嫌だったし怖かったんだからね」
「……は、い」
ぽんぽんと背中を撫でて離す。
あったかかった。骨ばった体は薄くて、もろそうで。でもちゃんと元気で生きている。ちょっと涙が出てしまった。
「ありがとう、ルン」
「はい、サエ。あなたの……私が、あなたの役に立てたのなら」
「べつに立てなくてもいいのに。生きてるだけで嬉しいわよ」
「それだけで……?」
「当たり前じゃない。何言ってんの」
「……そう、そうですね」
返事をしたルンは赤い頬に涙を伝わせてへにゃりと笑った。
「ああもう、あんまり泣かないで」
いつもの装備であるサイドポーチからハンカチを取り出してぬぐう。しまったところで、ドロップ缶に手が当たった。
残り少なくなった中身だけれど、私から渡せるご褒美に相応しい物の一つだ。軽くなった中身はあえて考えないで、二つ飴を取り出した。
「よし。特別! はい、あーん」
「サエ、自分で食べれますから」
「いいから」
でももだっても聞かずに、開いた口にねじ込む。かさついた唇に当たったが無事投入できて満足だ。
「あら、またりんご味だったわね。私が好きな味。ルン、ラッキーね」
「んむ……ふぁい」
もごもごと口を動かして、こくこくとルンがうなずいた。
ほっこりしていると、無粋な声がかけられた。
「なんだそれは。携帯食料にしては珍しい。蜜を煮詰めたやつか?」
言いながら、容赦なく手のひらの一つを奪ったのは、案の定コモス様だった。
飴を珍しそうに見聞する腕と収穫物を抱える腕と、だいぶんカオスな様相になっている。背中の籠はすでに素材で山盛りであった。
コモス様は私が止める間もなく飴を口に入れると、目を輝かせた。
「ほう、食べたことがない味だ。いいなこれ。おい、サエ。もっとあるか? あればよこせ。俺が再現をしてやろう」
「ええっ、もうほとんどないです! 絶対再現できるかわからないのに、あげるのはちょっと」
「なんだと。消費されてなくなるより、再現できる可能性に賭けろ。この俺がやるのだから、失敗はない……ないとする!」
「今、考えましたよね」
「いいからよこせ。よこせないというなら」
じいっと、大事に飴をほおばっているルンが睥睨された。
奪うつもり満々だ。
まさか。
脳裏に、口にするには憚られる想像が駆け巡る。一番の私の友、ともちゃんとかつてお試しに行った夏の祭典。そこで目にしたいろいろな物。
いけない。危険だ。
さっと両手を広げてルンをかばう。
「だ、だめ。だめです! ルンの貞操は私が守ります!」
「何を言っているんだお前は。そんな草っぺらのような体に誰が欲情するか。まだまともな穴があるお前のほうがマシだろうが、愚か者め」
「ちょ、ちょっと! セクハラですが!?」
「せくはら? なんだそれは。わかる言葉で話」
あけすけな物言いに顔から火が出る気がする。そう、目の前に現れた火みたいに。
言葉の途中でコモス様が体を引いた。またそのあとを追うみたいに空中に火がぽつぽつ灯った。
なぜ急に。
こんな芸当ができるのはルンしかいない。
「……ルン?」
「言葉が、過ぎるのでは」
広げた手をおろして振り返る。
珍しく眉間にしわが寄っている表情のルンがいる。
「なんだ、一丁前に……いや、そうか。今のは俺の言葉が悪かったか。悪い、流せよ」
そしてコモス様は全く悪いと思っていないような調子で言って、にいっと笑った。
「あいにくお上品な生き方をしていなかったもんでなァ。職業柄ということで……あ、まずいな。これを言うとヌワがやかましい。お前たち、今の言葉は忘れろ」
「印象最悪で覚えそうですけど」
「なんだと? むしろ痛快愉快最高の男として覚えるべきだろうが」
「どこからわくんですかその自信」
無言でたくましい胸部を張って親指で示した。四本腕のうち、荷物を持たない空いた腕二本で指すとより珍妙に見える。
愉快は同意するけれど、デリカシーはないというのも心の中で付け足しておこう。
言い合っていると、控えめに服の袖を引かれた。
「サエ、あまりかかわらない方が」
すごいな、コモス様。ルンにここまで警戒を露わにさせるとは。ヌワ相手のときより対応がひどい。やっぱり襲われかけたのがでかいのだろう。
「ルン、怖かったら私を盾にしていいからね」
こそっと伝えると、怪訝な顔をされた。
「私よりサエが気をつけるべきです」
「えっ、なんで?」
「なんで? え、なぜ?」
互いに何を言っているのだと見合わせていると、首根っこを掴まれた。
犯人はやっぱりコモス様だ。
ルンともどもひょいっと音がつくくらい簡単につかまれて、俵抱きにされた。右が私、左がルンだ。
コモス様、ヌワほどとは言わないけれど体が大きい分、私たちとの力の差は歴然で、まったくびくともしない。早々に抵抗をあきらめて手足を脱力させて遊ぶ。
「おい、遊んでいる暇があるなら、もっと俺を尊重して動け」
「構われたりですか」
「構われ? たしかに話し相手が長年いなかったが……? おお、思い出した。いなかったな。たぶん百年くらい。いやもっとか? となると、サエの言う通りかもしれん。まあいい、戻るか。採ったもので早速作るぞ」
呆れて突っ込んだ言葉は、適当に返された。
偉い領主一家の一人だというのに、まったくそんな感じはしない不思議な人だ。偉そうではあるけれど。
尊大ってこういう人のことを言うのだろうなあとぼんやりと思いながら、抱えられたまま進んでいく。
「あの、サエ、もし嫌なら」
ぼうっとされるがままでいたら、心配そうな声でルンに言われた。
「いやなら?」
「頑張って、燃やします」
たくましい胴体ごしに、悲壮感たっぷりのルンの顔が見える。ルン、もしかしなくてもめちゃくちゃ嫌なのね、その恰好。
だけど、頑張って燃やすって、まさか対ゴリラの化け物のときみたいにするってことなのか。そこまで嫌なのか。
「頑張らないでね、ルン」
こんなしょうもないことで、大層な力を使わせるわけにはいかない。
努めて優しく言えば、さらにしょんぼりとルンは落ち込んでしまった。
どうした、ルン。
一方、私たちを抱えるコモス様は、マイペースに「力を抜くと重いから、もっと俺に気を遣え」と言ってきた。やっぱりこの人自由すぎる。
なお、ダンジョン入り口に戻ったコモス様は、ヌワから浴びるほどの説教を受けていた。
そして、まったく堪えてなさそうに相槌を打ちながら、仮拠点を作って料理をしだしていた。
コモス様、石像のヌワよりも石の心臓をしているのではと思わずにはいられなかった。




