十六話
病み上がり、もとい、ケガ上がりなら消化にいいものが良い。
とはいえ、お米もパンもないし小麦粉もあるかどうかわからない。
仕方なしに少なくなってきた果物を煮てみたりすりおろしたりする。でも回復力が凄まじいとヌワにいわしめたので、案外お肉も食べられるのでは。
あれこれ考えて、結局鍋に具沢山のスープも作った。大鍋と小鍋をどうにか抱えて持つ。
食器は前に持っていっていたから大丈夫のはず。
冷めないうちに急がないと。ルン、大丈夫かな。
そう思って、また急ぎ足で進める。
はやる気持ちで転んだりこぼしたりしないように気をつけて運んで、でも急いで。
地下への道を潜り込んで、声をあげる。
「ただいまー」
そして、私は目の前の光景をみて固まった。
ヌワが地面にぬかづいて嗚咽をあげている。
その横で、全裸の男がルンに詰め寄っている。私が持ってきていた着替えの服をはだけさせて、後退していた真っ最中だった。
変態だ。
変態がいる。
一瞬、頭が真っ白になったが、むきむきの男の肩越しにルンと目が合って我に返る。
声が出るより先に、重ねて持っていた鍋を振りかぶった。
大股で近寄って、そして。
「わあああああ!?」
横にフルスイングした。
寸分たがわず命中して、派手に男がふっとんだ。
今のうちだと、慌ててルンを助け起こす。鍋の中身はこぼれたけれど、安否確認のほうが優先だ。投げるように鍋を置いて、ルンを抱えて不審者から距離を取る。
「る、るるるるん!? 平気? 無事?」
ぎゅうと抱きしめる。
かわいそうに、か細い体が竦んでいる。なんてことだ。
世の中いろんなタイプの変態がいるとはいうけど、世界が変わってもそれは変わらないなんて。弱ったところを襲われるなんて、きっと怖かったにちがいない。
頭を胸に搔き抱いて「大丈夫、大丈夫」と撫でる。
「っあ、え、サエ、体、私は服をまだっ」
「いいの、大丈夫よ。私がいるわ」
ルンの声が詰まって震えている。わかっている、混乱しているのだろう。
いたわりをこめてゆっくりと頭を撫で続ければ、なんともいえない声を上げて固まった。
まったく、ヌワは見張りをしているのではなかったのか。
なんでむせび泣いていたのかわからない。
「ヌワ! これは、いったいなにが」
「コモス様ー!?」
聞こうとしたら、ヌワが大声であの不審者のほうに近寄っていた。
「な、なぜふっとんで!? はっ、お助けいたします!」
どういうことだ。
まさか、ヌワも共犯なのでは。
というか、この男はいったいどこから出てきたのだろう。
ルンで何をするつもりだったのか。抱きしめる腕の力を強めて後退する。
じりじりと下がりながら不審者たちをにらみつける。
様子をうかがうに、なんだかやけにヌワは不審者に恭しく接している。
助け起こされた不審者もなんだか偉そうな態度をしている。
あ、ヌワ、私たちが持ってきた仮眠用のシーツを渡した。それを巻いた不審者は、気だるげに立ち上がるとこちらを見た。
半裸の不審者だ。
けれど、パッと見てわかる普通じゃなさに驚く。
腕が四本。
顔の右目あたりから蔦と柔らかそうな枝に覆われて、頭には髪の毛のかわりとばかりに小さな木や草が茂っていた。
植物に寄生されたムキムキの半裸男。どちらにしよ、変態では、という感想が出る。
なにより、ルンの服を剥ごうとしていた瞬間が鮮烈すぎる。
私が守ってあげないと。
ぎゅうと力をこめると、腕をタップされた。
苦しかったのか、腕をゆるめれば、控えめに肩を押された。しどろもどろな声で聞き取れない言葉を話すルンが、真っ赤になってうつむいている。
「ルン? どうしたの、大丈夫? なにかされた?」
間に合ったかと思ったけれど、大丈夫じゃなかった?
想像して血の気が引きそうになる。恐る恐る聞けば、ゆっくり首を横に振られた。ほっと安心した。
「その、障りが、あるので……すこし、はなれて」
消え入りそうな声でルンが言う。
「さわり? なに?」
聞き返すと、泣きそうな顔をされた。
「……私は、そんなつもりは……なさけない……」
どうした、ルン。潤んだ目と真っ赤な顔でうずくまるルンに気を取られていたら、影が差した。
慌てて顔を上げると、上背のある半裸の不審者がいた。私が持ってきた鍋を手にこちらを見下ろしている。
「おい、これはお前が作ったのか」
低い男の声は偉そうだ。
四本ある腕で器用に蓋をあけて指をさして味見するみたいに口に運んでいる。
整ってはいるが、いかつくて威圧感のある顔だ。筋肉質の体格もあいまって、例えるならプロレスラーみたいな、そんな印象を受ける風貌をしている。
怯みそうになりながらも見返す。深い緑の目は、私のほうをじろじろと無遠慮に眺めてくる。
「ミアマ、ナシカラ……覚えのない味がする。何をいれた?」
「……はい?」
「赤菜、苔葉の根、ススカニの肉はわかる。あとはなんだ」
「なに、といわれても」
「まずくはないが、美味くもない。俺ならばもっとうまく使うぞ、凡才め」
なんだこの人。
そもそもルンのために作ったのに、勝手に食って文句を言うとはなんなんだ。
「コモス様! いきなり無体をなさるのはおやめください!」
私の疑問にはヌワが答えてくれた。
コモス様というのは、ヌワの話に出てきたこの土地の領主さま一家の次男坊だったはず。
「俺に指図するな、ヌワ。未知の料理ならば口にしないわけにはいかんだろうが」
「それはサエがルンのために用意したものです。かように稚い子らの糧を奪うとは、ロクタックの名が泣きます!」
「ええい、やかましい。お前はいらんところばかりウータに似たな、面倒くさい」
「それにお召し物もきちんとしなければ! サエはこれでも女性なのですよ!」
「なら服を取ってくるついでに、この俺が本当にうまい飯とやらを作ればいいだけだ。おい、お前ら」
傲岸不遜を表したら、この人みたいになるのだろうか。
半裸なのにこんなに堂々としているのも変だ。ふつうはもっと恥ずかしがるものじゃないのか。というかヌワ、これでもとはなんだ。失礼な。
むっとしていれば、また「おい」と声をかけられた。
堂々とした姿には、私もだがルンだって戸惑っている。襲われかけたのに怖くないのかしら。
まだうつむいたままのルンに「大丈夫?」と聞けば「はい、すこし」という微妙な言葉が返ってきた。
「そも、そこのやつが俺に服を貸さないから、この格好はしかたないことだ。気にするな。むしろ、この身体を拝めたことを光栄に思え」
なんだこの人。
つい、ヌワのほうを見てしまった。
ヌワは泣いた顔のまま、私を見て黙って首を横に振った。
「では、ああ、まずは腹ごなしをしたい。お前が作った料理と言い難い代物だが、本当の料理とやらをこの俺、コモス様が見せてやるから感謝してついてくるように」
なんだこの人。
「ヌワ……」
「……コモス様はこういうお方だ。ご無事なようで、本当に、なによりだが……うっうう……すまん、サエ、よろしく頼む」
「いや、頼まれても困るんですけど」
感動してないでどうにかしてほしい。
ルンもまだいつもどおりじゃないし、私しか対応できないではないか。
自分の言葉に満足そうなコモス様とやらは、勝手に歩いて出ていこうとしている。
「ルン、立てる?」
「はい」
やっぱり頑丈さというか再生能力というか、私たちは人外じみてしまっている。やけど跡こそ残るものの、動くには支障がなさそうなくらい元通りになったようだ。まあ、この場合は素直に喜んでおこう。いいことだ、きっと。
服をきちんと着たルンが立ち上がるのを確認して出口の方を見る。
ムキムキ半裸男はすでに階段を上ってしまっているようで姿が見えない。かわりに「遅いぞ! 待たせるな!」という理不尽な声がかけられてくる。
「……気をつけて行きましょっか」
「はい」
こく、とうなずいたルンを気にしながら、急かす声の後を追った。
*
半裸の植物男、もとい、コモス・ロクタック。
コモス様と呼べと大変に強い圧で言うので、押し負けてコモス様と呼ぶ羽目になった現地民その二。
理由は不明だけど、あの黒焦げから脱皮するみたいに出てきたとは本人とルンの談。
封印でもされていたのかしら。まったくよくわからないが、コモス様はめちゃくちゃマイペースだというのはわかった。
私とルンが生活している廃墟となったお城を勝手知った風に散策しかたと思うと、着替えも適当に済まして早々に調理場にこもった。コック服みたいな白い服の袖をダイナミックに破って着ているのは、そのためだったのかもしれない。
おそらく、たぶん、悪い人ではないと思う。
というよりも、この人の優先順位が食に傾きすぎている気がする。
コモス様が殿を務めていたはずの家族の行方も「わからんな!」で終わらせた。心配はしないのかと思えば「どうせ生きてるだろ。俺が生きてるのだからな」と自信深げに言う。
なんでも、コモス様の記憶だと、「空腹に耐えかねてヤドリの実を噛み砕いて食べてたら死んだような気がする」らしい。まさか寄生されていたのでは?
けれど、そんなことをこともなげに言って考えたのもわずかな間で、まあこの俺だからな! 無事なんだろう! で話を流してしまった。
この自己肯定感の高さはぜひともルンに分けてあげたい。あと遠慮のなさや傲慢さも。
あれをとれこれをとれ、お前便利だなそこで火の番してくれ、など私たちを顎で使う始末だ。まあ、ここの本来の主だから我が物顔をするのは間違いではないのだけれども。
そして、調理技術は口先だけではなかった。
「……うぅう、悔しい。おいしいぃいい」
「当然だ。貧相な舌でもわかる、この、俺の! 見事な! 圧倒的技術を讃えるがいい」
これまで私が作っていたものはなんだったのかと歯噛みするくらい、美味しい。非常に悔しいがこれは様付けも納得せざるを得ないレベルで上手い。
ルンも調理の様子を注意深く気にしていたけど、完成品を恐る恐る口にした途端、私が作った時よりも美味しそうだとわかる顔をした。悔しい。
まだやけど痕が目立つけどおおむね元気になったルンは、力を使ったせいか、はたまた回復中だからかよく食べる。結局私の用意したものもちゃんと食べてくれたので、コモス様の料理と様子を比べるのは簡単だった。だから余計に悔しい。
じっと見てればルンがはっとして言った。
「私はサエの作ったものも、とても美味しいと思います」
「……ありがとうルン。お気遣いは時に人を傷つけるのよ」
「いえ、嘘ではなく、本当に」
「ふふ、いい、いいわよ。上等じゃないの。私、もっと精進するわよ。またそのとき目に物を言わしてやるわ」
会話をそこそこに口にめいっぱい放り込む。
食堂に置かれた、いくつもの料理皿を並べた後。そろって食事をしたところで、ふっと今気づきましたとばかりにコモス様が私たちを見た。
「ところで、お前たちはなんだ? いや、ヌワとそこの……ルンだったか。そいつから耳にしてはいるが」
私たちのことを詳しく知らないまま食事を優先したのか。
ダンジョン前で留守番しているヌワが頭の中で「こういう方なのだ」と弱い笑い顔をしているのが浮かんだ。
「古野守サエです。こっちはルン。別世界から来ました」
さくっと改めて自己紹介をすれば、ふん、と鼻を鳴らされた。
「別の世界だかなんだか知らんが、勝手に領地に連れ去られてきたのはまあいい」
よくないのだけども。
私の物言いたげな目線はさらっと無視して、コモス様は両腕を組んで空いたもう一対の腕で顎をさすったり暇そうに机を指で叩いたりしながら続ける。
「ここもずいぶんと時間が経ったように見えるし、俺もヌワも人の形とは言い難い。なってしまったのはともかく……ハリオス……兄上にオウィノーはどうなったっけか……あー、まあ今すぐはいいか」
しかめっ面でうなりながら少しの間考えこんで、それからまた顔を上げて意味のない声を一つ二つ上げてからあっけらかんと言った。
「すぐ思い出せんことに、時間を割くのも無駄だ。それより俺はここの点検をしたい。食事も……ふむ」
「な、なんですか」
じろりと見られたので、そっとルンをかばうように手を伸ばす。
「お前たちは、貧相がすぎる。特にルン、お前だ。もっと食え。この俺がいる前で欠食はないと思え」
いいか、とにらみながら続けた。
「俺が居ながらそんな無様な体型は許しがたい。あと、俺の料理をもっとうまそうに食わないのも癪だ。そこの淑女ならぬ輩と同レベルの味と言われるのも腹立たしい。今に見ていろ! 刮目しろ!」
「ええ……」
「幸い、俺がいたところは食料が得られるダンジョンだったな。いい資源生物が多かった。よし、採集だ。ついてこい」
話を聞いているようでほとんど自己完結している。
ルンにどうするとうかがうが、そうする間にまたずんずんと裏庭からコモス様は出て行った。自由すぎるぞ、この人。
また頭の中で「こういう方なのだ、すまん」と途方に暮れた顔をして遠くを眺めるヌワが現れた。




