十四話
ざくざくと地面を踏み歩く。
時間にしてどれくらいが経ったのだろう。
地下のダンジョンに空があるわけもなく、体感でしか時間経過がわからない。腹時計でなんとなく予想はつけているけれど、不確かだ。入ってから、早くも三回は飲食休憩を挟んだ。
蔓延る草木たちに覆われているとはいえ、まったくかわり映えのしない景色というわけでもないので、退屈はしない。
──というより、退屈して気を抜いた瞬間、無事じゃなくなる。
不定期に湧き出る奇妙な生き物。もといモンスター。
遭遇率が、とても高いのだ。
楓太兄がいたなら「エンカウント率バグってない!?」と叫んでいそう。
あれはゲーム実況の配信動画を一緒に見てたときだっけ。ありとあらゆる要素がクソゲーとコメントでもいろいろ言われていたやつだ。
ふと思い出して、奇妙な懐かしさを感じてしまった。こんなことで感じたくはなかったけど。
幸いなことに、強くないというか、私たちに対して積極的に攻撃してこないのが救いだ。
なお、残念なことに、いまだにあの木の実の持ち帰りはルンによって防がれている。
食あたりに嫌な記憶があるのかもしれない。
それに、実際にその木の実が体から芽を出している生き物も現れたっていうのも理由の一つに上がるだろう。冬虫夏草みたいにお腹あたりから芽生えているのを目撃してから、より強固に反対するようになった。
相談してねと言った通り、ちゃんと口に出してくれるのはいい。その調子だぞとほめてあげたい。
ただ、遭遇率が高すぎて、木の実を手にする頻度が増えすぎた結果。
ルンが「燃やしたいです」「燃やしますね」「処分いたします」と淡々としゃべるロボットみたいになってしまった。
あまりに頑張りすぎるといけないので途中から私も前に出れば、より奮起されてしまって悪化した。
ルンの火をつける力というのは、ゲームみたいに使用に限度がないらしく、デメリットも集中しすぎるとちょっと疲れる程度らしい。つくづく、ルンの世界の人類ってどんな超人ぞろいだったのかと驚いてしまう。
ともかく、そんな有能なルンだけれど、丸ごとモンスターを火だるまにするのはできないみたいだ。しょんぼりと申告してくれたものの、そうすまなさそうにすることではないと思う。
ヌワが打ち漏らしたモンスターをルンが遠隔で倒し、さらに弱ったものや零れた相手を私がする。
最終的には、そんな感じの流れでモンスターを相手取りながら進むこととなった。
なので、私もこん棒を握りしめてモンスターと向き合う必要があるのだ。
ヌワ曰く、「ススカニよりは安全だ。練習あるのみ」とのこと。
そりゃあ、あのイノシシモドキよりはずっと安全そうだ。納得してうなずいてしばらく。
私は、世界が違えば価値観も違うというのをまざまざと感じていた。
指導してくれるのはいいのだけれど、この世界の価値基準といえばいいのか、それともヌワ基準なのか、非常に体育会系である。
ヌワの教育方針は大分スパルタだ。
やれ「いけるぞ! このままもう十体」とか「がんばったな! いい疲労感だろう。そのままでも対処できるようにやってみるのだ」とか。
褒めてはくれても軽々に休ませてはくれない、絶妙なさじ加減のみっちり指導であった。
正直、私たちの体力が人並外れっぽくなっていなかったら途中で倒れていたにちがいない。ルンも私も絶対へばっていたはず。
入り組んだ迷宮みたいなダンジョン内部を歩きに歩いて、よく湧き出るモンスターを殴っては飛ばし、突いては飛ばし。
途中から数えるのもやめた。
ここの世界に来てから女子力の乖離がすさまじいことになっている気がしてならない。かわりといってはなんだけど、サバイバル力は伸びている。嬉しいけど嬉しくない。
最初は怖かった。けれどそれもほんの最初だけ。
回数をこなせば多少の慣れもする。レベルアップが起きたりとか不思議な力が急に目覚めたりとかはない。現実は非情である。
モンスターから出てきた木の実を言葉少なに「いけません」と燃やしたルンの力がちょっぴりどころかかなり羨ましくなったくらいのころ。
私たちは、迷路みたいに入り組んでいたこの階の、奥まったところへ行きついた。
壁が完全に樹木に浸食されてしまっている。
しなやかで細い枝がいくつも這っていて、元からそういう壁だったといってもわからないくらい原型がとどめていない。
しかも木の種類はそれぞれバラバラで、ブドウっぽい実がなるやつもあれば、朝顔みたいなつぼみと種を吐き出している花もある。
ヌワが言うには、どれもこれも食用になるらしい。ブドウっぽい実は、すっぱあまくて美味しかった。ルンにも問答無用で口に放り込んだら複雑な顔をしつつも熱心に味わっていた。
そういえばヌワは食事もとれないからと思っていたけれど、代わりに石や瓦礫が食べられるらしい。一人で暇すぎたときに噛んでみたら味がしたそうな。
それ、孤独で精神がまいった結果ではと思ったけど、ヌワが輝かんばかりの表情で言っていたので言葉は飲み込んだ。
さて、そんな樹木壁なのだが、不自然に一か所だけぽかりと開いていた。
「ボスがいそう……めちゃくちゃ怪しくない?」
明らかに怪しい。
こういうものって番人や罠があるものなのではないだろうか。このあたりには根っこみたいな植物モンスターたちも出ないし。
私の言葉にはヌワもルンも同意見のようで、三人で顔を突き合わせるのもほぼ同じタイミングだった。
「吾輩がまず先に行こう。何が出るかわからない、慎重であるべきだ」
「入って後ろから襲われる可能性は、あるでしょうか」
「あ、それあるかも。いい指摘だわ、ルン」
ヌワがごつごつとした大きな手を顎に当ててうなる。
「では警戒を……そうだな、ルンがいいだろう。お前の力は遠隔でも発揮できる稀有なものだ。だが、異変があればまず報告をするのだぞ」
「はい」
こっくりとうなずいたルンを横目に、ヌワを見る。
ヌワと目があえばわかっているとばかりに表情が動く。石像とは思えないほどヌワは感情豊かだ。
「サエは真ん中で。吾輩は石であるからして、素早い対応は不向きだ。この中ではサエ、お前が一番早く動ける。吾輩の目や感覚がわりとなって前後を注意してほしい」
「了解です」
こん棒を構えて返事をする。
「ハリオス様たちの痕跡はこれまでなかった。おそらくこの先か、さらに先がある可能性が高いと吾輩は推察する。長い時が流れているため、定かではないが……」
寂しそうな物言いをする。
ヌワがどのくらいここにいるかはわからないけれど、私たちが寝泊りしている廃墟のお城が無事な頃と考えるとかなり前だろう。普通なら、無事だとは言えない。とっくに寿命もきているはず。
それでもここは不思議な場所だし、何よりヌワも元人で現石像だというし、何があってもおかしくはない。
「会えるといいですね」
ただ私がしんみりした空気が苦手なだけ。それだけからくる声かけでも、ヌワは嬉しそうに笑った。
ぽっかりと開いた部分の先は、木のゆりかごみたいな部屋だった。
樹木に覆い囲まれていて、息が詰まりそうなくらい鬱蒼としている。
濡れた草木の匂いが呼吸をするたびに押し寄せて、意識しなくても眉が寄る。
なかでも一番目立つのは、部屋の中央部に意味ありげにある大木だ。
天井と一体化しているのではというくらい背が高い。曲がった背丈の幹の幅は私が手を広げても届かないくらいある。
根っこは地面から露出して、まるで天然の柵みたいに大木の周りに張り巡らせて大きな幹を持ち上げていた。根と根の間を潜り抜けられそうな空間があるけれど、もしかしなくてもそこから先に進めるのだろうか。
ぽかんと大木を見る私に比べて、ヌワは違うことに注目していた。
遅れてルンが入ってきたと同時に、ヌワがぽつりと言った。
「ハリオス様」
強張って固まると、物言わない石像に戻ったみたいだ。ヌワの視線の先には大木の隆起した根っこの一部分を見ていた。
何があるのだろう。
よくよく目を凝らす。根っこと細かな枝ばかりかと思っていたけれど、赤さびた金属が見える。
小さな柄の先にはボロボロの赤いリボンがついている。
ヌワが口にしなくても察することができた。
あれは、きっと遺品だ。
「ヌワ」
声をかければ、ぎこちなく動き出したヌワはまっすぐに遺品のところへと向かっていった。
私も追いかけたほうがいいのかわからなくて、その背を見送るしかできない。
すると、ふっと腕を引かれた。
「あ、なに? どうしたのルン」
「サエ、あそこを」
眉をひそめたルンが大木の下を指す。
根っこで影になった部分は暗がりでわかりにくい。それでも、何か、うっすらと輪郭が見えた。
湿った土を何かが進んでくる。
素早くはないけれど、着実にこちらに向けてやってきている。
私たちが道中散々相手をした根っこのモンスターよりは軽い音じゃない。たくさん聞いたから耳に残っているくらいだ。間違いない。
「ヌワ、何かいる!」
咄嗟に声をあげた。
動く石像のヌワが振り向く仕草よりも早く、それは姿を現した。
木でできた二足歩行の生き物。
人型というよりも、猿に近い。がっしりした大きな体躯はゴリラの化け物みたいに映る。
硬そうな枝や幹が重なって、動くたびに古い樹皮がぽろぽろと落ちる。頭の部分はあの根っこのモンスターと同じように顔に見えなくもない皺と穴がある。細い枝葉が頭頂部に成っているのは、髪の毛のようだった。
真っ先に動いたのは、モンスターだった。
土を蹴って前屈姿勢で、一番近い位置にいるヌワへととびかかる。
「ヌワ!」
「サエっ、下がって」
フォローしなきゃと動こうとして、ルンに止められる。
重たい殴打音が響く。
目の前を灰色の物体が飛んでいった。
――ヌワの片手だ。
手首から先が石のかけらとともに、風を切って飛んで落ちた。
ヌワの石の体がぐらついて数歩たたらを踏みながら下がって止まる。大きく振りかぶった両腕を組んで下ろすモンスターが追撃をかけるのを、ヌワはもう片手で防いだ。
でも、モンスターのほうが素早い。
それでも重たい力任せの攻撃を一つになった手先でいなすヌワは、どうにか持ち直したようだ。ぶつかりあうたびに震動が空気を伝わってくるのがわかる。
どうしよう。
攻防に割って入るのは難しい。
けれど、このままではどうにもならない。
わかっている。どのみち先を通らなければならないのだから、相手をしなければならない。私が背を向けて走っても、何も解決しない。
このままの状態では、おそらくヌワが押し負ける。速さに追いつけなくなって体を砕かれるかもしれない。
そうしたら、あとは私もルンも簡単に蹴散らされてしまうのは容易に想像できた。
なら、どうしたら。どうすれば一番いい。
喉を通り抜ける空気がいやにからからする。
ヌワが安定して攻勢に出れるようにするには、誰かが気を引けばできるのではないか。
そして、誰がふさわしいかは、ヌワが言っていた。
……私が、一番素早く動ける。
だから、やるなら、私だ。
極限まで緊張をすると一周回って冷静になれるのだろうか。いやに落ち着いた思考が、そうすべきだと答えを出した。
「……ルン、私、がんばってくる」
ひゅ、と息をのんだ音。
すぐ近くで身構えていたルンの表情は固く強張っている。
「ちょっと、かなり、怖いけど。ヌワが壊れちゃうし」
ああ、口に出すとさらに怖くなってきた。
いや、考えてはだめだ。
体力も丈夫さも並外れている今ならきっと大丈夫だと思い込まなければ。あの根っこのでっかい版だと考えろ。大分、無理があるかもしれないけれど、そう思わないと。
たまった唾を飲みこんで、震えそうになる足を大股で踏み進めてごまかす。
だって、私の世界の情報があるかもしれないのだ。さっぱりわからないままの現状よりも得られるものがあるというのなら、踏ん張ってみる価値はあるはずだ。
私は、まだ家族のもとに戻りたいし、戻れなくても一目だっていいから会いたい。
今まで何もなかった状況から、ひとかけらでも希望があるのなら。
ルンを巻きこんでしまうのは申し訳ないから、簡単に手伝ってとは言えない。ルンは元の世界に戻りたいとは思っていなさそうだし、これは私とヌワの希望でわがままなのだ。
「もしできたら、援護してくれると嬉しいかな。ほら、木だし、燃えるかもだし」
軽い調子で言えているといい。
「でも、危なくなったらルンは逃げてね」
ひきつりそうになる唇を無理やりあげて、今も攻防を続けるヌワの方向へと顔を上げて見据える。
「いってきます」
がんばれ私、やるんだ私。
自分で自分を勇気づけて、こん棒を握りしめて駆け寄った。




