十三話
翌朝は快晴の絶好のお出かけ日和だった。
おかげで怖い思いもせずに、さわやかな気持ちで起床することができた。なお、ちゃんとルンはお迎えに来てくれたので目いっぱいありがとうを伝えておいたのは言うまでもない。
さて、未知の地下ダンジョンなるものに潜るとき、必要なものとはなんだろうか。
ちゃんとヌワに聞いておけばよかったと思ったけれど、たくさん持って行って入り口前で選別ってのでもいいのかもしれない。
ということで、山ほどの道具に保存食を盛りに盛って籠で運んで、ダンジョンの入り口前にて仮拠点を作ることにした。
持っていくときはかさばって少々苦戦したけれど、何がどのくらいいるかは私もルンもわからないのだから完全に無駄な行動ではないはず。それに、私たちの体力全般が前の世界に居た時よりも向上していたので、運ぶこと自体はしんどくて無理ってわけでもない。
えっちらおっちらルンと協力して運び込めば、座禅っぽいポーズで待っていたヌワに二度見された。
「……たしかに、吾輩は何が必要か言わなかったな。お前たちは知らないものな」
そしてそんなことを言いながら、呆れ半分のヌワが整理して、装備を見繕ってくれたので一安心である。
といっても、私はいつもの服装とサイドポーチに、武器はおなじみとなったこん棒。あとはヌワが用意してくれた石のナイフ。
ルンも借り物のいつもの服に、石の短い手槍にナイフだ。それぞれヌワからは、お守り程度の武器だから過信しないようにという注意付きで渡された。
ヌワは自分が一番慣れているからと、道具や食料が詰まったずた袋を背負った。このずた袋も食堂から拝借してきたものだ。そう伝えたら、殊更丁寧に扱わねばと張り切っていた。
ダンジョンの入り口を前にして、ヌワが咳ばらいをする。
「戦えるとしてもお前たちは防具が心もとない。吾輩よりも前に出ないように。罠もあると考えて、慎重に行動するのだぞ」
「はーい、がんばります!」
「おお、よい返事だぞ、サエ」
気合入れも込めて、元気よく手を挙げて返事をする。不安だ、という視線が横からくるので、無理やり腕をとってルンの手も挙げさせた。
「いざとなったら吾輩を盾にするといい。では、開けよう」
昨日、私たちが帰ったあとで開門句とやらを試していたというヌワは一呼吸おいてから堂々と言った。
「ちちんぷいぷい!」
なんとはなしに微妙な心地にさせたのも束の間。
なだらかな平面だった壁に光の線が走って、中心から左右へゆっくりと開いていく。
そして、昨日見たままの薄暗い、無機質な通路が現れた。
「さあ、行くぞ」
ずしん、と重たい足音を立てながら大きく一歩を進みだすヌワ。その背を眺めてから私とルンはお互いに顔を見合わせてから小走りでついていった。
なんとも冷たい廊下だ。
感想を真っ先に挙げるならこれだった。
鉄の色あいの、つるんとした壁は例えるなら駅地下の通路に似ている。ポスターや飾りつけを一切していない寂しい感じで、明かりは見当たらない。それでも先を見通せないということもなかった。
天井と横壁の間には、まばらに苔やキノコが生えている。よくよく見れば、完璧にきれいな状態というわけでもないようで、ヒビや割れ目から木の根っこや草が頭を出していた。そこから菌類や苔類も芽吹いているようである。
そしてよくわからないけれど、それが淡く発光していて光源がわりになっていた。
ヒカリゴケや光るキノコとかはあるしクラゲとか蛍みたいに光る生き物がいるのだから不思議ではないのだけれど、現実離れしているように感じてしまう。
ヌワは気にしていないというか慣れているのだろうか。ゆったりと歩いている。
ルンはどうだろうとちらっと様子を見れば、同じように不思議なものを見る目で観察しているようだ。藍色のお目目が大きく開いて、きらきらと光を反射しているみたい。なんとはなしにほっこりしてしまった。
「おそらくなのだが」
歩きながらヌワが言う。
「ダンジョンを進むにあたって、コモス様が殿を務められたはず。あの中で腕が立つのは父かコモス様しかおられぬからな」
「強い人だったんですか?」
「一介の武人で終わらせるには惜しい方だぞ。ご気性は……ともかくとして」
性格についての言葉が何度も出るなんて、よほどの変人か性格に癖があるんだろう。けれどもヌワの声は明るく懐かしそうだ。どんな人だったのだろう。
「あ、道が」
ぽつりとルンがこぼした。
通路は途中から土と木の根混じりが増えはじめ、次第に自然の遊歩道みたいな道に変わってきたのだ。
「ふむ……吾輩も寡聞にして詳しくはないのだが、環境に影響を与える生物がダンジョンに住むこともあると聞く。その類いなのだろう」
「えっ、じゃあ、モンスターとか出る? 出ます?」
聞いてみれば、ヌワは石の直剣を出した。
蔦と細い木の幹におおわれた通路の先、T字路になっているあたり。その右側へ切っ先を向けるとヌワは重たそうな動作で構えた。
なにかいる?
途端、うすぼんやりとした道が気味悪く見える。
同じようにこん棒を握りしめて、深呼吸する。隣で緊張気味に息を吐くルンの声がよく聞こえた。
土を踏む音がする。
それは人の重さというよりも、軽い、けれど何か引きずるような音だ。
ざり、ずる、ざり。
湿った土を這う虫か蛇か。それとも私の想像できない恐ろしい化け物か。
ヌワの背に隠れながら目を皿にするように音の先を見つめる。
やがて現れたのは、干からびた根っこだった。
二股や三股に分かれた足を持つ太い大根やニンジンに近い形だ。からからに乾いていて、寄った皺がかろうじて顔に見えなくもない。頭部分の葉は体部分とは反対に瑞々しく生い茂っていた。
恐ろしいというよりも、ややコミカルな気もする。でもそれも一人きりでないからという理由も大きい。一人でこの奇妙な生き物を見ていたら、悲鳴を上げていたかもしれない。
ヌワはその生き物が現れるや否や、数歩近寄って構えた直剣で下から切り上げた。
あっけないほど見事に真っ二つになったそれが、ころりと倒れる。
「噂には聞いたが、やはりダンジョンは人知の及ばぬ場所だな。吾輩の身に起きたこともそうだが、このような面妖な生き物が現れるとは」
「えっ、知らないの?」
「吾輩、基本は領地の守護を担っているのであって、探索や資源採掘で生じる討伐は専門外だ。場所によって現れるものは違うのでな」
「知らないのに、倒してよかったんです?」
私の疑問にヌワは振り返ると、剣をおろして片方の眉を上げた。
「言っただろう。ダンジョンは資源窟だ。現れる生き物は全て、なんらかの資源となる」
「資源? あれが?」
どういうことだと首を傾げたら、横から控えめに声をかけられた。
「サエ、あれを」
ルンがさっきヌワに倒された生き物のあたりを指さした。
見れば、あの生き物の真ん中あたりから木の実がこぼれ出ている。さらには、半分になった体はぼろぼろと崩れ始めている。黒い塵みたいになって、空中に舞ったかと思うと消えていく。
ますますファンタジー。すごい。
驚くのと同時にほんのちょっぴりわくわくした気持ちがする。
「あのように、身から出るものもあれば、必要分をはぎ取れば別の生き物が分解に現れることもある。ダンジョンとは、そういうものだ」
「うわあ、ファンタジー……ゲームみたい」
ステータスとか特殊能力とか、ひょっとしたら私も使えるのだろうか。
そう思ったものの、使えるのだったらこれまでの生活で兆しがあってもいいはずだ。それに、半信半疑で念じてみたり呟いてみてもなんにもなかった。
ルンに大丈夫かと心配そうに見られたくらいだったので、まあ、私にそんな能力はないんだろう。だからそんな目で見ないでルン。
あるとするなら丈夫な体や力とかなんだろう。それだけでも十分すぎるくらいだわと自分に言い聞かせておいた。
「ふむ。あれから出たものはヤドリの実だな。炒れば腹の足しにはなるぞ。いるか?」
ちょっとしたがっかり気分も、食料になるかもの言葉ですぐ回復した。
「食べたいです!」
食のバリエーションが増えるというのは素直に嬉しい。即座に言って返す。横から物言いたげな視線がきた気がするけれど、きっとルンも嬉しいのだろう。そういうことにしておこう。
大きな石の手のひらが私のほうに差し出された。
こげ茶色の指先くらい小さな木の実は、クルミみたいに硬い殻に覆われている。一つ摘まんで力を入れてみると、パリ、と音をさせてひびが入ったので、硬すぎるってほどでもないようだ。
「ルン、これ。ルンも食べてみない?」
「いえ、私は」
「そう? 勘だけどおいしそうよ、これ。持ち帰って食べてみましょうよ」
「サエがそういうのなら……」
奇妙な生き物から出てきたものに警戒をしているのかも。
ルンはいぶかしそうに私の手のひらを見ている。それを、ほほえましそうなヌワが身をかがめて楽しそうに付け足した。
「そうだ。サエ、これは生のままだと身から萌芽するので気をつけるのだぞ」
「おお、なるほど。お腹から芽が出る系のね」
「燃やしましょう」
間髪入れずに、ルンが顔色を変えて私の手のひらの木の実を凝視した。
実に何か?
そう思ってたらじんわり温かくなってきた。
そして実は焦げた。
あっという間に炭と化した木の実と、木の実から伝わる熱に驚いてこぼしてしまう。ルンの仕業だ。
「あーっ! ちょ、ちょっと、ルン! もったいない!」
「ダメです。危険です、サエ」
詰め寄れば、ふるふると首を振って真面目にルンが言う。肩を掴んで振っても甲斐なく、地面に落ちた新たな食糧候補は黒焦げになってしまった。
炒って食べれば大丈夫だとヌワは言っていたのに聞いていなかったのだろうか。いや、そんなはずはない。ルンはちゃんと人の話を聞く人である。
「何をしているんだ、お前たちは」
「身の危険があるものを、サエが口にしようと」
ヌワの問いかけに、ルンが静かに答える。
いや、違うが? それだと私がなんでもかんでも口にする幼児みたいだ。
むっとして口を挟む。
「だから、その木の実は大丈夫だってヌワも言っていたでしょ。それに、よく炒めれば大体の物は食べれるわよ」
「サエ、ダメです。すこしでも危険があるのなら、やめるべきです」
「相変わらず心配性ねえ。虎穴に入らずんば虎子を得ずよ。何事も挑戦しなきゃ」
「あなたの身に何かが起こるよりかは、ずっといい」
うるりとルンの瞳が濡れている。
はっと言葉を止めれば、ルンは自分の肩を掴んでいた私の両手を外して、うやうやしいくらいの丁寧さで包んだ。
「お前たちは……」
ヌワがはあ、と息を吐く。
「……仲のいいことだなあ」
そしておもむろに腕を目元にもっていって鼻をすすった。
「領地の民もかように仲良く思いあう子らがいたものだ……う゛っう……お前たちも健やかであれよ」
その領地の民とやらはどうなったかは聞かないほうがいいだろう。攻め込まれて逃がしたと言っていたし、惨状の一つや二つ飛び出してきそうだ。
想像して痛々しく感じてしまう。神妙にうなずけば、大きな手のひらで肩をたたかれた。優しく触れるか触れないかくらいの力加減で私とルンの肩に回すと、涙ながらにヌワは言った。
「安心するといい! 吾輩が責任をもってお前たちの守りをしようとも! ああ、それはそれとして……ルン、必要以上の心配は侮辱に通ずる。とくに気の強い女性には禁物だぞ」
「ヌワ、それだと私が気の強いみたいじゃないです?」
「強かろうよ。吾輩が知る一般の子女よりはよほどだと思うのだが……サエの世界ではそれが普通なのか?」
「元気がいいとは言われますけど……普通です、普通。私は普通の女子でした」
ヌワの想像する女性像はおそらく淑女とかそういった感じの女性ではないだろうか。
それに比べたら、私の知る女性たちはもっと活発的で間違いない。
なお、私の身近な女性は叔母に南美姉に、ともちゃんだけども、誰もかれも行動的なタイプだ。そんな人たちに囲まれて育てば、いうやがおうでも環境で感化されてしまうはず。それが普通だ。きっと。
ともかく、私は普通のはずである。
だからそんな疑うように見られるいわれはない。抗議の気持ちを込めてヌワを見返す。ついでにルンも。
ルンはといえば、いまだに包んだままの手に視線を落としている。それから、動作に見合うくらいの小さい声で言った。ささやき声かというくらい微かな声だ。
耳を凝らして、ちょっと寄せる。
「……心配は、迷惑をかけるのですね。やはり、私なんかが、おこがましくも」
あ、これはだめかもしれない。
ただでさえ自己評価が底辺に近いルンが、また落ち込んでいる。
これまでの情が私の罪悪感を刺してきた。ルンを励さねば!
咄嗟に包まれた手を逆にして私から握りこむ。ついでにぶんぶん振る。
「迷惑じゃあ、ないけどね!? ないけど、まずは相談しましょうね! 気持ちは嬉しいから。本当に、本当だから。ありがとう、ルン」
「あ……は、はい」
「その調子で言いたいことは都度言ってね。はい、約束!」
「やくそく……わかりました」
ほっと一息つく。
情緒がなかなか安定しないのは、彼のこれまでを思えば仕方ないことなのだろう。私には想像しかできないのでもどかしい限りだ。
ぎゅっぎゅっと握ってから手を放す。じいっと自分の両手を見つめるルンは、さっきよりはまだよさそうだ。
私たちのひと悶着を、後方保護者顔で眺めていたヌワはなぜか満足そうにうなずいていた。
「よし、よし。先ほどのような資源生物が相手ならば、お前たちでも大丈夫だろう。いざ、注意をして進もうではないか」
確かにあのような生き物くらいなら大丈夫そうかもしれない。
ぽん、と優しく肩を押すように触れた大きな石の手が離れていく。またゆっくりと進み始めたヌワの背について、私たちはまた進みはじめた。




