十二話
薄暗い地下から這い出ると日の光は痛いくらいにまぶしい。
どれくらい時間がたっていたのかは、空の色ですぐにわかった。
「もう夕方」
茜色が目いっぱいに広がって、辺りを赤く照らしている。日はすっかり傾いてしまっていた。
「時間の流れが、違うのでしょうか」
私が思っていた疑問をルンが言ってくれた。
確かにその通りなのだ。
昼前にこのダンジョンに入ったのは覚えている。ヌワと出会って、ちょっとお話をしてお別れするだけでこんなに時間が経つとは思えない。
まるで浦島太郎みたいな気分になるが、ルンには伝わらないだろう。自分の胸の内に抑えておいてあたりを見回す。
「あったあった」
収穫用の籠。
私たちがダンジョンに入る前に置いていったものだけど、無事なようだ。一応借り物だし、ヌワにも丁寧にと言われているので損なってないか確認してから再び装備する。
本当は果物を取りに来たんだっけ。けれど、これから暗くなるときに悠長に果物を取りに行くのは危なそうだ。
「ルン、果物取りたかったけどまた今度にしよっか」
「はい。それがいいと思います」
ほっとした風にルンが答えた。
口にしてはいないが、私が考えなしに行こうと言い出しかねないとか思っていそうだわ。勘だけども。
さっきの心配からの発言と同じなのかもしれないが、さすがに何度も軽挙をする女と思われるのはいただけない。
「そこまで考えなしじゃないわよ」
「あっ、いえ、そんなつもりで言ったわけ……では……」
あっ、視線がそらされた。間違いなく思われてたわ、これ。
ルンの籠を渡しながら恨めしそうに見つめてみる。ぎこちなく受け取ったルンがあまりにもばつが悪そうにしているので、そういうところだぞという気持ちを込めて背中に回って軽くたたいた。
「ルン!」
「っ、あ、も、申し訳ございません」
反射で謝るのはきっと癖なんだろう。
別にそれが悪いとは言わないけれど、そのときのルンの顔が痛そうに歪むのが嫌だ。まあ、それ以上に、一か月も一緒にいる私に対していまだにおどおど遠慮しいなのは居心地が悪いというか寂しいのだ。同じ境遇で仲間意識があるぶん余計に。
薄い腹をわきわきと指先でくすぐる。
「あやまらない!」
「わか、わかりましたから、サエ、くすぐったい」
「あなた、もっと肉つけなきゃね。またここ来る前にしっかり食いだめしときましょ」
「サエっ、もう、はなして」
「あ、ごめんごめん。ルン、嫌な時はそうやって嫌って言ってよね。ほかの気持ちも、言わなきゃわかんないわよ、私」
「……はい」
今度はルンから私に恨めしそうな眼差しが向けられた。
これは、あれかな。そう言うならしないでほしいと言いたいのかな。抵抗して私の手を外そうとしたり叩いたりしないのがルンらしい。
あえて素知らぬ振りをして、ルンから離れる。それから回れ右をしてから、私は一足先に足を踏み出した。
「さあ、帰るわよ。準備しなきゃだもの」
「はい……はぁ」
ため息が聞こえたけど、気にしない気にしない。
駆け足気味に進みだすと、遅れて後ろからも足音がしだした。ちらっと振り返ればちゃんとルンはついてきている。足取りは大丈夫そうだ。
「今日のご飯は何にしましょっかねー」
メニューを呟きながら、さくさくと草を踏み分けて歩く。
もちろんリクエストが後ろから飛んでくることはない。まあこれもおいおい、きっと、いつかの前進を待とう。
「ルンは何がいーい?」
話題を振りながら、先を行けば道のりはあっという間だ。
ほどなくして私たちは帰ることができた。
*
時間はそれほど経っていない。
経っていないのだが、ここで一つ問題が浮上した。
食堂の調理場、明かりを目いっぱいつけたなかで私はこの解決すべき問題について真剣に考えている。
明るさは大事だ。とっても。
でないと、ただでさえ考え至ったことにうすら寒くなっているのに、もっとおびえなければならなくなる。
ダメだ。考えなきゃいいのに、どうしても浮かぶと離れない。ヌワの話の一部が私の頭を占領してしまう。
――領主たるフィドモン様と細君のユウェタース様は城に残られ、最後まで抵抗をなさった。
これ。
これだ。
つまり、これは、この城で昔、領主夫妻が亡くなったということ。
戦で攻め込まれたってことは、結構な有様だったはず。そうなら、さぞや恨みつらみがあるのでは。
ルンと一緒に探検した開かない部屋、あそことかに居たんじゃないか。
そう考えだすと止まらない。
帰るときの明るい気分もすでになく、ふっと思い出したじわじわ来る悪寒で台無しだった。何度もルンがいることも確認したし、景気づけに気持ちを盛り上げるために明るくしましょ! と食堂にあった暖炉にも明かりを灯した。
まあ、そこまではよくないが、いい。いいってことにする。
問題は、だ。
食事が終わってそれぞれの部屋に帰るときに通るあの道、どうしよう。
無駄に千切りしてしまった根野菜を鍋に入れて、炒めながら考える。
ぼろぼろな雰囲気抜群の廊下。一人きりの部屋も隅や見えない空間が気になりだしてしまいそう。
だからといって、ルンに一緒に寝てとは言えない。
あの弱り切った頃ならともかく、今は動けるようになった異性相手に言うほど、私は慎みがない女ではない。これからも長くいるかもしれない相手に気まずくなる選択肢はなしだ。正直、めちゃくちゃ迷うけれども。
迷いは確実に料理の作業に支障をもたらした。
ふかしたお芋もどきも水分を吸いすぎて煮崩れしてしまっている。仕方なしに、マッシュポテトの要領でつぶしておいた。
スープにいれたお肉も以下略。これはこれでトロトロな食感になるかもだし、良しにしよう。味は悪くなかった。
ルンは私の挙動に気づいているのだろうかと様子を気にしてみたけれど、真剣に作業をしている。私は美味しけりゃ適当でもいいわよ派なのだけど、ルンはこだわるところはこだわりたい派のようだ。
今は明日の分の保存食を一生懸命作っている。ルンの火をつける力の応用だかなんだかで乾燥をしてくれているのである。
有能すぎる男、ルン。
なぜ元の世界で厭われていたのかわからないほどだわ。前にそう言ったらぼろぼろ泣かれたのでお口はチャックしておこう。
こういう働きは報われてほしいけれど、私にできることはないし、むしろ今、さらに助けてほしいくらい。
「あ」
そこまで考えて、当初作ろうとしていたルンへのおやつを思い出した。
というか、これよ、これ。
──賄賂、送ろう。
そして、見返りで送迎してもらおう。
いい考えでは?
ルンは美味しいものを食べられる。私は怖い思いから遠ざかれる。いい。いいわね。
うんうんと何度もうなずいて、果物籠からリンゴっぽい果物を取り出す。何種類かあるけれど、特別蜜がたっぷりあって砂糖いらずな甘い果物だ。
お借りしますと呟きながら取り出して果物を大まかに切って煮詰める。
不思議なもので、次第に液体みたいに溶けて身が縮んでいくのだ。そして縮んだぶん、鍋には蜜だまりが出来上がる。
それから新たに取り出した果物を一口大にして、この煮詰めた液をまとわせれば、簡単なりんご飴もどきの完成である。
お皿にいい感じに盛り付けて、ほかの料理と一緒に食堂の机に運ぶ。
あとは、頼むだけ。
作業に区切りをつけたルンへと声をかけて呼び寄せる。
一緒にいただきますをして食事を始めたところで、私はりんご飴もどきの皿をルンに捧げながら頼み込んだ。
「ルン、何も言わず、これを受け取って」
「……なぜ?」
やや身構えられたが気にせず、勢いで続ける。
「お願いが、あります!」
「はあ」
気の抜けた返事をしたルンが、ぱちぱちと目を瞬せる。
「送り迎えを頼みたいのですが」
「どこかへ行くのですか?」
「いや、あの、私のお部屋にね、付いてきてほしいなあって。で、朝迎えに来てほしいのです」
「はあ……?」
ますますよくわからないという顔をされた。
「あの、サエ。どうしてと聞いてもよいでしょうか」
「いいです」
畏まって答えた私に、ルンの下がり眉がさらに困ったように下がる。
「ええとね、私、ホラーが苦手でして」
「ほらあ」
「幽霊とか、お化けとか、そういうやつ。あ、ぐろいのはオッケー」
「ゆうれい、おばけ……?」
「だから、ヌワが昔ここで戦があったって言ってたでしょ。領主夫妻が残ったとか、攻めこまれたとか。それで、もし恨んだ魂てきなものが出てきたらやだなあって思いまして」
もし疑問符とかが可視化されているなら、間違いなく浮かんでいるだろう。ルンは申し訳なさそうな表情で、こちらをうかがってきた。
「ええと、死人はすみやかに死出の旅へと向かうので、現実にとどまるなんてことはないのですよ?」
そして、子どもに言い聞かせるみたいにとても優しく言われた。
「え? 出るわよ、幽霊。地縛霊とか浮遊霊とかいるもんでしょ?」
「すべからく命は終わるものです。出るなんてことは、ありえません。皆、死後の世へ、審判を下されるのを待つのですから」
ルンにしては強い断定だ。
死後の世は前にルンとの話で出てきた単語だったっけ。
なるほど、宗教観か死生観の違い。もしかしなくても、ルンのところには幽霊っていう概念がないのかもしれない。一応聞いてみよう。
「ねえルン、そういう怖い話とかもないの?」
「人を惑わす妖精や化け物の伝説はありますが……私もそこまで知識がないので、わかりかねます」
そこまで言って、ルンもようやく考えの違いに気づいたらしい。あっ、という顔をした。
「サエのところは、そう信じられている。だから、私に頼んだのですね」
「そう、そうなの」
ひとえに私が怖いだけなのだけど、そういう価値観の世界ということにしておこう。
何度も頭を振って肯定する。
ルンは納得した風にうなずくと、ぎこちない笑みを浮かべた。口元が綺麗に弧を描けないへにゃっとした笑顔は、ルンなりの私を安心させようとするものなのだろう。
「私でお役に立つのでしたら。恐怖は抱きたいものではないでしょう」
「……聖人か?」
思わず出た呟きに、ルンが大仰に否定する。
「せっ!? そのような貴い身分ではありません。口にするだけでも、不敬なっ」
「えっ、じゃあ、性格がいい?」
言葉に詰まったルンが、みるみる赤くなっていく。見開かれた藍色の瞳があっという間に潤んで膜を張った。
「ま、なんにせよ助かるわ! ありがとう、ルン。これ、食べて。あなたに作ったんだから」
「あ、うぅ、いえ、はい。ありがたく、ちょうだいします」
もごもごと口を動かして、顔が伏せられた。でもまばらに伸びた髪から見える耳が赤いので丸わかりである。
こういう可愛げ、私の世界だったら刺さる需要があるのではと思わずにはいられない。細身すぎるのに目をつぶれば、物憂げで幸薄い異国の青少年だ。案外に人気がでるかもしれない。
いっぱいお食べと温かい気持ちで皿をさらにルンのほうに寄せて、そっとしておこうと私は私の食事を再開することにした。
りんご飴まできちんと平らげてくれたルンは、口にした通り部屋の送迎をしてくれた。
なんなら、怖くなくなるおまじないとして空中に灯火みたいな小さな火を置いていってくれた。
どうやっているのかはわからないけれど、ルン曰く位置さえ把握できていればこの程度は朝まで持つのでとのことらしい。
全く意味がわからないけれど、そういうものなのかと納得した。
日記がわりのメモ帳に今日の出来事を忘れないように書いてから、ベッドへ潜り込む。
ベッドに入っても見える位置にとどまる灯火は、見守られているという気がしないでもない。明日もいっぱい感謝をしておこう。
それでもやっぱり思い出し怖さもあるので、そうそうに布団をかぶって目をつぶることにした。




