十一話
「まず、この国は継承争いが盛んな国であった」
こちらの世界に疎いお前たちにわかりやすいように努めようと前置きをしたヌワが人差し指を立てて言った。
「隣国との折り合いも悪く、国境沿いでは小競り合いが絶えない。その中でも、ロクタック家の領地は最前線に近い位置にあった。つまるところ、国境防衛の要の一つであったのだ」
すると、ルンがさっと姿勢を正した。どうしたのだろう。
ちらりと私と目が合うと戸惑ったみたいに「サエ、ヌワ様は偉い人です」と言った。
それなら私も畏まったらいいのだろうか。そう思っている間に、ヌワが手で制した。
「ルン、楽にしてくれ。吾輩は確かに、ロクタック家の守を任される職にいる。けれど、今となっては形骸化したようなもの。気を張らず、楽に聞いてほしい。サエを見習うといい」
「ですが……いえ、出過ぎたことを申しました。サエも、私なんかが意見を言ってしまい」
しゅんとした様子になったルンが肩を落としている。
いけない。これはいけない。
卑屈な言葉がこれ以上続く前に、口を挟んで遮ることにした。
「ルンの慎重さはありがたいわよ。私がわからなかったことを教えてくれたんでしょ? 気にしない、気にしない。ほら、ヌワの言う通りらくーに聞きましょ。ねっ」
「うむ。こういうところを見習うといいぞ、ルン」
「あ、う、はい。努力いたします……」
褒められているのか微妙だが、私たち二人の言葉にますます申し訳なさそうに身を縮めたルンが小さく返事をする。
私と二人だけのときよりも委縮しているように見える。人との交流に慣れていないのかも。
まあ、ルンの決して明るくないこれまでの人生話からして身構えがちなのは間違いない。
疎外されてきた人との正しい接し方はわからない。けれど、ルンのことは放っておくのも気が引ける。私の脳内協議の結果、様子をみることにしようと座る距離を縮めてみる。
そうしてからヌワに目くばせで、続きをどうぞ、と促してお願いした。
「……うむ。お前たちの関係は変わってはいるが、ああ、いや、仲が良いことは素晴らしいことだ。欲しても得られないこともあるのだからな、大事にするのだぞ」
「ええ、そりゃあもちろん! ルンとは仲良く協力してきたもの」
「はい。それは間違いなく、分かっています」
あ、視線が合った。
またちょっと目が潤んでいるけど、表情のこわばりは減ったかもしれない。
ようやくちょっとばかり緊張がほどけたルンに、ほっとする。私は早々に緊張をどっかに投げ去っていたけれど、ルンはずっと気を張っていたようだったから。
ヌワも、もちろんわかっていたのだろう。鷹揚に何度かうなずくと、「さて」と呟いて続きを話し始めた。
「ロクタック家の方々もみな、仲の良い家族だった。他家の話を耳にする限りでは、珍しいくらい円満だったとも。もともと地位がそう高くはないといって、領民とも親しく交流なさっていてな。だからこそ、臣民一体となっての行動は目を見張るものがあった」
かつてを思い出しているのか、ヌワの顔は輝いている。
「戦功をいくつも上げた。勝鬨の宴のにぎやかさといったらなかったよ。だがなあ、それを面白くなく思う者も多かった。敵は外にも居たが内にも居たのだ」
我が国の微妙な地政事情が浮かんで、それのさらにひどいバージョンなのだろうかと予想しながら聞く。
ヌワの表情は徐々に曇りだした。
「吾輩は政に明るくなく、口惜しいが体を張るしか能がない。気づけば内外ともにロクタックの領地は狙われ、攻め込まれた。あっという間の出来事だった。理由はロクタック領内にあるダンジョンの独占だと言っていたが、とってつけたようなものだろう」
「ダンジョン?」
急にファンタジーな要素が出てきた。
思わず驚いて聞き返してしまった。
ヌワは私の顔を見て、ああ、と声をあげた。石で出来ているのに表情がぬるぬると動いている。
「そうか。サエのところにはダンジョンがないのか?」
「え、と。言葉は存在するんですけども、そういうのは多分なかったはず……?」
「むう、こういうものだという常識を説明するのは難しいものだな……あー、いわば、天然の資源窟だ。どういった原理で湧き出るのかは吾輩も詳しくはわからないのでな。こういった説明はハリオス様やユウェタース様がお上手なのだが……」
うんうん唸りながらヌワが言う。
どうやらこの世界独自の天然資源なるものらしい。
ダンジョンというと、私の知識では楓太兄から入ってきたゲーム知識がほとんどだ。
いかにもなモンスターや宝箱が登場するものしか浮かんでこない。いや、都会の駅地下とかもダンジョンみたいなものだったか。でもそれとはまったく違うものなのだろう、たぶん。
ルンはわかるかしらと横目でうかがえば、興味深そうに聞いているようだ。初めて聞いたような感じに見えるので、多分ルンのところにもないものなのだろう。
「ともかく、ダンジョンとはそういった資源となる場所のことだと思ってくれ。それがロクタックの地にはいくつかあったのだが、どれも歴史が古くほとんど採掘されきって踏み荒らされたものばかりだ。ただ、一つだけ誰も知らないダンジョンがあった」
「あ、それが、ここ?」
聞けば、深くヌワはうなずいた。
「偶然にオウィノー様が発見されたもので、入り方もこれまで不明であったから放置されていたのだ。ああ、そうだ。それを隠し持っていると言い立てられたのが始まりだった」
「それで攻め込まれたの? 継承争いをしていたのに?」
「ああ、だからこそだな。利権の奪い合いに巻き込まれ、領内は戦火が広がり、当然ロクタック家の方々も無事ではすまない。領民たちをできるかぎり避難させると、領主たるフィドモン様と細君のユウェタース様は城に残られ、最後まで抵抗をなさった。そして、ああ、ああ……吾輩は、父母と共にハリオス様たち御兄妹を連れて安全な地へとお連れすることとなった」
そこで言葉を止めると、ヌワは目元に右手をあてた。左手は握りしめ、悔しそうに太もものあたりを叩いている。
「オウィノー様が、誰も知らないダンジョンで身を潜めようと提案された。身を隠せる場所が確かにある場所だからと。だが!」
ごん、と石と石がぶつかる音が響く。
思わず体が跳ねる。
「だが、ダンジョンが開いた。開いてしまった。父母とハリオス様たちは中へと入られ、吾輩は殿で追っ手を撹乱し……取り残されたのだ。向こうで、どんな目にあったか、ご無事なのか、何度となく思い、どうして閉じる瞬間を見たのに間に合えなかったのかと……今も、いまも……吾輩は、なぜ、一時でもこのことを忘れてしまっていたのか。なぜ、どうして、ここに留まったままでいるのだ」
次第に力なく言うだけになったヌワが言葉を区切ると、おんおんと泣き出した。
下手に元気出してとも言えず、痛ましげに見ることしかできない。ルンもまた下がり気味の眉をさらに下げて落として悲しそうにしている。
ルン、自分のこれまでの人生が散々でも人を心配したり気遣ったりできるのか。たまに、私よりもよほど人間ができているのではと思えてしまう。
私たちが黙って待っていると、少しの間をおいてヌワが口を開いた。
「意識はいつのまにかなくなり、気づけば体はこのように変わった。ダンジョンの呪いか祝福か……吾輩の念が我が身を異形と変じたのかはわからない。ただ、長い時が過ぎたのだけはわかった。場所がいつの間にか朽ちていたからな」
「ずっと昔のお話なの?」
「わからぬのだ。正確な時の流れは何も。我輩は、せめて追っ手を阻もうとここを守って過ごしていただけだからな……こうした会話もいつぶりか」
そう涙声で言いながら、ヌワの話は終わった。
しんみりした空気のなか、思い出して傷心しているヌワも心配だけど、話に出てきた扉とやらも引っかかった。
それに、ダンジョンの呪い? 祝福も。
ダンジョンって呪いや祝福をかけたりするのか。そんなものをかけられる天然資源とはいったい。
改めて、私たちが来た時にヌワが立っていたあたりを確認してみる。
すると、はたと気づいた。
行き止まりかと思ったけれど、質感がおかしい部分がある。
明るさが十分ではないため、注視しないとわからないくらいのさりげない違和感。
まるで、そこだけ時代や文明ががらりと変わったみたいな機械的な光沢をもつ壁に変化しているのだ。それは扉の形をしてはいないが、確かにそこから先が違う場所につながっているのだと思わせた。
異質な箇所をルンも見咎めたに違いない。私が扉を気にしていたら、控えめに服の袖を引っ張ってきた。振り向けば、やや厳しい顔で私をまるで咎めるみたいに見ている。
「サエ」
名前を呼ばれた。注意されるみたいに。
「あっ、いや、見てるだけよ。大丈夫大丈夫。急に行ったりしないって」
「まだそこまで言っていませんが……サエ」
「気になるだけよ。心配性ねえ、ルンって」
多少、いや、けっこう、扉が開くかなって思ったけれど。
「開けゴマ! って言って開くわけじゃないし」
「ひらけごま?」
「そっか、知らないわよね。私のとこでの有名なお話に出てくる呪文で、そうね、似たのはアブラカダブラとかあって」
「サエのところにも、そういった力があったのですね」
「うーん、まあ、そう信じられてた感じかな。ちちんぷいぷいとかのお呪いも身近だったし」
痛いの痛いの飛んでけっていう動作を言いながら身振りしていると、同時に音がした。
軽く空気が抜けるような、シューッというような音。
「あ」
開いている。
まるで、私の言葉に反応したかのようなタイミングで、扉がスライドしていった。
元からそこに扉なんてなかったかのように、ぽかりと空間がある。不思議な燐光が壁から出ていて、おぼろげに通路が浮き出たように見える。
やっぱり通路もファンタジーというよりSF感がある。でもこの世界のことはよくわからないし、これが普通なのかもしれない。
「サエ。やはりあなたも何か特異な力が……?」
「いやいや、そんなわけないわよ。偶然よ偶然」
驚いたように私を見るルンに首を横にぶんぶんと振って否定する。
「開門句か!」
かわりに大きな声でヌワが言った。
二人して振り向けば、ヌワはわなわな体を震わせて通路のほうを凝視していた。
「何をしても無駄だったというのに、たった一言の開門句で開くとは……」
「かいもんく、って何かしら」
「言葉からして、鍵か何かと思いますが」
ひそひそとルンと話している横で、ヌワはもどかしそうに地団太を踏んでいる。今にも転げまわってしまうような様子は、相当に悔しいのだろうとわかる。
「だとすると、この言葉を鍵にするなら私と似たような世界の人って可能性もあるわね。もしかしたら同じように来た人がいたのかも」
「……可能性は無いとはいえないかと」
ルンは同意したけれど、なんだか浮かない顔だ。
「なに、どうしたのルン」
「いえ、なにも」
「なにもって顔じゃないでしょ。ほら、私に遠慮はいらないんだから話してみてよ」
「本当に、取るに足らないことです。ただ、サエが」
「私が?」
「サエは……物珍しさとなつかしさに釣られて一人で行くのではと」
「ええっ、行かないわよ!」
「そう、ですよね。申し訳ありません」
しおらしく目を伏せてルンがうつむく。
なんなんだ。私が無鉄砲と思われているのは釈然としない。いや、これまでの行いでそうみられているのは、なんとなく察してはいたけれども。
でも、心配されているのかとも思えば、そこまで腹は立たなかった。
ルンは、こう、口先だけで心配してと言ってからかうことはないだろうし。私の知る異性、兄や従兄やクラスメイトよりはもっと別の何かの生き物みたいに違う。控えめすぎるのはマイナスだけど、肉がついて身なりが整えば結構いけると思う。
じいっと今度はルンを見つめていたら、気まずそうにルンの目線が動いた。
「あの、サエ、気を悪くしました……よね、申し訳」
「してないわよ。もう、そういうのなしよ、なし。ほら、ルン、前向いてシャキッとする!」
向き合って、ルンの両肩に手を置くように叩く。
細さを際立てるみたいに骨の感触がダイレクトにしたけれどあえて無視して、姿勢を直させる。
「よし、こうしてるとずっといいじゃない。かっこいいわよ」
びくっと固まったルンは、処理落ちしたみたいにぎこちなくまばたきした。
ともあれ、こうして話している間にヌワは落ち着いたみたいだ。それでも何度か深呼吸をしているけれど。石像なのに、深呼吸って意味があるのだろうか。
「ヌワ、開いちゃったみたいですけど」
「おお、サエ。お手柄ではないか。まさかあのような造語だとは、吾輩ひとりでは考えが及ばなかったな」
「ルンとも話したんですけど、ひょっとすると私の世界の人がかかわっているのかなって思ったんです」
「ううむ、そういう可能性もあるかもしれないが、断言はするまい。ダンジョンは未知が多い場所なのだから……ところで、ルンはどうした? 具合が悪くなったか?」
「え、そうなの? 大丈夫?」
振り向けば、まだ固まったままの姿勢でいた。ぎゅうと目をつぶっている。
真っ赤だ。ルンの肌は私よりもずっと白いから赤くなるとよくわかる。
あ、これ、褒められ慣れていないから、照れて固まってるわ。処理落ちしたパソコンみたいに、うんともすんとも言わなくなるやつ。
前にも何回か見たことがあるので、すぐ察してしまった。
即座に察した私は、ヌワの天然っぽい追及発言を阻止すべく勢いよく手をあげた。
ルンの尊厳を守ってあげようという優しい思いやりである。
男の子はこういうとき揶揄われたり言及されたりされるとプライドが傷つくらしいのだ。南美姉からのヒロ兄いじりエピソードで聞いた。
「ヌワ、ヌワ! ダンジョンこれから探検されますか!?」
「お、おう!? どうしたのだ急に。いや、無論探索はしたいところだが。ハリオス様たちや父母を探さねばならないからな」
「それ、手伝っていいですか? 私ももしかしたら、この場所に来た理由とか原因がわかるかもしれないですし」
「ふむ。お前たちが最初に居た場所というのが、ここの地上部分だったということを考えると、ありえなくはない話だ。吾輩はかまわないが……」
ヌワが言葉を止める。
じろりと品定めをするように、私の頭から足先までを黒曜石の瞳からの視線が刺さる。
「装備も立ち回りも不安が残る。中は罠もあるだろうから、安全とは言い難い。サエ、戦ったことは?」
「えーと、イノシシもどきと。犬みたいなイノシシみたいな突進してくる大きな動物です」
「イノシシモドキ? あ、いや、まて。わかった。お前、ススカニを倒したのか?」
あのイノシシもどきの名前、ススカニっていうのか。なんだか蟹の仲間みたいだ。
そう思いながら頷けば、私の顔を改めて見たヌワは石でできた顔を不可解そうに歪めた。
「あの体躯と力を誇るあれを倒せるなら、少なくともハリオス様よりは……どこに力があるのか全くわからないが、見かけによらぬのだな」
「ルンもよく狩ってきてくれるんですよ。すごいんですから」
自分のことみたいに胸を張って言うと、ヌワはさらに奇妙な顔つきをした。
けれど、ルンが変わった力を持っているという話を思い出したみたいで、「まあそれなら」とつぶやいた。
「だが、準備はいるだろう。すぐにでも行きたい気持ちはあるが、長い時が経っている。吾輩も心を落ち着ける時間がほしい。お前たちは吾輩とは違い、食事や睡眠がいるのだろう? ダンジョン内で気楽に休めるかは実力がないうちは運も絡む。ゆっくり休んでから来るといい」
「待っててくれるんですか? 一緒に行ってもいいんです?」
「……待つことはなれているとも。吾輩、石だからな。苦にもならんさ」
「ルン、あなたは?」
ようやく立ち直ったルンは、結局私たちもダンジョンに行くことに決まった流れを困ったように聞いて待っていた。
私が話を向けると、いつも通りの文句になりつつある「サエが行くのなら」と返ってきた。
「じゃあ、明日また来ることにしましょう。ヌワ、私たちは一度道具とか食料とか確保してきたいと思います。どのくらい長くなるかわからないし、寝床でしっかり休ませてもらいたいので」
「ああ、それがいいだろう。今の吾輩にはお前たちのように機敏に動くことは難しいのでな。なに、焦る必要はない。どのみち今は開門句の効果が切れているから、中からモンスターもあふれてはこないだろう」
言われてみれば、確かに扉はいつの間にか閉ざされている。ぴったりと壁と同化してまたわかりずらい前の状態に戻っていた。
「それに、開けたサエの功績を無視して我先に一人で突入はするまいよ」
それなら安心だ。
にこっと笑ってお礼を言う。それから、ルンを連れて私たちは地下を後にするのだった。




