第三話「ハイウェイ・スター・ダスト」2
第二章 星条旗の介入者
ジン(夜刃迅)が、大型トレーラーの装甲板に鉤爪を突き立て、強引にハッチをこじ開けようとした、その時だった。
上空から、雨音とは異なる、人工的な駆動音が降ってきた。ヒュン、ヒュン、ヒュン……。 それは、空間を切り裂くような鋭利な音。
「……あ?」
ジンが天を仰ぐ。 夜空の闇が、陽炎のように揺らいだ。 光学迷彩が解除され、六つの黒い影が実体化する。
現れたのは、全身をマットブラックの強化外骨格で覆った重武装の兵士たちだった。 背中には姿勢制御用のスラスター、手には長銃身のプラズマライフル。その顔面は、無機質なマルチセンサーのバイザーで完全に覆われている。
「Target Acquired(目標捕捉)。……排除する」
感情のない英語のコマンドと共に、隊長機と思われる先頭の兵士がトリガーを引いた。
バシュッ!!
銃口から放たれたのは、鉛の弾丸ではない。 高出力の青いプラズマ弾だ。 雨粒を瞬時に蒸発させながら、光の矢となってジンを襲う。
「ッ!?」
ジンはとっさに黒い翼を前方に折り畳み、盾にして防御する。
着弾。
ジジジジジジッ!!
「ぐぅ……ッ!?」
物理的な衝撃は防げた。だが、プラズマの熱エネルギーと高圧電流が、鋼鉄の羽毛を伝導してジンの肉体に流れ込んでくる。 神経を直接焼かれるような激痛と痺れ。 筋肉が痙攣し、鉤爪の力が抜ける。
「Movement restricted(動きを封じた)。……捕獲せよ」
一瞬の硬直を、プロフェッショナルたちは見逃さなかった。 左右に展開した二機の兵士が、手首のランチャーを発射する。放たれたのは、特殊合金製の電磁ネット。空中で網状に展開し、ジンの身体を完全に拘束した。
「が、ぁ……ッ!」
「電流最大。……落ちろ、現地の鼠」
更に追撃の電撃が流され、ジンの意識が一瞬白く飛ぶ。彼はコンテナから弾き飛ばされ、時速200キロで流れるハイウェイのアスファルトへと落下していく。
「ジン!」
並走していたキリコ(九十九霧狐)が、絶叫した。 彼女は大型バイク『黒狐号』のハンドルを逆に切り、ドリフト状態でトレーラーの側面へと滑り込ませる。
「しっかりしなさい、馬鹿翼!」
キリコは片手を伸ばし、落下してくるジンの襟首を掴んだ。凄まじい衝撃が彼女の腕を襲うが、妖力で強化した筋力で強引に引き寄せる。
ドサッ!
ジンはタンデムシートに転がり込み、咳き込んだ。口から煙が出ている。
「……ゲホッ、ゲホッ! ……あァ、死ぬかと思った……」
「死になさいよ。……あのままミンチになってれば世話なかったのに」
キリコは悪態をつきながらも、バイクのバランスを立て直し、再びトレーラーを追走する。ジンは血反吐を吐きながら、憎々しげに空を睨んだ。
頭上では、六機のパワードスーツが編隊を組み、トレーラーの護衛に回っている。 その胸部には、星条旗を模したエンブレムと、『アークステイツ連邦軍・特務部隊(U.S.A.S.F.)』の文字が刻まれていた。
「……ステイツの犬かよ」
ジンが吐き捨てる。アークステイツ連邦。海の向こうにある軍事超大国。彼らは10年前の「白紙の審判」以降、世界中に散らばったロストテクノロジーや、異界の物質の回収に躍起になっていた。 表向きは「危険物の管理」を謳っているが、実態は軍事転用だ。皇国政府の目を盗み、非公式に軍を送り込んでまで手に入れたいもの。 このドラッグもまた、彼らにとっては貴重な「研究サンプル」なのだ。
「邪魔だ、現地人。……その荷物は我々が管理する」
隊長の男が、外部スピーカーで警告する。 その声は、翻訳機を通した合成音声のように冷たく、抑揚がない。
「速やかに退去せよ。さもなくば、テロリストとして処理する」
トレーラーの運転席を見ると、既にフロントガラスが割られ、運転手は殺害されていた。アークステイツの兵士が一人乗り込み、車両を制御している。彼らはこのまま、港まで強行突破し、積荷を国外へ持ち出すつもりだ。
「管理だァ? ……笑わせんな」
ジンが、よろめきながらバイクの上に立ち上がった。 電撃のダメージで筋肉が痙攣しているが、彼の闘志は衰えるどころか、怒りで燃え上がっていた。 背中の翼が呼応して巨大化し、カラスの濡れ羽色から、光を吸い込む漆黒へと変貌していく。鋭利な棘が生え、殺傷力を増していく。
「ここは東帝都だ。ウチのシマだ。……所場代も払わねえ泥棒に、荷物を渡せるかよ!」
「Resistance is futile(抵抗は無意味だ)。……攻撃許可」
隊長機が合図を送る。 残りの四機が、一斉に銃口をこちらに向けた。プラズマの輝きが、雨の中で増幅される。
「待って、ジン」
キリコが、ジンの肩を掴んで制した。 彼女は、バイクの速度を維持したまま、両手で独特な印を結んでいた。 人差し指と親指で作る、キツネの窓。
『千里眼(狐の窓)』発動。
「……まずは、敵を知るのが先よ」
キリコの視界が変質する。 降り注ぐ雨粒が止まり、世界がワイヤーフレームのような情報体へと還元される。 物理的な装甲が透け、その奥にある「真実」が見えてくる。
まずは、敵の装備。 (動力源は背中の小型リアクター。……関節部の装甲が薄い。そこが狙い目ね)
次に、トレーラーのコンテナ。 厳重に梱包されたケースの中身。 積荷の正体。
そこにあったのは、単なる化学合成されたドラッグではなかった。青く発光する、数千個のカプセル。だが、その中心に封入されているのは、粉末でも液体でもない。
蠢き、脈打つ「黒い泥」。
「……ッ!?」
キリコは息を呑んだ。 その泥から発せられる波動は、この世界の物理法則を無視していた。 見ているだけで、視神経が腐り落ちそうなほどの「穢れ」。
彼女は、それが何なのか具体的な名前は知らない。 アストエルの魔王城も、魔界のことも知らない。だが、この感覚だけは覚えていた。10年前。浅修羅の廃寺で震えていた夜。世界が白く塗りつぶされる直前に感じた、あの底知れない絶望の気配と同じだ。
「魔界の残滓」。
「……嘘でしょ」
キリコの声が震える。 彼女は、狐の窓を解き、青ざめた顔でジンを見た。
「ジン、聞いて。……あれは薬じゃない。『種』よ」
「種……だァ?」
「人間を苗床にして、あのおぞましい『何か』を育てるための種子。……あんなものを持ち帰らせたら、パンデミックが起きるわ!」
かつて東帝都を襲った『青い涙』事件。 あれは、人間を幸福な夢の中に閉じ込めて殺すドラッグだった。 だが、これは違う。 人間を土壌にして、この世ならざる生態系をこの世界に再現しようとする、侵略兵器だ。
アークステイツは、それを知っていて回収しようとしている。サンプルとして持ち帰り、自国の兵器として利用するために。
「……なるほどな」
ジンが、低く唸った。 彼の脳裏に、10年前の記憶が蘇る。燃える廃寺。逃げ惑う自分たち。そして、自分たちを守るために戦った、傷だらけの英雄たちの背中。 彼らが命を懸けて守った世界を、こいつらは実験場にしようとしているのか。
「……上等だ」
ジンの殺気が、膨れ上がった。 それは個人的な怒りではない。 この街に生きる者としての、そして英雄たちに救われた者としての、矜持。
「おい、キリコ。……仕事の内容、変更だ」
ジンが、翼を広げて低く構えた。 その瞳孔が、獣のように縦に裂ける。
「配達先変更。……宛先は『地獄』。受取人は閻魔大王だ!」
「ええ。……同意するわ」
キリコもまた、不敵に微笑んだ。 彼女は懐から、数枚の呪符を取り出した。
「あんなゴミ、海の向こうには渡せない。……ここで、燃えるゴミに出しましょう」
二人の目的は一致した。 奪取ではない。完全破壊だ。 この負の遺産を、この世界から跡形もなく消し去るために。
「行くぞッ!!」
ジンが咆哮した。 彼はバイクのシートを蹴り、弾丸となって飛翔した。雨粒を弾き飛ばし、音速に迫る加速。 黒い翼が、夜空に死のシルエットを描く。
「Target Lock(目標ロック)。……撃て!」
アークステイツの部隊が、一斉射撃を開始する。 青い閃光が、夜のハイウェイを埋め尽くす。 だが、黒き堕天使は止まらない。 その翼は、あらゆる障害を断ち切るために研ぎ澄まされていた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




