第二十一話「マッドポップ・サンサーラ」2
第二章 それぞれの道
数日後。 復興の槌音が響き渡る東帝都。 その湾岸エリアにある、国際空港の特別ゲート前には、独特の静寂と、どこか晴れやかな空気が漂っていた。 アスファルトを焼く朝日の匂いと、ジェット燃料の刺激臭。 そこは、数奇な運命で結ばれた旅人たちが、それぞれの「日常」へと帰還するための分岐点だった。
「……ここでお別れですね」
エミル・ノスフェラトゥが、穏やかな声で告げた。彼は、仕立て直した黒いコートを身に纏い、その背筋をピンと伸ばしていた。10年前、ただ怯えていた少年はもういない。 数日前の戦いでボロボロになった身体も、吸血鬼の再生能力で癒えているが、その瞳に宿る光は、以前よりも遥かに深淵で、力強いものになっていた。
彼の足元には、厳重に梱包されたケースがある。 中身は、あの『次元の鏡の核』ではない。核は、この国の未来のために――そしていつか再び扉を開く日のために、皇立魔科学研究所へ預けられた。彼が持ち帰るのは、父・ヴィクトルが愛した茶葉と、この旅の記憶だけだ。
「帰ります。……ノクタルニアへ」
エミルは、西の空を見上げた。そこには、霧に閉ざされた彼の故郷がある。城は崩れ、父は眠りにつき、かつての栄華は失われた。だが、そこには彼を待つ民がいる。
「城は崩れてしまいましたが……僕には、守るべき民と土地があります。……父様や兄さんたちが力で支配した夜ではなく、誰もが安心して眠れる静かな夜を。……一から、この手で再建します」
「……頑張れよ、当主様」
ジン(夜刃迅)が、エミルに歩み寄り、右手を差し出した。エミルは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに破顔し、その手を強く握り返した。 氷のように冷たい吸血鬼の手と、熱い黒翼の手。 種族を超えた、戦友としての握手。
「ええ。……貴方なら、きっといい里を作れるわ」
キリコ(九十九霧狐)もまた、エミルの肩に手を置いた。「弱き王」という言葉は、もはや蔑称ではない。弱さを知るからこそ、誰よりも優しくなれる王の称号だ。
「ありがとうございます。……ジンさん、キリコさん。貴方たちに出会えて、僕は本当に良かった」
エミルは深々と一礼し、ゲートの向こうへと歩き出した。 その背中は、決して大きくはないが、王としての威厳に満ちていた。
「俺たちも行くぜ。……虹海の連中が首を長くして待ってるからな」
続いて声を上げたのは、チャーリー・Sだった。 彼はトレードマークのサングラスをかけ直し、アロハシャツの襟を正した。 その隣では、李 小蓮が、名残惜しそうにキリコの袖を握っている。
「またね、お兄ちゃん、お姉ちゃん! ……今度は絶対、虹海に遊びに来てね!」
シャオは、涙をこらえるように瞳を潤ませていた。 この短くも激しい旅で、彼女はキリコやジンを本当の兄姉のように慕っていた。 朱雀の力を継承し、神としての責務を背負った彼女にとって、彼らと過ごした「人間くさい時間」は、何よりの宝物だったのだ。
「リーリンお姉ちゃんとチェン爺にも、自慢話してあげるんだ! 私、凄かったよって!」
「ああ。……達者でな、おチビ」
ジンが、シャオの頭をクシャクシャと撫でる。 彼女の髪からは、微かに火薬と陽だまりの匂いがした。
「チビじゃないもん! ……もう!」
シャオは頬を膨らませ、それでも嬉しそうに笑った。 チャーリーが、ジンの胸を軽く小突く。
「ま、何かあったら呼んでくれや。……四神は逃げねえ。世界の裏側からでも、すっ飛んできてやるよ」
「頼りにしてるぜ、亀の旦那」
二人は拳をぶつけ合う。 シャオとチャーリーは、虹海行きの便へと向かっていく。四神は、再び大陸の守護者へと戻る。 だが、その絆は決して切れることはないだろう。
そして、滑走路の脇では、もう一つの別れがあった。
「……償いの時間は長い。だが、やりがいのある仕事だ」
白衣を着た醍醐 京一が、迎えに来た車に乗り込もうとしていた。 その隣には、鷹宮 恒一が控えている。かつて狂気に取り憑かれ、世界を滅ぼしかけた科学者。だが今の彼の顔からは、憑き物が落ちていた。 あるのは、研究者としての静かな情熱と、生涯をかけて背負うべき贖罪の意識。
「頼んだぜ、ドクター。……次は、『壊す』んじゃなくて『繋ぐ』発明をしてくれよな」
ジンの言葉に、ダイゴは苦笑し、頷いた。
「約束しよう。……いつか、君たちが彼女たちに会いに行けるよう、最高の翼を用意しておくよ」
二人の科学者は、車に乗り込んだ。 今度は「世界を壊す」ためではなく、「世界を繋ぐ」ための研究を始めるために。
飛行機が飛び立ち、車のエンジン音が遠ざかる。 空港のロビーには、静寂が戻っていた。 残されたのは、キリコとジン。 そして――行き場をなくしたように立ち尽くす、二人の女性。
元・凰華共和国国家治安局『黒冠』特級道士、沈 黒燼。 そして、セプティマ・ザイオンから付いてきた光の乙女、ルカ・ノクス。
「……さて。アンタたちはどうすんの?」
キリコが、あえて軽い口調で尋ねる。 シェンは、空港の禁煙マークを無視して紙巻きたばこを取り出しそうになり、ジンの視線に気づいて舌打ちしながら箱に戻した。 彼女は気だるげに髪をかき上げ、自嘲気味に笑った。
「鳳京には戻れないしね。……派手にやりすぎたわ。今頃、私の首には国家予算並みの賞金が懸かってるでしょうよ」
「物騒ねえ」
「それに……」
シェンは、横目でジンとキリコを見た。 その視線は、かつて彼女が失った「自由」を体現する二人を、眩しそうに見つめていた。
「アンタたちの仕事……退屈しなさそうで気に入ったわ。雇ってくんない?」
「はあ?」 ジンが素っ頓狂な声を上げる。
「用心棒代、高いって言ったろ? ……ウチの稼ぎじゃ払えねえぞ」
「出世払いでいいわよ。……それに、スリルが報酬みたいなものでしょ?」
シェンは、悪戯っぽくウインクしてみせた。S級の指名手配犯が、しがない運び屋に就職希望。冗談のような話だが、彼女の目は本気だった。
「……私も……!」
その時、ルカが一歩前に出た。 彼女は、胸の前で手を組み、祈るように二人を見つめた。その瞳は、不安に揺れながらも、確かな決意の光を宿していた。
「私は……もっと世界を知りたいです。……エリアスやミレイユさんに守られていた鳥籠の外を、もっと見てみたい」
ルカは、自分の掌を見つめる。そこには、黒胎を鎮め、仲間を守った「癒やし」の力が宿っている。
「それに、私の力が、誰かの役に立つのなら……。黒狐便で、働かせてください!」
彼女の言葉に、一瞬の沈黙が流れた。 キリコとジンは顔を見合わせ、そして――同時に吹き出した。
「ぷっ……! あはははは!」
「くくっ……マジかよ」
最強の用心棒と、究極のヒーラー。国家戦力級の二人が、こんな場末の運び屋に入りたがっている。 こんな贅沢な、そして分不相応な新入社員はいない。
「……呆れた。物好きね、アンタたちも」
キリコは涙を拭い、腰に手を当てて二人を見据えた。 その表情は、社長としての厳しいもの――ではなく、新しい家族を迎える姉のような温かいものだった。
「言っておくけど、給料は安いわよ? ……それに、休みなし、残業あり、命の保証なしのブラック企業だし」
「覚悟の上よ。……退屈で死ぬよりマシだわ」 シェンが肩をすくめる。
「頑張ります! ……お掃除でもお洗濯でも、何でもやりますから!」 ルカが目を輝かせて頭を下げる。
「……へっ。なら、歓迎するぜ」
ジンがニヤリと笑い、二人に拳を突き出した。
「ようこそ、『黒狐便』へ。……今日から俺たちは、一蓮托生だ」
シェンとルカも、それぞれの拳を合わせた。四つの拳が、空港のロビーで重なる。それは、新たな物語の始まりを告げる、契約の儀式。
こうして、黒狐便は新たな仲間を迎え、新しい日常へと歩き出した。 彼らが運ぶのは、荷物だけではない。 未来への希望と、誰かの想い。 それを届けるために、新生・黒狐便は東帝都の雑踏へと消えていった。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




