第二十一話「マッドポップ・サンサーラ」1
第一章 崩壊する要塞からの帰還
「みんな、逃げるぞッ!!」
ジン(夜刃迅)の裂帛の気合いが、崩壊を始めた地下ドームに響き渡った。 それは、勝利の凱歌ではない。生き残るための、最後の悲鳴に近い号令だった。
『世界線跳躍装置』の暴走。主を失い、制御のリミッターを焼き切った巨大加速器は、今や物理法則を無視したブラックホールと化していた。 空間そのものが内破し、ドーム内の空気、光、そして物質を無差別に飲み込んでいく。 鉄骨が飴細工のように捻じ曲がり、コンクリートの壁が粉砕され、重力の渦へと吸い込まれていく。
「急いで! ダイゴ博士も!」
ルカ・ノクスが、瓦礫に足を取られて転倒した醍醐 京一の手を引く。 彼女の背中からは、微かだが温かい光が放たれ、落下してくる瓦礫を弾いていた。
「すまない……! 私が、あんなものを作ってしまったばかりに……!」
「懺悔はあとです! 今は走ってください!」
ルカの叱咤に、ダイゴが歯を食いしばって立ち上がる。
「邪魔よ、鉄屑ども!」
先頭を行く沈 黒燼が、腰の直刀を一閃させた。 《断界刃》。 崩落して退路を塞いだ巨大な天井の一部が、音もなく両断され、左右へと滑り落ちる。 彼女は、咥え煙草を落とすことなく、舞うように瓦礫の雨を切り裂いていく。
「水よ、道を作れ!」
殿を務めるチャーリー・Sが、両手を広げた。 地下水脈から汲み上げた大量の水が、激流となって押し寄せる瓦礫の山を押し流す。さらに、李 小蓮が炎の翼で飛来する鉄骨を焼き払い、エミル・ノスフェラトゥが空間固定の結界でエレベーターシャフトの崩壊を食い止める。
「乗れ! これが最後だ!」
キリコ(九十九霧狐)が、こじ開けられたエレベーターの扉を押さえて叫ぶ。 全員が、鉄の箱へと滑り込む。 ジンが最後に飛び乗り、操作パネルを拳で叩き割って緊急上昇コードを直結させた。
ガゴンッ!!
エレベーターが、ロケットのような加速で上昇を始める。 直後、足元の床――地下最深部が、紫色の閃光と共に消滅した。 次元の彼方へと飲み込まれたのだ。あと数秒遅ければ、彼らもまた「無」の一部となっていた。
「……はぁ、はぁ、はぁ……ッ」
狭い箱の中で、全員が荒い呼吸を繰り返す。 生きている。 その実感だけが、震える身体を支えていた。
数時間後。 アークステイツ連邦領空ギリギリの空域。 夜明け前の薄明かりの中、一行は待機していた皇国のステルス輸送機に回収されていた。
機内には、重苦しい沈黙と、泥のように重い疲労感が漂っていた。戦いは終わった。 世界を滅ぼそうとした狂気の科学者は倒れ、次元の歪みは修正された。 だが、勝利の美酒に酔う空気ではない。 それ以上に重い「喪失」の予感が、ジンとキリコの間を冷たく流れていた。
「……すまねえ」
ジンが、座席でうなだれていた。彼の背中には、ボロボロになった革のハーネスだけが残っていた。 ベルトは千切れ、留め金はひしゃげている。
「俺が……最後、手を離したばっかりに」
彼の声は震えていた。回収したはずの『黒胎』。世界を滅ぼす災厄の種。 それを封印した重厚な金属ケースが、ない。
次元の裂け目を無理やりこじ開け、乱気流の中を飛び出したあの瞬間。 空間断裂の衝撃でハーネスが切れ、ケースが手から離れた感触。 そして、それが閉ざされゆくゲートの向こう側――
「……自分を責めないで、ジン」
キリコもまた、蒼白な顔で窓の外を見つめていた。 彼女の手は、膝の上で固く握りしめられている。
「あの状況じゃ、どうしようもなかった。……私だって、気づけなかった」
キリコの『千里眼』をもってしても、閉じた次元の向こう側までは見通せない。 だが、想像はできる。 最悪の想像が、脳裏をよぎる。
あろうことか、「平和な世界」に、この世界が生んだ最悪の汚物を落としてきてしまったかもしれない。平和な日常を送る久遠灯たちの足元に、時限爆弾を置いてきてしまったのではないか。 それは、彼女たちを救うどころか、破滅の種を撒いたことになるのではないか。
「……俺たちは、何をしたんだ」
ジンの呻きが、機内に虚しく響いた。
十数時間後。 東帝都・政府官邸の地下、特別作戦室。極秘に帰還した一行を待っていたのは、常盤 宗一郎大統領だった。彼は、人払いを済ませた密室で、沈痛な面持ちのキリコとジンの報告を黙って聞いていた。 黒胎の喪失。 そして、それが並行世界へ流出した可能性。
報告を終えたジンは、床に膝をつき、頭を垂れた。
「……申し訳ありません。どんな処分でも受けます。だから……」
「顔を上げたまえ、夜刃君」
常盤の声は、静かで、穏やかだった。 ジンが顔を上げると、老政治家は悲しげに、しかし力強く首を横に振っていた。
「……事故だ。誰も君たちを責められない」
常盤は歩み寄り、ジンとキリコの肩に、それぞれの手を置いた。その手は温かかった。
「君たちは、命がけで敵地へ潜入し、オズシュタインの野望を阻止した。この世界を、破滅から守ったのだ。……そして何より、彼ら(英雄たち)に我々の想いを届けた。それは紛れもない事実だ」
「でも……! 向こうの世界が……!」
キリコが食い下がる。
「もし、あっちで『黒胎』が暴走したら……灯さんたちは……!」
「武器も、記憶もない彼女たちが、どうやって戦えばいいんだよ!」
ジンが叫ぶ。
「……今、我々にできることはない」
常盤の言葉は、為政者としての冷徹な事実だった。次元の扉は閉じた。 鏡の核はエネルギーを使い果たし、再び眠りについた。干渉する手段は、もうない。
「……ッ」
ジンが拳を床に叩きつける。 無力感。 届けたはずの手紙が、呪いに変わる恐怖。
「だが、諦めるわけではない」
常盤の声に、力がこもった。 彼は、傍らに控えるダイゴ博士と、皇立魔科学研究所の鷹宮 恒一を振り返った。 二人の科学者は、真剣な眼差しで頷き返した。
「私は約束しよう。……この国はこれより、次元干渉技術の研究に全力を注ぐ」
常盤は宣言した。
「いつか再び、次元の扉が開くその時まで。……もし向こう側で何かが起きたとしても、すぐに駆けつけられるように。我々は準備を続ける」
それは、終わらない戦いへの決意表明だった。 そして、未来ある若者たちへの、大人としての贖罪でもあった。
「ダイゴ博士、鷹宮君。……頼めるかね?」
「はい。……私の残りの人生は、そのためにあります」
ダイゴが、白衣の襟を正して答える。彼の目には、かつてのマッドサイエンティストの狂気はない。あるのは、弟子たちが生きる世界を守るための、静かな情熱だけだ。
「俺たちも……手伝います」
ジンが立ち上がった。 目は赤いが、もう涙はない。
「あっちで何かあったら……今度こそ、俺が守りに行く。そのために、もっと強くなる」
「私もよ。……『黒狐便』は、アフターサービスも完璧なんだから」
キリコもまた、前を向いた。 後悔はある。 だが、立ち止まっている暇はない。彼女たちが守ったこの世界で、自分たちもまた、足掻き続けなければならないのだから。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




