第十九話「神から堕ちた人工魔王」3
第三章 断ち切る者
光が、世界を塗り潰そうとしていた。 『人工魔王』の胸部リアクターから放たれた極太の破壊光線は、ジン(夜刃迅)の黒い翼もろとも、彼という存在を分子レベルで消滅させるに足る熱量を持っていた。 回避は不可能。防御も無意味。 死は確定した未来として、目前に迫っていた。
(……ここまで、か)
ジンの脳裏に、走馬灯がよぎる。東帝都の雨。 キリコ(九十九霧狐)と食べた牛丼。 浅修羅の廃寺で見た、あの灰色の翼。 悔いはない。ただ、約束を守れなかったことだけが――。
「……諦めるのが早いのよ、坊や」
その時。 ジンの視界、光の奔流の真っ只中に、一筋の細い「影」が走った。 それは影ではない。 世界そのものに入った、鋭利な亀裂。
「え……?」
時間の流れが凍りついたような静寂の中で、一人の女性が、光線の只中に割り込んでいた。
沈 黒燼。
彼女は、直前にいた場所から瞬間移動したわけではない。 ただ、そこに至るまでの「過程」と「距離」を切り捨て、結果としてそこに「在る」ことを選んだのだ。 彼女は、くわえていた紙巻きたばこを指先で弾き飛ばすと、腰の直刀を逆手に構え、ネオ・デーモンのリアクターを睨みつけた。
「その光……眩しすぎて目障りよ」
シェンが、刀を振り抜いた。 音も、風圧もない。 ただ、世界に黒い線が引かれた。
固有能力《断界刃》――絶。
パキン。
乾いた音が響いた瞬間、物理法則が崩壊した。ジンの目前まで迫っていた破壊光線が、まるでガラス細工のように真っ二つに割れ、左右へと霧散したのだ。エネルギーのベクトルそのものを切断し、無効化する神技。
さらに、その斬撃は光線を裂くだけでは止まらなかった。黒い線はそのままネオ・デーモンの巨体へと伸び、その胸部に融合していた『黒胎』と、オズシュタイン博士の肉体との境界を、外科手術のような精密さで斬り裂いた。
「な……ッ!?」
ネオ・デーモンの動きが止まる。結合の切断。融合していたはずの泥が、接着剤を失ったかのようにズルリと剥がれ落ちる。
「今よ、ジン!!」
キリコの絶叫が、呆然としていたジンの意識を現実に引き戻した。目の前には、装甲が剥がれ、剥き出しになった「核」――黒い泥の心臓部がある。 道は、開かれた。
「……おうよッ!!」
ジンは吠えた。恐怖も、迷いも、全て翼の羽ばたきに変える。 彼は空中で身体を捻り、遠心力を極限まで乗せた右脚を振り上げた。
「『堕天の斬撃』……墜ちろォォォォォッ!!」
黒い翼が、巨大な鎌となって泥の核を直撃した。
ズドオォォォォォン!!
衝撃波がドーム内を駆け巡る。 核が弾き飛ばされ、ネオ・デーモンの巨体から完全に分離した。制御を失った機械と肉の塔が、バランスを崩して崩落を始める。
「キリコ! ケースを!」
「任せて!」
ジンが弾き飛ばした黒い泥の塊を、地上で待ち構えていたキリコが追う。彼女は、チャーリー・Sから受け取っていた予備の封印ケースを広げ、泥の落下地点へと滑り込んだ。
「大人しく……入りなさいッ!」
キリコは呪符を纏わせた手で、暴れまわる泥を強引にケースへと押し込んだ。 泥は嫌がるように触手を伸ばし、キリコの腕を灼こうとするが、ルカ・ノクスの光の加護がそれを弾く。
ガチャンッ!!
重厚な蓋が閉じられ、ロックが掛かる。キリコは、その上に何重もの封印符を貼り付け、大きく息を吐いた。
「……確保、完了」
『バ、馬鹿な……。私の……私の神の座が……』
ハインリヒ・オズシュタインは、崩れ落ちた瓦礫の山の中で、無残な姿を晒していた。黒胎を失った肉体は、急速に老化し、干からびた老人へと戻っていく。機械と癒着していた部分は引きちぎられ、生命維持装置のコードだけが彼を生かしている状態だ。
「……終わりだ、オズシュタイン」
醍醐 京一が、静かに歩み寄った。 彼の白衣は埃にまみれていたが、その瞳には、かつてないほど澄んだ理性の光が宿っていた。
「君の夢も……私の贖罪も、ここで終わりだ」
「ダイゴ君……なぜだ……。我々は、科学の極致に……真理に、触れようとしていたのに……」
オズシュタインは、震える手を虚空に伸ばし、何かを掴もうとして――そして、力尽きたように腕を落とした。 狂気の光が消え、ただの哀れな老人の死顔だけが残る。
静寂が戻る。 ジンが翼を畳んで着地し、キリコとハイタッチを交わす。 李 小蓮がルカに抱きつき、エミル・ノスフェラトゥが安堵の息を漏らす。 終わった。長い旅と、激しい戦いの果てに、ついに全ての脅威を退けたのだ。
だが。 その安堵は、長くは続かなかった。
ウゥゥゥゥゥン……!!
停止させたはずの加速器が、異様な唸り声を上げ始めたのだ。赤く変色していた光が、再び紫色に――いや、もっと毒々しい、混沌としたドス黒い色へと変わり、不規則に明滅を始める。
「な、何だ!?」
チャーリーが身構える。ダイゴが、顔色を変えてコンソールに駆け寄った。
「……馬鹿な。リミッターが外れている!?」
彼はモニターを操作し、絶望的な表情で叫んだ。
「オズシュタインだ……! 奴は死ぬ寸前、システムに最後のコマンドを入力していたんだ! 『強制融合』……制御プログラムをバイパスして、暴走させる気だ!」
『警告。次元境界の崩壊、開始。……臨界点まで、あと300秒』
無機質なアナウンスが、終わりの始まりを告げる。加速器の中心に、空間の裂け目が生じ、周囲の物質を飲み込み始めた。それは、計算された「門」ではない。 世界そのものを食い破る、ブラックホールのような「傷跡」だ。
「このままでは……この施設どころか、大陸が消し飛ぶぞ!」
ダイゴの悲鳴が、ドームに木霊した。勝利の余韻は一瞬で消し飛び、最大の危機が彼らを襲う。 逃げる場所などない。 この暴走を止める鍵は、もはや科学の領域には存在しなかった。
「……まだよ」
キリコが、顔を上げた。 彼女は、懐の『漆塗りの小箱』を握りしめ、揺らぐ空間を見据えた。 その瞳は、絶望していなかった。
「これが……チャンスかもしれない」
崩壊する世界。開かれた次元の穴。それは、彼女たちが待ち望んでいた「向こう側」への入り口そのものだったのだ。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




