第十九話「神から堕ちた人工魔王」2
第二章 人工魔王
ハインリヒ・オズシュタイン博士が、頭上から降り注ぐ黒い汚泥を、洗礼を受ける信徒のように両手を広げて受け入れた。
ズジュルルルル……!!
鼓膜を逆撫でするような、湿った粘着音が地下ドームに響き渡る。『黒胎』。 それは単なる物質ではない。かつて魔界から漏れ出し、この世界を浸食しようとした「呪い」の具現化。 高純度の悪意が、老いた科学者の肉体を食らい、融合し、そして再構築していく。
「ギ……ガ、アアアアアアッ!!」
オズシュタインの絶叫。 だが、それは苦痛によるものではなかった。 老いた皮膚が弾け飛び、その下から鋼鉄の筋肉と、魔界生物特有の甲殻が隆起する快楽への咆哮だ。 白衣が引き裂かれ、脊椎から太いケーブルが触手のように伸びる。 それらは実験室の床や壁に突き刺さり、サーバー、配管、コンクリート、あらゆる無機物を取り込んで巨大化していく。
「先生……! なんてことを……!」
醍醐 京一が、膝から崩れ落ちる。目の前で起きているのは、科学の敗北であり、倫理の崩壊だった。 人の身で神の領域に触れようとした者の、醜悪な末路。
数秒後。 そこに立っていたのは、もはや人間ではなかった。全長10メートルを超える、機械と肉塊のキメラ。胸部には剥き出しの融合炉が赤く脈打ち、背中からは数多の砲門と触手が後光のように展開されている。
『人工魔王』。
『AAAAA……!! 素晴らしい……! これが、力の味か!』
オズシュタインの声が、スピーカーのノイズと重なって響く。 もはや声帯など必要ない。空間そのものを振動させる魔性の声。
『見えるぞ……! 世界の理が! 次元の方程式が! 私自身が「解」だ!!』
彼が剛腕を振るうと、プラズマと瘴気が混ざり合った衝撃波が放たれた。 実験室の床が消し飛ぶ。瓦礫が宙を舞い、粉塵が視界を遮る。
「……ッ、下がるな! 全員で叩くぞ!」
キリコ(九十九霧狐)の鋭い号令が飛ぶ。 圧倒的な質量の暴力を前にしても、彼らの瞳から戦意は消えていない。狭いドーム内での、1対7のレイドバトル(総力戦)が始まった。
『消えろ、サンプルども! 貴様らはもう用済みだ!』
ネオ・デーモンの背中から、無数のレーザー砲門と触手が展開される。全方位からの飽和攻撃。逃げ場のない弾幕が、一行を挽き肉に変えようと迫る。
「させません!」
ルカ・ノクスが前に出た。 彼女は父の短剣を胸に抱き、祈りを捧げる。 その背中から、朝日のような温かな光が爆発的に広がった。
「《黎明の恩寵》ッ!!」
黄金の光がドーム状の結界となり、降り注ぐレーザーと瘴気を受け止める。 物理的な衝撃だけでなく、『黒胎』が放つ精神汚染や腐食効果さえも中和する、絶対的な安全地帯。
「僕が防ぎます! ……ルカさんの負担を減らして!」
エミル・ノスフェラトゥが、ルカの結界をさらに内側から補強する。 彼が展開するのは、父・ヴィクトルから受け継いだ空間支配の魔術。 物理的な攻撃(触手や瓦礫)の軌道を捻じ曲げ、結界への直撃を避ける。
「反撃開始だ! ……燃えちゃえ!」
李 小蓮が、真紅の翼を広げて飛翔した。 彼女はドームの天井付近まで上昇し、そこから急降下しながら炎のブレスを吐き出す。朱雀の業火が、魔王の鋼鉄の装甲を溶かしにかかる。
「水浸しにしてやるぜ! ……錆びついて動けなくなりな!」
チャーリー・Sが、床下のパイプを破裂させ、大量の水を呼び寄せた。 高圧の水流が魔王の関節部を直撃し、そこへさらに冷却の術式を叩き込む。 熱膨張と急冷。 金属疲労を引き起こす破壊のコンビネーション。
『小賢しい! 虫けらが!』
ネオ・デーモンが咆哮し、触手を振り回す。 だが、その動きは鈍い。四神と吸血鬼の王、そして神の末裔による完璧な連携が、怪物の自由を奪っている。
「キリコ! 弱点はどこだ!?」
ジン(夜刃迅)が叫びながら、瓦礫の山を駆け上がる。 彼は黒い翼で触手を弾き返し、攻撃の機を窺っていた。
「待って……今、視るわ!」
キリコは両手で印を結んだ。『千里眼(狐の窓)』。 彼女の視界が変質する。 魔王の巨体を構成する膨大な魔力と電子データの流れ。 その濁流の奥底に、一点だけ、不自然にエネルギーが集中している場所がある。
「見えた! ……胸部リアクターの直下! そこに『黒胎』の核があるわ!」
かつて鉄鏡花がそうしたように、キリコはチームの頭脳として最適解を導き出す。だが、そこは最も装甲が厚く、かつ防御システムが集中している場所だ。
「そこをこじ開けるには……道が必要ね」
「任せなさい」
紫煙が揺らぐ。 沈 黒燼が、気だるげに前に出た。 彼女は、黒い道士服の裾を翻し、腰の直刀に手を掛けた。 魔王が放つ防衛障壁も、高エネルギー反応も、彼女の眼には映っていない。 彼女が見ているのは、オズシュタインという「存在」と、世界という「空間」を繋ぎ止めている、因果の縫い目だけ。
「ただの人間が……! 消えろ!」
ネオ・デーモンが触手をシェンに向ける。数百トンの質量攻撃。 だが、シェンは動じない。
「《断界刃》」。
抜刀。 一閃。 音も、光もなく。ただ、空間に黒い線が走った。
パキン。
乾いた音がして、迫りくる触手が、そして魔王の前面に展開されていた電磁障壁が、真っ二つに割れた。物理的な切断ではない。 「そこにある」という事実を切り裂く、次元斬。
「道は開けたわ。……行きなさい、黒翼」
シェンが刀を納め、煙草の灰を落とす。 その一瞬で作られた、魔王の心臓へと続く一直線の道。
「ジン! 今よ!」
「おうよッ!!」
ジンが飛翔する。黒い翼を最大まで広げ、螺旋回転しながら突っ込む。 それは、かつてアークステイツのトレーラーを両断した時よりも、遥かに鋭く、速い。 全ての仲間の想いを乗せた、黒い流星。
『堕天の斬撃』。
最強の矛が、ネオ・デーモンの心臓を貫こうとする。
だが、ネオ・デーモンは嗤った。醜悪に歪んだ機械の顔で、勝利を確信したように。
『計算済みだ!』
胸部のリアクターが、カッと開いた。 そこには、防御壁などない。 あるのは、臨界点まで圧縮された、純粋な破壊エネルギーの渦。
『飛んで火に入る夏の虫とは、このことだァ!!』
極太の破壊光線が、ゼロ距離から放たれる。 ジンの突撃を正面から迎え撃ち、消滅させるための、必殺のカウンター。
「ジンッ!!」
キリコの悲鳴が、光の中に飲み込まれた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




