第十九話「神から堕ちた人工魔王」1
第一章 数式に溺れる神
地下2000メートル。アークステイツ連邦・エリア666の最深部は、科学の粋を集めた実験室というよりは、巨大な魔術儀式の祭壇と化していた。
ドーム状の広大な空間の中央に鎮座する『世界線跳躍装置』。そのリング状の粒子加速器が、心臓の鼓動のような重低音を響かせ、ドクン、ドクンと紫色の光を撒き散らしている。光は壁面のコンクリートを浸食し、デジタルのノイズと有機的な血管が混ざり合ったような、気味の悪い幾何学紋様を描き出していた。 空気はオゾンと鉄錆、そして高濃度の魔素が混じり合い、吸い込むだけで肺が痺れるような刺激臭を放っている。
「頂く? ……フフフ、ハハハハハハ!!」
コントロールデッキで、白衣の老人――ハインリヒ・オズシュタイン博士が、狂ったように高笑いした。彼は、モニターに映るカオスなデータを、まるでオーケストラの指揮者のように両手で操っている。その眼鏡の奥にある瞳は、理性という名のブレーキが焼き切れ、純粋な狂気の炎だけが揺らめいていた。
「素晴らしい……! 見ろ!数値が上昇していく! これぞ私が求めていた『進化』だ!」
「博士……。貴方は、本気で次元を超えるつもりなのですか?」
キリコ(九十九霧狐)が、冷ややかに問う。彼女は懐の『天帝の小箱』をかばいながら、油断なく老科学者の挙動を監視している。 だが、オズシュタインは嘲るように鼻を鳴らした。
「次元を超える? ……違うな、お嬢さん。それは手段に過ぎない」
博士は、両手を広げて加速器を指し示した。 その背後で、紫色の光の渦が激しく回転し始める。
「私の目的は、二つの世界を『衝突・融合』させることだ!」
「……融合だと?」
ジン(夜刃迅)が眉をひそめ、ナイフの柄を握りしめる。
「そうだ! こことは異なる世界と、力に満ちたこちらの世界……。異なる物理法則を持つ二つの宇宙を強制的に衝突させ、混ぜ合わせる。……そのカオスの中から生まれる新人類の『神』となることこそが、私の悲願!」
狂気。 彼は、世界を救う気など毛頭ない。 この世界にある「限界」に飽き足らず、別次元のリソースごと飲み込み、自らが創造主として君臨するための実験。 そのためならば、二つの世界が消滅しようとも構わないという、科学者特有のエゴイズム。
「……ふざけた妄想だ」
ジンがナイフを構える。もはや対話の余地はない。この狂人を止めなければ、世界は再び「白紙」に戻されるどころか、より酷い地獄絵図となる。
その時。 オズシュタインの背後で、幽霊のように立ち尽くしていた男――醍醐 京一が動いた。
「……させないよ、オズシュタイン」
ダイゴの手が、コンソールの端にある、赤い緊急停止レバーに伸びた。
「なッ……ダイゴ君!?」
オズシュタインが驚愕に目を見開く。彼の忠実な助手であり、共同研究者であったはずの男の裏切り。
「残念だが、あなたの『神の方程式』には致命的なエラーがある」
ダイゴは、静かに、しかし断固とした動作でレバーを引き下ろした。 同時に、彼が懐に隠し持っていたデバイスから、事前に仕込んでいたウイルスプログラムをメインシステムへと流し込む。
ブブブブッ!!
警告音が鳴り響く。 加速器の紫色の光が、危険を示すドス黒い赤色へと変色し、回転数が急激に低下していく。
「システム・ロック。……これで、融合プロセスは停止した」
「貴様……! 裏切ったのか!?」
オズシュタインが掴みかかろうとするが、ダイゴは冷徹な眼差しでそれを制した。
「裏切りではない。……最初から、私はこのためにここに来たのだ」
ダイゴは、わめき散らすオズシュタインを無視して、キリコたちの方へ向き直った。 その瞳は、深い悔恨と、長い時を経てようやくたどり着いた贖罪の光に揺れていた。
「……君たちは、『リコリス・バロック』を知っているね?」
唐突な問いに、キリコが頷く。
「ええ。……私たちの、恩人です」
「そうか。……私もだ」
ダイゴは、懐かしむように目を細めた。
「かつて、私は烏丸保憲率いる特務祭祀局の下で、『科学的式神』の開発に従事していた。人の魂と機械を融合させ、神すら殺せる兵器を作る計画……。その被検体として選ばれたのが、鉄鏡花君だった」
彼の告白に、場が静まり返る。 それは、リコリス・バロックのメンバーである「鉄鏡花」が背負った、壮絶な過去の真実。
「私は研究者としての好奇心と、烏丸への恐怖から、彼女の改造手術に加担した。……彼女の悲鳴を、涙を、冷たいメスで切り裂いた罪人だ」
ダイゴは、自分の両手を見つめた。 そこには、洗っても落ちない罪の意識がこびりついている。
「だが……彼女は逃げ延びた。そして、『リコリス・バロック』の一員として、世界を救う戦いに身を投じた。……私は見ていたよ。彼女が、私が埋め込んだ兵器としての機能を、仲間を守るために使い、人間としての心を取り戻していく様を」
10年前の「白紙の審判」。 あの日、世界が書き換わった真実に気づいた数少ない人間の一人として、ダイゴは理解した。 世界は救われたが、鏡花たち英雄は、この歪んだ世界から弾き出され、平和な世界へ送られたのだと。
「私は……彼女に謝りたかった。そして、彼女を『こちら側』へ連れ戻してやりたかったのだ」
「……連れ戻す?」
ジンが怪訝そうに問う。平和な世界にいるなら、そっとしておくべきではないのか。
「ああ。……彼女は、戦いの中でこそ輝いていた。仲間と共に在ることで、彼女は『鉄くず』ではなく『人間』になれたのだ。……平和な世界で記憶を失い、ただの医者として生きることが、本当に彼女の望みなのだろうか?」
それは、科学者としてのエゴかもしれない。 だが、ダイゴにとっての贖罪とは、彼女に「選択肢」を返すことだった。もう一度、彼女に会って、感謝と謝罪を伝えたい。 そして、もし彼女が望むなら、この世界で再び仲間と共に生きる手助けをしたい。そのために、彼は亡命し、この狂気の研究に手を染めたのだ。
「それが……私にできる、唯一の償いだ」
ダイゴの独白に、キリコは言葉を失った。狂気のマッドサイエンティストだと思っていた男の、あまりに人間臭く、不器用な動機。それは、自分たちが灯たちを追い求めてきた理由と、どこか似ていた。
「計画は破綻した! 貴様のくだらない感傷のせいで!」
追い詰められたオズシュタインが、狂乱の叫びを上げた。システムはロックされ、彼の野望は水泡に帰した。 だが、彼の目はまだ死んでいなかった。理性をかなぐり捨てた獣の光。
「だが……まだ手はある!」
彼は、懐からリモコンを取り出し、スイッチを押し込んだ。
ガシャン!!
加速器の基部がスライドし、中から巨大なガラスシリンダーが現れた。その中には、ドス黒い泥のような物質が満たされ、生き物のように蠢いている。周囲の空間を侵食し、見る者に生理的な嫌悪感を催させる、絶望の具現化。
『黒胎』。
それも、キリコたちが虹海で見たものとは比較にならない、高純度で、高密度の質量。 アークステイツが世界中から回収し、培養し続けた「黒い遺産」の集合体。
「見るがいい! これぞ私が培養した、至高のエネルギー体!」
オズシュタインが、シリンダーに駆け寄る。 ガラス越しに、黒い泥が彼を求めて脈動する。
「融合ができないなら……私が『個』として超越すればいい!!」
彼は、シリンダーのロックを解除した。 プシューッという音と共に、黒い泥が雪崩のように溢れ出し、オズシュタインの頭上から降り注ぐ。
「……正気か!?」
ジンが叫ぶ。 あんなものを浴びれば、人間など一瞬で溶けて消滅する。 だが、オズシュタインは両手を広げ、恍惚の表情でそれを受け入れた。
「さあ、始めようか! ……究極の実験を!」
黒い泥が、彼を飲み込んだ。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




