第十八話「摩天楼の亡霊」3
第三章 科学者の狂気
「……乗れッ!」
キリコ(九十九霧狐)の鋭い指示と共に、一行は通路の最奥に鎮座する巨大な貨物用エレベーターへと雪崩れ込んだ。 背後からは、ゴーストラインの増援部隊が放つ怒号と銃声が迫っていたが、ジン(夜刃迅)が操作パネルを叩き割り、強制閉鎖コードを打ち込むと、厚さ50センチの防爆扉が重苦しい音を立てて密閉された。
ドォォン……!
扉の向こうで爆発音がくぐもって響く。だが、鋼鉄の棺桶はビクともしない。 直後、浮遊感が胃袋を襲った。 エレベーターが、恐ろしい速度で下降を始めたのだ。
「……ふぅ。撒いたか」
チャーリー・Sが、床に座り込んで荒い息を吐いた。 彼のトレードマークであるアロハシャツはボロボロで、あちこちに焦げ跡がついている。 神獣である彼が疲労を見せるほど、この地下要塞の攻略は過酷だった。
「いえ、誘導されているのかもしれません」
エミル・ノスフェラトゥが、青ざめた顔で深度計を見上げた。デジタル表示される数字が、ものすごい勢いでカウントアップされていく。 地下500メートル、800メートル、1000メートル……。
「この深さは異常です。……まるで、地獄の底へ招待されているようだ」
「地獄なら慣れっこよ」
沈 黒燼が、壁に寄りかかりながら懐の煙草を取り出した。 だが、火をつける手は止まっていた。 この密室に充満し始めた、肌を刺すような高濃度の魔力――いや、人工的に生成された粒子の波動に、本能が警告を発していたからだ。
「……ジン。調子はどう?」
キリコが、翼を畳んでうずくまる相棒に声をかける。ジンは肩の傷――振動剣で切り裂かれたライダースの裂け目を手で押さえながら、ニヤリと笑ってみせた。
「悪くねえよ。……むしろ、エンジンの掛かりが良くなってきた」
「強がりね。……ルカちゃん、少し回復をお願い」
「はい!」
ルカ・ノクスが、ジンの肩に手をかざす。淡い金色の光が傷口を塞いでいく。その光を見つめながら、李 小蓮が不安げに呟いた。
「ねえ……この下に、本当にいるの? その、悪い博士」
「いるわ」
キリコは断言した。 彼女の『千里眼』は、分厚い岩盤の底に渦巻く、どす黒い因果の糸を捉えていた。 それは、10年前の「白紙の審判」から伸びてきた、決して断ち切れない執着の糸。
「そこに、全ての答えがある。……私たちが探している『道』も」
チン。
唐突に、軽やかな電子音が鳴った。深度計の表示は、地下2000メートルを示していた。 減速Gがかかり、エレベーターが静かに停止する。
「……来るぞ」
ジンが立ち上がり、汗を拭った。全員が武器を構え、魔力を練り上げる。重厚な扉が、左右にスライドして開いていく。 その隙間から溢れ出したのは、冷気ではなく、むせ返るようなオゾンの臭いと、紫色の不気味な光だった。
扉の向こうに広がっていたのは、地下とは思えないほど広大な、ドーム状の空間だった。天井の高さは100メートル以上あるだろうか。 壁面は六角形の防音パネルで埋め尽くされ、無数のパイプとケーブルが血管のように這い回っている。
そして、その中央。 鎮座していたのは、巨大なリング状の構造物だった。直径数百メートルに及ぶ、粒子加速器。だが、それは通常の科学施設にあるような無機質な機械ではない。加速器の表面には、緻密な魔術回路が刻み込まれ、パイプの中を流れるのは電子ではなく、液状化した高純度の魔素だった。
科学と魔術の悪魔合体。『世界線跳躍装置』。
紫色の光が脈打ち、ブォン、ブォンという重低音が、心臓の鼓動のように空間を震わせている。
「……ブラボー!」
静寂を破り、割れんばかりの拍手が響き渡った。 一行の視線が、加速器の手前に設置されたコントロールデッキへと吸い寄せられる。
そこには、二人の男が待っていた。
一人は、白衣を着た小柄な老人。 禿げ上がった頭に、ぐるぐると渦巻く厚いレンズの眼鏡。 その奥にある瞳は、理性という名のブレーキが壊れた、純粋な狂気の光を宿していた。
アークステイツ連邦科学顧問、ハインリヒ・オズシュタイン博士。
「素晴らしい! 実に素晴らしいスペックだ、異界のサンプルたちよ!」
オズシュタインは、まるで待ち焦がれた恋人を迎えるかのように両手を広げた。 スピーカーを通した彼の声は、歓喜に震え、歪んでいた。
「ゴーストラインを退け、ここまで辿り着くとはね。……想定以上の数値だ。これなら、実験の負荷にも耐えられるかもしれん!」
そして、もう一人。 オズシュタインの背後で、幽霊のように立ち尽くしている男がいた。黒髪に混じる白髪。やつれ果てた頬。 白衣のポケットに両手を突っ込み、猫背で俯いている日本人男性。
かつての皇国の天才、醍醐 京一。
「……ダイゴ、博士?」
キリコが呼びかける。ダイゴが、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、深い隈が刻まれている。 彼は、キリコたちの姿――特に、翼を持つジンや、獣の耳を持つキリコ、そして光を宿すルカの姿を見て、痛ましげに顔を歪めた。
「……なぜ、来た」
マイクを通さない、掠れた肉声。 だが、静まり返ったドーム内では、その声は痛いほど響いた。
「君たちが来る場所ではない。……ここは、墓場だ」
「墓場? ……違うな」
オズシュタインが、ダイゴの言葉を遮って笑った。
「ここは母の子宮だよ、ダイゴ君。……新しい神が産声を上げるためのね」
オズシュタインは、歪んだ笑みを浮かべたまま、キリコたちを見下ろした。 その視線は、人間を見るものではなく、実験動物を見る冷徹な観察者のそれだった。
「よく来てくれた。……君たちが持ってきた『鏡』と『花』。そして、君たち自身の肉体。……私の研究の、最後のピースだ」
ダイゴは答えなかった。 ただ、沈痛な面持ちでキリコたちを見つめ、そして――微かに、首を横に振った。
その目は、語っていた。「来るな」。 「逃げろ」。 あるいは、「助けてくれ」と。
「……話が通じる相手じゃなさそうね」
キリコは、ジンに目配せをした。 交渉決裂。ならば、実力行使あるのみ。
「アンタの妄想に付き合うつもりはないわ。……ダイゴ博士と、装置のデータを頂いていく」
ジンが翼を広げ、殺気を放つ。 キリコが呪符を構え、仲間たちが武器を手に取る。
最終決戦の舞台。 科学の狂気と、異能の意志が激突する直前。 ドーム内の空気が、張り詰めた糸のように軋んだ。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




