第十八話「摩天楼の亡霊」2
第二章 鋼鉄の死闘
地下鉄の廃トンネル。 湿った風が吹き抜ける広大な闇は、瞬く間に光と轟音が支配する坩堝と化した。 かつて多くの市民を運んだであろう鉄路の上で、世界を裏から操る二つの力が、火花を散らして激突する。
「学習しないな、原住民!」
ガブリエル・ストラドが、パワードスーツのスラスターを噴射させ、床を滑るように踏み込んだ。 彼が構えるのは、高周波振動剣『ハウリングゼロ・ブレード』。刀身は目視不可能な速度で振動し、周囲の大気を切り裂くことで、キィィィィという不快な高音を撒き散らしている。 それは、触れるもの全ての分子結合を強制的に解離させる、防御不能の科学魔剣。
「……ッ、速え!」
ジン(夜刃迅)がバックステップでかわそうとするが、ガブリエルの踏み込みはそれを上回る。 銀色の刃が、ジンの鼻先を掠めた。ただ風圧に触れただけで、ジンの頬の皮膚が裂け、鮮血が舞う。
「前回の戦闘データは解析済みだ。貴様の翼の硬度、反応速度、その全てが私のライブラリにある」
ガブリエルは無機質な声で告げた。その言葉は、勝者の余裕に満ちていた。 以前の戦いでは、ジンの翼はこの刃に削り取られ、敗北寸前まで追い込まれた。物理的な硬度では、振動による分解には勝てない。それが物理法則だ。
ガブリエルが手首を返し、追撃の横薙ぎを放つ。ジンは逃げ場を失い、背中の黒い翼を盾にするしかない。
「無駄だ! その翼ごと切り刻む!」
ギャギィィィィン!!
振動剣と鋼鉄の翼が接触した瞬間、地下道が震えるほどの衝撃音が響き渡った。 火花が散り、ジンの翼の表面が削り取られていく。予想通りの結果――のはずだった。
だが。
「……学習するのは、テメェら機械だけじゃねえんだよ!」
ジンは、翼を引かなかった。むしろ、さらに前へと押し込んだ。
「なッ……!?」
ガブリエルが驚愕する。 剣が、翼に食い込まない。 いや、食い込むどころか、剣の振動が翼に「吸い取られて」いる。
ジンは、翼の性質を変えていた。鋼鉄のような「剛」ではなく、水銀のような「柔」へ。 翼の表面をナノ単位で波打たせ、振動剣の周波数に合わせて共振させることで、その破壊エネルギーを相殺し、拡散させているのだ。 それは、チャーリー・Sの水流操作と、虹海で見た四神の戦いから盗んだ、ジンなりの「学習」の成果。
「振動ってのはな……止めるんじゃねえ。合わせるんだよ!」
ジンが吼える。 翼が生き物のようにうねり、ガブリエルの剣を絡め取った。
「馬鹿な……! 数値エラー!? 振動係数がゼロに……!」
「硬いだけが能じゃねえんだよ、石頭!」
ジンが回転する。遠心力を乗せた、漆黒の旋風。
「『堕天の斬撃』・流ッ!!」
絡め取った剣ごと、ガブリエルの体勢を崩し、翼を鞭のようにしならせて叩きつける。
ズバンッ!!
「ぐあぁぁぁッ!?」
ガブリエルの装甲が、内側からの衝撃に耐えきれず弾け飛んだ。 鋼鉄の巨体が吹き飛び、トンネルの壁に激突して火花を散らす。
一方、トンネルの上空空間。 重力制御で浮遊するカイ・マーデンが、背中のコンテナをパージした。
「Target locked. ……殲滅する」
中から溢れ出したのは、数百機にも及ぶ極小の自律攻撃ドローン『ナイトマウス』。それらは蜂の群れのように不規則な軌道を描きながら、全方位から一斉にレーザー照準を合わせる。逃げ場のない、光の檻。
その中心に、一人の少女が立っていた。
「鬱陶しいな! ……ハエがいっぱい!」
李 小蓮が、真紅の拳法着を翻して空を舞う。 背中には、炎で織られた朱雀の翼が揺らめいている。彼女は単独で、数百の殺意と対峙していた。
「Analysis(分析):個体名『朱雀』。高熱源体を確認。……冷却弾、装填」
カイがドローンのモードを切り替える。 対熱防御用の凍結弾が、シャオに向けて一斉発射される。
「冷たいのは嫌いだよ!」
シャオが頬を膨らませる。 彼女は、大きく息を吸い込んだ。肺の中で、膨大な魔力が燃焼する。 かつて辰巳響を救うために振るった炎。そして、亡き先代・朱雀から受け継いだ業火。それらが混ざり合い、臨界点を超える。
「全部……燃えちゃえッ!!」
「『朱雀・紅蓮舞』!」
シャオが両手を広げ、独楽のように回転した。 その全身から、太陽のフレアのような炎の渦が爆発的に広がった。 それは火炎放射などという生易しいものではない。空間そのものを灼熱の地獄へと変える、熱の大津波。
ボオオオオオオオッ!!
「Thermal runaway detected(熱暴走を検知). ……回避不能!」
カイが叫ぶが、もう遅い。炎の渦が、迫りくる凍結弾を蒸発させ、数百のドローンを一瞬にして飲み込んだ。 精密機械であるドローンたちは、熱に耐えきれず次々と誘爆し、赤熱した鉄屑となってバラバラと降り注ぐ。 それはまるで、地下に降る流星群のようだった。
「チェックメイトよ、メカのお兄さん」
炎の晴れ間から、シャオがカイを見下ろしていた。空を支配する朱き鳥の前では、最新鋭の兵器も玩具に過ぎない。
そして、地上戦。 最も激しい振動が、トンネルの基盤を揺るがしていた。
「小細工など! ……力で押し潰してくれる!」
ゴーストライン隊長、イーヴォ・ハーケン。 彼のパワードスーツは、他の隊員とは一線を画す重装甲タイプだ。両肩には対戦車キャノン砲、両腕には巨大なパイルバンカー。 まさに、歩く要塞。 彼が突進するだけで、コンクリートの床が粉砕されていく。
「ヒャッハー! 元気がいいな大将!」
チャーリー・Sが、笑いながら前に出る。 彼は地下水脈から汲み上げた大量の水を操り、幾重もの「水の壁」を展開してイーヴォの進撃を阻む。
ドゴォォン!!
イーヴォのパイルバンカーが、水の壁を突き破る。水飛沫が弾け、霧となって視界を覆う。
「水など! この火力の前では蒸発するのみ!」
イーヴォがキャノン砲を発射する。熱線が水を蒸発させ、チャーリーへと迫る。
「おっと、危ねぇ!」
チャーリーは水の膜を鏡のように使い、熱線を屈折させて回避する。 だが、イーヴォの突進は止まらない。 距離が詰まる。
「……力任せね。美しくないわ」
その時。水蒸気の霧の中から、気だるげな声が響いた。 沈 黒燼だ。彼女は、激戦の最中とは思えないほど優雅な足取りで、イーヴォの側面に回り込んでいた。口元には、いつものように紙巻きたばこがくわえられている。
彼女は、腰の直刀に手を掛けた。 抜刀の構え。だが、その切っ先はイーヴォに向けられていない。 彼女が狙っているのは、イーヴォが存在する「空間」そのもの。
「消えなさい」
《断界刃》・居合。
シェンが刀を抜き放った瞬間、世界に黒い線が走った。 それは、空間の断裂。次元の縫い目を強制的に切り開く、防御不能の斬撃。
ザンッ!!
音が遅れて響く。イーヴォの進行ルート上の空間が、ごっそりと「ズレた」。
「なッ……!?」
突進していたイーヴォの足元に、唐突に落とし穴のような空間断裂が出現したのだ。バランスを崩す巨体。重装甲が仇となり、彼は慣性を殺しきれずに前のめりに倒れ込む。
「今よ、チャーリー!」
「おうよ! ……水葬の時間だ!」
チャーリーが両手を叩き合わせる。霧散していた水蒸気が一気に凝結し、巨大な水流の槍となって、体勢を崩したイーヴォに降り注いだ。
ドォォォォン!!
「ぐぅッ……!?」
数トンの水圧が、イーヴォを床に縫い付ける。さらに、チャーリーが冷気を送り込むと、水は瞬時に凍結し、隊長機を氷の棺桶の中に閉じ込めた。
物理(水圧)と異能(断界)のコンビネーション。 最強の部隊長は、指一本動かせない氷像となって沈黙した。
静寂が戻る。床には氷漬けの隊長と、破壊されたパワードスーツの残骸が転がり、空からはドローンの残骸が雨のように降っている。
ジンが、翼を畳んで着地した。肩で息をしながら、仲間たちを見回す。
「……へっ。片付いたな」
「ええ。……思ったより頑丈だったけど」
キリコ(九十九霧狐)が、瓦礫の陰から出てきた。彼女は戦闘には参加せず、『千里眼』で全体の戦況を把握し、インカムで的確な指示を出し続けていたのだ。全員が無事であることを確認し、彼女は通路の奥を指差した。
「行きましょう。……エレベーターは、この先よ」
敵を無力化し、ついに最深部へのルートが開かれた。 そこには、この国の狂気を支配する科学者と、彼らが探す「鍵」が待っている。
7人は、傷ついた体を互いに支え合いながら、暗い通路の奥へと歩き出した。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




