第十七話「境界の科学者」2
第二章 狂気の頭脳
「……醍醐先生」
スクリーンに映し出された男の顔写真を見て、皇立魔科学研究所の鷹宮 恒一が、絞り出すような声を上げた。 彼は震える手で眼鏡の位置を直し、複雑な表情でモニターを凝視する。そこには、師への敬愛と、超えてはいけない一線を超えてしまった者への軽蔑が入り混じっていた。
「……知ってるのか?」
ジン(夜刃迅)が問う。
「はい。……10年前、あの烏丸保憲の秘密研究所に所属し、その後は皇立魔科学研究所で次元物理学を研究していた天才です。……私の師でもあります」
鷹宮は、悔しそうに拳を握りしめた。
「彼は誰よりも純粋な研究者でした。誰よりも早く『白紙の審判』の真実に気づき、この世界が書き換えられたパラレルワールドであることを証明しようとしていました。……ですが」
「この国の倫理規定では、あの方の実験は許されなかった」
常盤 宗一郎が、重々しく言葉を継いだ。
「次元の壁に干渉することは、新たな崩壊を招く危険がある。……政府は彼の研究を凍結した。だから彼は、自らの意志で海を渡ったのだよ」
「……亡命か」
キリコ(九十九霧狐)が眉をひそめる。
「ええ。……アークステイツ連邦の科学顧問、ハインリヒ・オズシュタイン博士からの誘いを受け、国を捨てました」
鷹宮の声が震える。師が去った日のことを思い出しているのだろう。『真理のためなら、悪魔とも手を組む』と言い残して去った背中を。
「オズシュタイン……。あのアークステイツの頭脳か」
沈 黒燼が、紫煙を吐きながら口を挟む。
「似たもの同士が手を組んだってわけね。……ろくでもない化学反応が起きそう」
「ご名答だ」
常盤が、モニターの画像を切り替えた。衛星写真に映し出されたのは、荒野の真ん中に存在する、巨大なクレーターのような施設。 無数の対空砲火と、幾重もの電磁バリアに守られた、難攻不落の要塞。
「現在、ダイゴはアークステイツの最重要機密施設……通称『エリア666』にいる」
「エリア666……」
ルカ・ノクスが、不吉な数字を復唱して身震いする。
「そこで彼らは、ある装置の開発を主導している。……その装置の名は、『世界線跳躍装置』」
「トランス……ロケーター?」
「理論上、多重次元の座標を演算し、物理的なトンネルを安定させる装置だ。……もしこれが完成していれば、君たちが持ち帰った『鏡の核』をエネルギー源として組み込むことで、安全にパラレルワールドへの扉を開くことができる」
パズルが埋まった。花が道標となり、鏡が動力源となり、そして装置が鍵となる。 三つが揃って初めて、奇跡は再現可能となる。
「で? その博士と装置は、その『エリア666』のどこにあるんだ?」
ジンが尋ねる。常盤は、地図の深部――地下数百メートルの区画を指し示した。
「最深部だ。……彼はそこで、厳重な警備の下で研究を続けている。表向きは『保護』だが、実態は軟禁に近いだろう」
「……公式に引き渡しを要求すれば?」
「戦争になる」
常盤は、申し訳無さそうに頭を下げた。
「アークステイツは、この技術を軍事転用するつもりだ。……外交ルートでの交渉は不可能。大統領としての立場では、これ以上動けない」
そこから先は、法を無視できるアウトローの領分だ。
「君たちに頼むしかない。……非公式に潜入し、ダイゴ博士と装置を確保してほしい」
「……確保、ねえ」
チャーリー・Sが、ニヤリと笑った。
「要するに、世界最強の軍事国家の心臓部から、最高機密を盗み出せってことか? ……へっ、誘拐と強盗かよ」
「人聞きが悪いわね」
キリコが、不敵な笑みを浮かべて訂正する。
「『配送』よ。……依頼人の元へ、荷物を届けるだけ」
「悪くねえ。……運び屋の仕事じゃねえが、世界を救うためだ。目をつぶろうぜ」
ジンが肩を鳴らす。その横で、エミル・ノスフェラトゥも決意を込めて一歩前に出た。
「僕も行きます。……父様が遺した鏡を、正しく使うためにも……僕が責任を持って届けます」
「私も行くわ!」
李 小蓮が、元気よく手を挙げる。
「朱雀の翼なら、アメリカの空だってひとっ飛びだよ! ……ね、いいでしょ?」
「……仕方ないわね。お守りしてあげるわ」
シェンが、やれやれといった風情で煙草をもみ消した。全員の意志は固まっていた。 ここまで来て、引く理由など何もない。
「出発は、三日後だ」
常盤が告げた。
「アークステイツへの渡航手段――最新鋭のステルス輸送機の手配と、君たち全員分の偽造パスポートの作成に時間が必要だ。……それまで、英気を養ってくれ」
「了解しました。……行くぞ、みんな」
キリコの号令で、会議は解散となった。
数時間後。 7人は、久しぶりに『黒狐便』の事務所へと戻っていた。不死川の雑居ビル。錆びついたドアを開けると、そこには懐かしい匂いが充満していた。 黴臭い空気と、積み上がった段ボール。オイルの匂い。何も変わらない、薄汚れた日常の風景。
「……ただいま」
キリコが電気をつける。 チカチカと明滅する蛍光灯の下、全員が思い思いの場所に座り込む。
「狭いけど、我慢してね。……とりあえず、何か食べる?」
キリコの言葉に、シャオとルカが目を輝かせた。
「ピザ! デリバリーピザが食べたいです!」
「あ、私はチーズたっぷりのやつがいい! ……あとコーラも!」
「へいへい。……今日は特大サイズを頼むか」
ジンは、ガレージスペースに置かれた『黒狐号』のカバーを外し、愛車との再会を無言で喜んでいた。タンクを撫でるその横顔は、戦士ではなく、ただのバイク好きの青年のものだった。
「……相棒。留守にして悪かったな」
「あらあら。……ここが貴女たちの城なのね」
シェンは窓辺に腰掛け、外の夜景を眺めながら缶ビールを開けた。チャーリーも冷蔵庫を漁り、賞味期限ギリギリのチーズを見つけて歓声を上げている。
「……ふふっ」
エミルが、その騒がしい光景を見て微笑んだ。嵐の前の静けさ。世界を敵に回す前の、束の間の休息。 最強のチームが、狭い部屋で身を寄せ合う、温かくて騒がしい夜が更けていく。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




