第十七話「境界の科学者」1
第一章 帰還、そして鉄のカーテン
東鳳海。 魔都・虹海を出航した高速船は、エンジンを限界まで唸らせ、漆黒の波を切り裂いて疾走していた。だが、その進路を塞ぐように、水平線から無数の黒い船影が亡霊のように浮かび上がった。
凰華共和国海軍・第3艦隊。 駆逐艦、巡洋艦、そして空母までもが隊列を組み、鉄壁の包囲網を敷いている。さらに、上空からは国家治安局『黒冠』の戦闘道士たちが、巨大な鳥型の式神に乗って降下してくる。
『通告する。貴船は国家反逆罪に問われている。……直ちに停船し、投降せよ』
拡声器を通した指揮官の冷徹な声と共に、艦砲射撃が開始される。
ズドドドドン!!
着水した砲弾が巨大な水柱を上げ、船体を激しく揺さぶる。逃げ場はない。海も空も、鉄と魔術のカーテンで閉ざされている。
「……しつこい客だこと。ストーカーは嫌われるわよ」
甲板で海風に吹かれていた沈 黒燼が、吸っていた煙草を指先で弾き飛ばして立ち上がった。彼女は黒い道士服の裾をまくり、腰の直刀に手を掛ける。 その瞳に、嗜虐的で、どこか退屈しのぎを楽しむような光が宿る。
「シャオ、行くわよ。……派手に燃やしてやりなさい」
「了解! ……朱雀の炎、見せてあげる!」
李 小蓮が、真紅の翼を広げ、空へと舞い上がる。 彼女の全身から放たれた業火が、夜空を赤く染め上げる。
「燃え尽きろォッ!!」
シャオが両手を突き出すと、巨大な火球が護衛艦の主砲塔を直撃し、飴細工のように溶解させた。爆発。黒煙。混乱する敵艦隊。
「そこよ!」
シェンが抜刀する。
《断界刃》。
彼女が一閃すると、空間そのものが切り裂かれ、襲い来る式神の群れが、紙切れのように分断されて消滅した。物理的な距離を無視した斬撃が、包囲網に風穴を開ける。
「今だ! 全速前進!」
船長室からの号令で、高速船はエンジンを吹かし、黒煙を上げる艦隊の隙間をすり抜けた。圧倒的な火力と異能。 二人の活躍により、一行はついに皇国の領海――「鉄のカーテン」の内側へと滑り込んだ。
夜明け前。 皇国領内の港湾施設に極秘裏に接岸した一行を待っていたのは、数台の黒塗りの高級セダンだった。ヘッドライトを消し、雨音だけの静寂の中に佇む鉄の塊たち。
「……お迎えに上がりました」
耳にインカムを付けたSPたちが、恭しくドアを開ける。キリコ(九十九霧狐)、ジン(夜刃迅)、ルカ・ノクス、エミル・ノスフェラトゥ、チャーリー・S、そしてシェンとシャオ。総勢7名の「運び屋」たちは、分乗して車に乗り込んだ。
車列は、首都高速を滑るように走る。窓の外を流れるのは、眠らない街・東帝都の摩天楼。酸性雨に濡れたアスファルトが、街灯の光を反射して血管のように輝いている。
「……帰ってきたな」
ジンが、革張りのシートに深く身を沈めながら呟く。隣にはキリコが座り、窓の外を流れる景色を見つめていた。 ノクタルニアの霧、鳳京のネオン、虹海の熱気。それらを経て戻ってきた故郷は、以前よりも少しだけ小さく、そして愛おしく見えた。
車列は、都心の中枢――無我陀町へと入る。政治と権力が集中する、この国の心臓部。 厳重な検問をフリーパスで通過し、車は政府官邸の地下駐車場へと吸い込まれていった。
地下深く。対核シェルターを改装した特別作戦室。重厚な扉が開かれると、そこには一人の老紳士が待っていた。
皇国大統領、常盤 宗一郎。
「……よく戻った、若き英雄たちよ」
常盤は、椅子から立ち上がり、彼らを迎えた。 その表情には、安堵と、それ以上の深い敬意が刻まれている。
コンクリート打ちっぱなしの無機質な部屋。 巨大な円卓を囲み、キリコたちは席に着いた。テーブルの上には、この旅で集めた三つの「鍵」が並べられている。
天帝・昊天から託された、透き通るような『白彼岸花』の球根。 ノクタルニアから持ち帰り、虹海の龍脈でチャージされた『次元の鏡の核』。 そして、ミサイア共和国首相・ルシウスからの『親書』。
「……見事だ」
常盤が、感嘆の息を漏らした。彼は、並べられたアイテムを一つ一つ確認し、そしてキリコたちの顔を見渡した。
「出発した時は二人だったが……随分と賑やかになったな」
「ええ。道中、色々と拾いましてね」
キリコが肩をすくめる。エミルが緊張した面持ちで頭を下げ、ルカがスカートの端を握りしめている。 シャオは興味津々に会議室の設備をキョロキョロと見回し、シェンは退屈そうに足を組んで紫煙をくゆらせている。
「報告は聞いているよ。……これだけのメンバーを束ね、ここまで辿り着いた君たちは、間違いなく彼女らの『意志』を継いでいる」
常盤は表情を引き締め、キリコから渡されたルシウスの親書の封を切った。 最高級の紙に記された、盟友からのメッセージ。 彼はそれを黙読し、深く、重く頷いた。
「……ルシウス首相は、全面的な協力を約束してくれた。『彼女たちを取り戻すためなら、どんなリスクも冒す覚悟がある』とな」
常盤は親書をデスクに置き、背後に控えていた一人の男を紹介した。白衣を着た、神経質そうな若い研究員。瓶底眼鏡の奥の瞳は、知的好奇心でギラギラと輝いている。
「紹介しよう。皇立魔科学研究所の主任研究員、鷹宮 恒一君だ。……この国の頭脳だよ」
「よ、よろしくお願いします……!」
鷹宮は緊張した様子で頭を下げたが、すぐにテーブルの上の『鏡の核』と『白彼岸花』に食いついた。
「す、素晴らしい……! これが伝説の魔導器と、因果の結晶……! 理論上、存在することさえ疑わしかった物質が、ここに……!」
彼はブツブツと数式を呟きながら、持参した計測器でデータをスキャンし始めた。
「鷹宮君。……結論を聞かせてくれ。これで、次元の壁は超えられるのか?」
常盤の問いに、鷹宮は顔を上げた。 その表情は、科学者としての絶望と希望が入り混じった複雑なものだった。
「……素材は完璧です。エネルギー密度も、座標固定用のアンカーも申し分ない。……ですが」
鷹宮は、空中にホログラムの図式を展開した。
「『システム』が足りません。……莫大なエネルギーを制御し、次元の裂け目を安定させ、人間を分解せずに転送するための『変換装置』が、現代の皇国の技術では作れないのです」
「……やっぱり」
キリコが頷く。エネルギーと扉があっても、それを回すエンジンがない。 このまま起動すれば、制御不能の力が暴走し、東帝都ごと異次元の彼方へ消し飛ぶだろう。
「僕たちにできるのは、理論の構築までです。……ハードウェアを実装できる人間は、この世界に一人しかいません」
鷹宮が、悔しげに唇を噛む。
「……その通りだ」
常盤は重々しく頷き、モニターを操作した。スクリーンに映し出されたのは、一人の男の顔写真だった。
白髪交じりの乱れた髪。白衣。その瞳は、狂気と理性の境界線上で揺らめく、底知れない深淵の色をしていた。
「……この男を知っているかね?」
「いいえ。……誰?」
常盤が静かに告げた。
「醍醐 京一。通称、ドクター・ダイゴ」
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




