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リコリス・マッドポップ・サンサーラ  作者: ネオもろこし
白い彼岸花(ボーダーブレイク)編

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第十六話「朱き鳥のわがままと東への帰還」1

第一章 魔都の休息


 鳳京(フォンジン)を脱出した一行は、鳳華中央鉄道の特別急行に乗り込み、大陸を東へとひた走っていた。 流線型の車体が風を切り、防音ガラスの向こうで荒野の風景が飛ぶように過ぎ去っていく。


 一等客室のコンパートメント。 そこには、奇妙な静寂と、安堵の空気が漂っていた。


「……ふぅ。やっと一息つけるわね」


 沈 黒燼(シェン・ヘイジン)が、深々とソファに身体を沈め、安煙草に火をつけた。紫煙がゆらりと立ち昇る。彼女は黒い道士服をルーズに着崩し、窓の外を眺めていた。その横顔は退廃的で、どこか久遠灯(くおん あかり)の影を彷彿とさせる。


「助かりました、シェンさん。……貴女がいなければ、鳳京の検問は抜けられませんでした」


 ルカ・ノクスが、ポットからジャスミン茶を注ぎながら礼を言う。彼女の膝の上には、父から託された聖銀の短剣が置かれている。幾多の戦いを経て、少女の顔には戦士の覚悟が宿り始めていた。


「礼には及ばないわ。……私も、あのカビ臭い古都には飽き飽きしていたところよ」


 シェンは笑い、差し出された茶を受け取った。


 向かいの席では、キリコ(九十九霧狐)とジン(夜刃迅)が、テーブルに広げた地図を睨んでいる。 その横には、エミル・ノスフェラトゥが座り、黒いケースに入った『鏡の核』を心配そうに撫でていた。


「……それにしても、派手にやったもんだ」


 チャーリー・Sが、ビール缶を片手に呆れたように言う。


「黒冠(ヘイグアン)の本部地下に侵入して、龍穴のエネルギーを盗み出すなんざ、前代未聞だぜ」


「盗んだんじゃないわよ。……ちょっと充電させてもらっただけ」


 キリコが肩をすくめる。 鳳京での隠密作戦は、シェンの協力と、キリコの『千里眼』、そしてジンの突破力が噛み合い、奇跡的な成功を収めた。 だが、追っ手が完全に撒けたわけではない。列車は、逃げるように東へ、魔都・虹海へと急いでいる。


「……エミル。体調はどうだ?」


 ジンが声をかけると、エミルは顔を上げた。吸血鬼である彼にとって、日中の移動、それも聖気の強い大陸東部への旅は負担が大きいはずだ。


「平気です、ジンさん。……懐かしいんです」


 エミルは、窓の外――近づいてくる虹海の気配を感じ取っていた。


「10年前……僕たちが世界を救うために奔走した、あの熱気が蘇ってくるようです。……また、みんなに会えるんですね」


「ああ。……爺さんたちも、首を長くして待ってるはずだ」


 汽笛が鳴る。 列車は長いトンネルを抜け、ついにその全貌を現した。 海岸線に広がる、巨大な不夜城。 極彩色のネオンと、欲望の蒸気が渦巻く街。


 魔都・虹海(ホンハイ)。


 港湾地区、下層スラム『澱河(ヨドミガワ)』。 湿気とスパイス、そして路地裏特有の鉄錆の匂いが混じり合う雑踏を、一行は進んだ。 スラムの住人たちは、チャーリーとシェンを見て道を開ける。この街において、彼らは歩く災害のようなものだ。


 馴染みの赤提灯が見えた。湯気が立ち上る屋台。 そこには、変わらない頑固そうな背中があった。


「……へい、お待ち!」


 陳 幽寂(チェン爺)が、中華鍋を振るっている。 キリコが暖簾をくぐると、老人は動きを止め、ゆっくりと振り返った。


「……遅かったのう、運び屋」


 チェン爺の顔が、皺くちゃに綻んだ。それは、四神・白虎としての顔ではなく、孫の帰りを待つ祖父の顔だった。


「ただいま、チェン爺さん。……お腹、空いちゃった」


「おう、おう。……腹一杯食わせてやるわい」


 だが、その視線がシェンに向けられると、チェン爺は目を丸くした。


「……おいおい。なんじゃその物騒な連れは」


「久しぶりね、白虎の爺さん。……ラーメン、一杯奢ってくれない? チャーシュー増しで」


「……あい分かった。毒は入れんから安心せい」


 チェン爺は苦笑し、手早く麺を茹で始める。屋台の奥には、既に二人の先客が待っていた。青いチャイナドレスの美女、王 麗琳(リーリン)。 そして、真紅の拳法着の少女、李 小蓮(シャオ)。


「おかえりなさい、キリコさん、ジンさん!」


 シャオが元気に手を振り、飛びついてくる。 リーリンは静かに立ち上がり、微笑んだ。


「無事だったようね。……チャーリーも、ご苦労様」


「へっ。子守も楽じゃねえよ」


 チャーリーがサングラスを外し、ビールジョッキを掲げる。全員が席に着く。 ジンとルカは、旅の疲れを癒やすように出された点心を頬張る。そして、エミルがゆっくりと進み出た。


「……お久しぶりです」


 エミルは、リーリンとシャオ、そしてチェン爺に向かって、深々と頭を下げた。 ノクタルニアの王としての礼節。 そして、かつて共に死線をくぐり抜けた戦友への敬意。


「エミル……。大きくなったわね」


 リーリンが、エミルの肩に手を置いた。 10年前、アギトの丘で別れた時は、まだ怯える少年だった。だが今の彼は、数千年の歴史を持つ一族を背負う、立派な当主の顔をしている。


「ええ。……貴女方も、お変わりなく」


 エミルは、変わらぬ姿のリーリンとシャオを見て、少しだけ寂しそうに、けれど嬉しそうに微笑んだ。 時が止まった神々と、時を重ねて強くなった吸血鬼。


「よくぞ、生きて戻った」


 チェン爺が、エミルの背中をバンと叩いた。その衝撃にエミルがよろめくと、店内に笑いが起こった。 久しぶりの再会。そして、生きて戻れた安堵感。 殺伐とした旅の中で、ここだけが温かい「食卓」だった。


 食後、キリコはこれまでの経緯を説明した。 ノクタルニアで『次元の鏡の核(コア)』を手に入れたこと。 鳳京で『天龍穴』を使って核を修復したこと。 そして、懐には天帝から託された『白彼岸花(ホワイト・リコリス)』があること。


「……なるほどな。材料は揃ったわけじゃ」


 チェン爺がキセルを吹かし、紫煙を吐き出す。テーブルの上には、黒いケースに入った鏡の核が置かれている。鳳京でのチャージにより、ひび割れは塞がり、安定した輝きを取り戻している。 だが、まだ足りない。次元の壁をこじ開けるには、もう一段階、エネルギーの密度を高める必要がある。


「リーリンさん。……お願いします」


 エミルが、ケースを開けた。 漆黒の結晶体が、妖しく脈動している。


「ええ。……任せて」


 リーリンが立ち上がった。彼女の全身から、青いオーラが立ち昇る。 新生・青龍の権能。 大気、大地、そして海。虹海という土地そのものを流れる龍脈を、彼女は自在に操ることができる。


「風よ、地脈よ。……集え」


 リーリンが、核にかざした手をゆっくりと下ろす。


 ゴォォォ……ッ。


 屋台の周囲、いや、虹海全体の風向きが変わった。 大気中のマナが渦を巻き、一点に収束していく。 青い光の粒子が、雪のように降り注ぎ、黒い結晶へと吸い込まれていく。


「……すごい」


 ルカが息を呑む。 鳳京の『天龍穴』が荒ぶる大河のようなエネルギーだとすれば、リーリンの操る気は、精緻に研ぎ澄まされたレーザーのような純度を持っていた。


 キィィィィン……!


 核が共鳴音を上げ、黒かった結晶が、青白く発光し始めた。内部で銀河が回転しているかのような、底知れない魔力の貯蔵。 チャージ完了。 これで、鏡の核は完全な状態に戻った。


「……ふぅ。これで十分かしら」


 リーリンが息を吐き、椅子に戻る。額には玉のような汗が浮かんでいた。


「ありがとう、リーリンお姉ちゃん!」


 シャオが冷たいお茶を差し出す。 これで、準備は整った。あとは、これをどう使うかだ。


「だが、どうやって使う? ……鏡の核と花があっても、それだけで次元の扉が開くわけではなかろう」


 チェン爺の鋭い問いに、キリコは頷いた。 道具は揃ったが、それを起動させるための「術式」や「制御装置」が欠けている。 エミルの知識だけでは、大陸規模の術式を構築するには不十分だ。 現代の科学と、古代の魔術を融合させる「何か」が必要だ。


「ええ。……だから、一度東帝都へ戻ります」


 キリコは、東の方角――海の向こうにある故郷を見据えた。 そこには、この世界の最高権力者・常盤大統領がいる。


「常盤大統領に報告して、知恵を借りるわ。……皇国の魔導科学研究所なら、この核を解析して、起動させる方法が見つかるかもしれない」


 まずは拠点に戻り、体勢を立て直す。 それが最善の策だ。


「……ふむ。悪くない判断じゃ」


 チェン爺が頷く。だが、リーリンが表情を曇らせた。 彼女は、懐から端末を取り出し、ホログラム映像を空中に投影した。


「でも、海を渡るのは骨だわ。……見て」


 映し出されたのは、最新のニュース映像。凰華共和国軍の艦隊が、東シナ海を埋め尽くすように展開している様子だった。


「鳳京での騒ぎで、黒冠(ヘイグアン)が国境と港を厳重に封鎖しているの。……『テロリストの逃亡を許すな』ってね」


 臨検体制は最高レベル。 民間の船舶はもちろん、密輸船のルートも完全に遮断されている。海も、空も、黒冠の監視網の中だ。


「空路も陸路も塞がれている。……どうやって脱出する?」


 リーリンの問いに、重苦しい沈黙が流れた。 ここまで来て、袋小路か。ジンが焦燥に駆られてテーブルを叩こうとした、その時。


「……なら、燃やしちゃえばいいじゃない!」


 元気な声が、沈黙を破った。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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