第十四話「霧の森の吸血鬼王」2
第二章 霧の森の王
「……誰だ?」
ジン(夜刃迅)が、痛む肩を押さえながら呻いた。 霧の中から現れたその青年は、この世ならざる美貌と、凍てつくような冷気を纏っていた。月光のような銀髪。血のように深く、静謐な真紅の瞳。漆黒のマントを夜風に翻すその姿は、お伽噺に出てくる「吸血鬼の貴公子」そのものだったが、彼から放たれるプレッシャーは、そんな甘いものではなかった。生物としての格が違う。本能が告げている。この男は、自分たちとは違う時間を生きている「上位種」だと。
「……エミル、なのか?」
静寂を破ったのは、チャーリー・Sだった。彼はサングラスをずらし、信じられないものを見るように青年を凝視していた。
彼の記憶にあるエミル・ノスフェラトゥは、いつも何かに怯え、誰かの後ろに隠れている、ひ弱で頼りない少年だった。 太陽に焼かれ、血を吸うことさえ満足にできない、吸血鬼の落ちこぼれ。だが、今、霧の中に立っている青年は、そんな面影を微塵も感じさせない。 その身から放たれるのは、圧倒的な静謐さと、不可侵の領域を主張する絶対的な威圧感。 それはまさしく、かつてこの地を支配していた真祖ヴィクトルの面影そのものだった。
「久しぶりですね、チャーリーさん」
エミルは、戦場の喧騒など意に介さず、チャーリーに向かって優雅に一礼した。 その仕草は洗練され、王族としての気品に満ちていた。
「少し、遅くなりました。……来客の準備に手間取ってしまいまして」
「遅いなんてもんじゃねえぞ! ……だが、いい時に来た!」
チャーリーが安堵の息を吐く。キリコとジンは、顔を見合わせた。 チャーリーの知り合い?10年前の生き残りか?
「貴様……何者だ!」
アークステイツ連邦『ゴーストライン』の隊長、イーヴォ・ハーケンが銃口を向ける。 分析不能。 彼のゴーグルには、エミルの戦闘力はおろか、存在自体がエラーとして表示されていた。サーモグラフィーにも反応がない。体温がないのだ。 この森において、彼は物理法則の外側にいる。
「私はエミル・ノスフェラトゥ」
エミルは微笑んだまま、右手の指をパチンと鳴らした。 乾いた音が、霧の中に波紋のように広がる。
「この森と古城を守る、ノスフェラトゥ家の当主です」
それが、合図だった。
ザザザザッ……!!
森が、蠢いた。 ただの植物ではない。数千年の時を吸血鬼と共に過ごし、魔力を吸って育った古木たちが、意思を持ったかのように動き出したのだ。 根が地面を隆起させ、枝が触手のように伸びる。
「な、なんだ!?」
「地面が……動いてる!?」
パワードスーツの隊員たちが悲鳴を上げる。 足元の地面が液状化し、泥沼となって彼らの鋼鉄の足を飲み込んでいく。 もがけばもがくほど沈んでいく、底なしの沼。最新鋭のスラスターも、泥に絡め取られて機能しない。
「濃霧、質量増大。……視界ゼロ!」
さらに、乳白色の霧が粘度を増し、物理的な拘束力を持って敵兵にまとわりついた。 呼吸を阻害し、動きを封じる「生きた霧」。
「この森は、ノスフェラトゥ家の結界そのもの。……僕の庭です」
エミルが、細剣の切っ先を地面に向けた。 その瞳が、赤く輝く。
「迷い込んだが最後……僕の許可なく出ることはできません」
固有能力《霧の迷宮》。
エミルの魔力は、父・真祖ヴィクトル譲りの「空間支配」。この森の中において、距離も、方向も、時間さえも、彼の意のままに書き換えられる。 北へ向かえば南へ戻され、直進すれば同じ場所を回る。
「くっ……! 撤退だ! 全機、離脱せよ!」
イーヴォが叫ぶが、もう遅い。 彼らが逃げようとした方向には、いつの間にか断崖絶壁が出現していた。右を向いても、左を向いても、同じ景色が続く無限回廊。ゴーストラインの精鋭たちは、完全なる迷子となっていた。
「あら。……随分と生意気な坊やね」
凰華共和国『黒冠』の夜 華琳が、扇子を開いて笑う。 彼女は影の魔獣を使役し、霧を切り裂こうとする。
「影よ、喰らい尽くせ!」
「無駄ですよ」
エミルが、静かに告げた。 影の魔獣がエミルに飛びかかる寸前、その身体が霧散した。影を作るための「光」さえも、この森ではエミルが管理しているからだ。
「ここでは、影さえも僕の眷属です」
地面から無数の黒い手が伸び、華琳と黎 雲閻の足首を掴んだ。 それは、かつてこの森で死んだ者たちの残留思念。 行き場を失った亡霊たちが、エミルの命に従い、侵入者を排除しようとしている。
「ひぃッ!?」
「離せ……! 離せェッ!」
黒冠の道士たちは、自身の影に飲まれ、悲鳴を上げて地面へと引きずり込まれていく。圧倒的なホームグラウンドの利。 科学も呪術も、この「夜の王」のフィールドでは無力化される。
「帰りなさい」
エミルの一喝が、雷鳴のように轟いた。殺気ではない。 ただ、静かで、冷徹な拒絶。
「ここは、人間が土足で踏み入っていい場所ではない。……去れ!」
ドオォォォォォン!!
エミルの言葉と共に、森全体が衝撃波を放った。 拒絶のベクトル。 敵の軍勢は、まるで最初から存在しなかったかのように、森の外へと強制的に転移(排除)された。 圧倒的な勝利。 一滴の血も流さず、指一本触れさせず、彼は世界最強クラスの部隊を退けたのだ。
「……すげぇ」
ジンが、呆然と呟く。 これが、吸血鬼の王の力。 自分たちが今まで運んできた『黒胎』や、アークステイツの兵器とは次元が違う、歴史の重みを持った魔力。
「……ふぅ」
敵の気配が消えると、エミルは大きく息を吐き、剣を収めた。 その瞬間、王の威厳は消え、いつもの穏やかで少し頼りない、人の良さそうな青年の顔に戻った。
「……驚かせちゃいましたか? 久しぶりの運動だったので、少し張り切りすぎました」
彼は照れくさそうに頭をかき、キリコたちの方へ歩み寄った。
「初めまして。……そして、ようこそノクタルニアへ」
エミルは、キリコとジンに手を差し出した。 その手は氷のように冷たかったが、握手には温かい歓迎の意志が込められていた。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
その優しそうな瞳を見て、キリコは緊張を解いた。この人は敵じゃない。チャーリーが「身内」のように接しているのが分かる気がする。
「……助かったわ、エミルさん。貴方、すごいのね」
キリコが、心からの感謝を込めて言った。
「いえ、そんな。……僕はただ、守りたいものができただけですから」
エミルは、霧の晴れた空を見上げた。 その瞳には、10年の歳月と、背負ってきたものの重みが宿っていた。そして、彼は傍らで震えていたルカ・ノクスに視線を移した。
「……貴女が、光の乙女ですね」
「は、はい……」
「会いたかったです。……父様が遺した鏡が、貴女を呼んでいましたから」
役者は揃った。 銀狐と黒翼。 神獣。 光の乙女。 そして、夜の王。
「行きましょう。……お茶を用意してあります」
エミルが案内するように手を広げた。 霧が晴れた一本道の先に、黒い岩肌にそびえ立つ古城――『ノスフェラトゥ城』が、威容を現していた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




