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リコリス・マッドポップ・サンサーラ  作者: ネオもろこし
白い彼岸花(ボーダーブレイク)編

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第十三話「白き彼岸花」3

第三章 選択の十字架


「……幸せそう、でしたか?」


 シスター・ノアが、静かに尋ねた。 彼女の目は包帯で覆われているが、その心眼はキリコ(九十九霧狐)が見たヴィジョンを共有しているかのように震えていた。 かつて共に戦い、そして世界の犠牲となった英雄たちの平穏な日常。


「ええ。……とても」


 キリコは、涙を拭いながら頷いた。


「灯さんは、昼間っから事務所で寝てて……。響さんと美咲さんは、普通の高校生みたいに笑い合ってて……。美流愛さんも、鏡花さんも、祈さんも……みんな、幸せそうでした」


 傷一つない世界。 失われたものが何一つない、完璧な楽園。それが、彼女たちが勝ち取った報酬なのだ。


「ならば……」


 ルシウス・クロウリーが、拳を握りしめた。彼の声には、深い葛藤が滲んでいた。


「我々に、彼女たちを呼び戻す権利があるのだろうか?」


 沈黙が落ちる。 祭壇の上で青白く輝く『白彼岸花(ホワイト・リコリス)』。 これは、並行世界への楔(アンカー)だ。 これを使えば、次元の壁に穴を開け、彼女たちと接触できるかもしれない。


 だが、それは正しいことなのか? 戦いの果てに、ようやく手に入れた「普通の幸せ」。 それを、こちらの世界の都合で――『黒胎』や、新たな脅威への対抗策として――壊し、再び血なまぐさい戦場へと引き戻すことにならないか? それは、恩人に対する最大の裏切りではないのか?


「……そっとしといてやるのが、情けってモンかもしれねえな」


 チャーリー・Sが呟く。 彼もまた、かつての戦友たちの安息を誰よりも願っていた一人だ。 サングラスの奥の瞳が、苦渋に揺れる。


 部屋の空気が、重く沈殿していく。 誰もが、答えを出せずにいた。 「会いたい」という切実な願いと、「幸せでいてほしい」という祈りが、矛盾して胸を引き裂く。彼女たちの幸福を守るためには、このまま忘却の彼方に置いていくのが正解なのかもしれない。たとえ、こちらの世界がどうなろうとも。


「……俺は、会いたい」


 沈黙を破ったのは、ジン(夜刃迅)だった。 彼は、背中の黒い翼を隠そうともせず、真っ直ぐにルシウスを見据えた。その瞳には、迷いを断ち切った強さがあった。


「理屈はわかんねえ。……でも、俺はあの人たちに救われた。その礼も言わずに、勝手に納得して終わらせるなんて、俺は嫌だ」


「ジン……」


「連れ戻すかどうかは、会ってから決めりゃいい」


 ジンは、キリコの肩を抱いた。 その手の温もりが、キリコの迷いを溶かしていく。


「俺たちの仕事は『届ける』ことだろ? ……ルシウスさんの想いも、俺たちの『ありがとう』も。まだ届けてねえじゃねえか」


「……ッ」


 その言葉に、キリコがハッとする。そうだ。私たちは運び屋だ。荷物があるなら、届ける。それがどんなに困難な道のりでも、どんなに残酷な真実が待っていても。その後の選択は、受け取った相手(灯たち)が決めることだ。勝手に相手の幸せを決めつけて、届けることさえ諦めるのは、プロの流儀じゃない。


「……そうね。その通りだわ」


 キリコが顔を上げる。 その瞳に、迷いはなかった。銀狐の瞳が、鋭くルシウスを射抜く。


「そこに道がないなら、探します。……壁があるなら、こじ開けます。それが『黒狐便』ですから」


 ルシウスは、二人の若者の顔を交互に見て、そして深く息を吐いた。 その顔には、憑き物が落ちたような、清々しい笑みが浮かんでいた。


「……完敗だな。私が、一番臆病だったようだ」


 ルシウスは立ち上がり、白彼岸花の球根をケースに収めた。大切に、希望の種として。


「行こう。……選択肢を捨てる必要はない」


 彼は、壁に掛けられた古地図を指差した。ユーガリア大陸、東部山岳地帯。 深い霧に閉ざされた空白地帯。


「次元の壁を超えるには、莫大なエネルギーと、座標を固定する装置が必要だ。……現代の科学では不可能だが、古代の遺産なら可能かもしれない」


 ルシウスの指先が、一点で止まった。


「ノクタルニアの古城。……かつて真祖ヴィクトルが、魔界と現世を行き来するために使っていた『次元の鏡』の残骸が、地下深くに眠っているかもしれない」


「ノクタルニア……」


 キリコが復唱する。 10年前、灯たちが決戦に挑んだ場所。 そこには、今、エミル・ノスフェラトゥが一人で住んでいるはずだ。


「行きましょう」


 ルカ・ノクスが、聖銀の短剣を胸に抱いて頷く。彼女もまた、自分のルーツを知るために、そして世界を守るために、前へ進むことを選んだ。


「ヒャッハー! そうこなくちゃな!」


 チャーリーが、ニヤリと笑ってサングラスをかける。 神獣としての血が騒いでいるようだ。


 ジンが、拳を鳴らす。翼が広がり、新たな風を起こす。


 彼らは決めた。 幸福な忘却の彼方にいる英雄たちに、もう一度会いに行くと。 たとえそれが、彼女たちの平穏を脅かす残酷な選択になるとしても。届けるべき想いがある限り、旅は終わらない。


 物語は、次元の壁を超える旅へと加速する。 目指すは夜の国、ノクタルニア。 そこで待つのは、孤独な王と、開かれることのなかった鏡の扉。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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