第十一話「黎明の恩寵」3
第三章 四人目の旅人
翌朝。 セプティマ・ザイオンの街並みが、薄紫色の朝靄に包まれる頃。 街の西側の出口、荒野へと続く街道の入り口には、旅立ちの支度を整えた四人の姿があった。
キリコ(九十九霧狐)は、パーカーのフードを被り直し、ブーツの紐をきつく結び直している。 ジン(夜刃迅)は、ライダースのポケットにナイフを収め、その鋭い視線で周囲の気配を探っている。 チャーリー・Sは、アロハシャツの上に厚手のジャケットを羽織り、眠そうに欠伸を噛み殺していた。
そして、もう一人。
「……お待たせしました!」
元気な声と共に駆け寄ってきたのは、昨日までの清楚なワンピース姿とは見違えるほど様変わりした少女――ルカ・ノクスだった。動きやすい革のチュニックに、膝丈のズボンとブーツ。腰には、父から託された聖銀の短剣を帯びている。 そして何より目を引いたのは、彼女の髪だった。背中まであった長い栗色の髪は、肩のあたりで無造作に切り揃えられていた。 まだ不揃いな毛先が、彼女の急ごしらえの決意を物語っているようで、痛々しくも愛おしい。
「あら。……思い切ったわね」
キリコが目を丸くする。
「はい。……長いと、邪魔になるかと思って。ミレイユさんに切ってもらいました」
ルカは照れくさそうに短くなった髪を触った。 その表情には、昨夜までの怯えはなく、未知の世界へ踏み出す若者特有の、不安と期待が入り混じった高揚感があった。
「似合ってるぜ。……いっぱしの冒険者みたいだ」
ジンが、ぶっきらぼうに褒める。 彼は、足元に置かれた二つの重厚な金属ケース――『黒胎』と、懐の『天帝の小箱』の重みを確認し、軽々と肩に担ぎ上げた。常人なら持ち上げるのも困難な質量を、彼は顔色一つ変えずに運んでみせる。
「荷物は増えちまったが……まあ、悪くねえ」
ジンは、ルカに向かってニカっと笑った。 守るべき対象が増えることは、彼にとって負担ではなく、力を振るう理由になる。
「……すみません。私、戦うことはできませんけど……」
ルカが、自身の小さな手を握りしめる。彼女の中にあるのは、癒やしの力だけ。敵を倒す力はない。
「足手まといにならないように……精一杯、頑張ります! お皿洗いでも、洗濯でも何でもしますから!」
必死に食らいつこうとする少女の姿に、キリコは思わず吹き出した。彼女は歩み寄り、ルカの手をそっと取った。
「馬鹿ね。……家政婦を雇ったわけじゃないのよ」
キリコの指先から、優しい妖力が伝わってくる。
「貴女には、貴女にしかできない仕事があるわ。……私たちの傷を癒やすこと。そして、私たちが道に迷いそうになったら、その光で照らしてくれること」
キリコは、ルカの瞳を覗き込んだ。
「大丈夫よ。……ナビゲートは任せて。貴女を必ず、目的地まで連れて行くわ」
「……はいっ!」
ルカの瞳が潤む。 黒狐便。彼らはただの運び屋ではない。 迷子の手を引き、正しい場所へと導く、優しい案内人だ。
「さて、と。……車はこれか?」
チャーリーが、路肩に停められた一台の車両を叩いた。エリアス・ノクスが用意してくれた、四輪駆動のオフロード車。H.L.O.H.の放出品を改造したもので、荒野の悪路にも耐えうる頑丈なサスペンションと、簡易的な対魔装甲を備えている。かつての『鉄の馬車』ほどの火力はないが、長旅の足としては申し分ない。
「燃料満タン、水と食料も積んでおいた。……使い潰してくれて構わん」
エリアスが、車の影から現れた。 その隣には、ミレイユが静かに佇んでいる。二人の表情は、穏やかだった。 別れの言葉は、昨夜のうちに済ませている。今はただ、巣立っていく鳥を見守る親の顔だ。
「お世話になりました、エリアスさん、ミレイユさん」
キリコが一礼する。
「礼を言うのはこちらだ。……娘を、よろしく頼む」
エリアスが、頭を下げる。 かつての聖騎士が、裏社会の運び屋に頭を下げる。 その姿に、ジンは背筋を伸ばし、無言で拳を胸に当てた。 男同士の、言葉なき誓い。 必ず守る、と。
「ルカ。……体に気をつけて」
ミレイユが、ルカを抱きしめる。 最後の体温の交換。
「行ってきます。お父さん、ミレイユさん」
ルカは涙をこらえ、笑顔で手を振った。
四人は車に乗り込んだ。 運転席にはチャーリー。助手席にキリコ。 後部座席にジンとルカ。 荷台には、世界の命運を握る『黒胎』が二つ。
エンジンがかかる。 乾いた排気音が、朝の空気に溶けていく。
「行くぞ! ……次は国境越えだ!」
チャーリーがギアを入れ、アクセルを踏み込む。 タイヤが砂利を蹴り、車体が前へと進み出す。 バックミラーの中で、手を振るエリアスとミレイユの姿が小さくなっていく。
目指すは、遥か西の果て。 ミサイア共和国。 かつての聖地アストエル。そこには、ルカを救った恩人・シスターノアと、この旅の終着点であるルシウス・クロウリーが待っている。
「……風が、変わったな」
窓を開け、キリコが呟く。荒野を吹き抜ける風が、四人の背中を強く押していた。 それは、過去からの追い風であり、未来へのいざない。
新たな仲間を加え、黒狐便の旅は、いよいよ核心へと近づいていく。 ルシウスへの届け物。黒胎の浄化。そして、その先にあるはずの「消えた英雄たち」の行方。
全ての答えを知るために、彼らは地平線の彼方へと走り去っていった。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




