第一話「白紙の審判と黒い運び屋」3
第三章 不死川の運び屋
かつて数多の異形が跋扈し、混沌の坩堝と化していた皇国の首都、東帝都。 その南部に位置する不死川は、戦後の大規模な再開発計画「ネオ・フェニックス・プラン」によって、劇的な変貌を遂げていた。
空を突き刺すように林立する、クリスタルガラスの摩天楼群。 その間を縫うように、無数の物流ドローンが血管を流れる赤血球のごとく、規則正しく、そして無機質に飛び交っている。地上では、自動運転の電気自動車が音もなく滑り、ARグラスをかけたビジネスマンたちが虚空を見つめながら足早に行き交う。そこは、徹底的に管理され、磨き上げられた、未来都市の理想郷。
だが、光が強くなればなるほど、その足元に落ちる影もまた、濃く、深くなる。
その華やかな表通りから一本入った、再開発から取り残されたエアポケットのような区画。ビルの谷間に沈殿する湿った路地裏の最奥に、築五十年はくだらない古びた雑居ビルが、墓標のように佇んでいた。その三階。錆びついた鉄扉に、ペンキが掠れた看板が掲げられている。
『黒狐便』。
ドアの向こう側は、外の洗練された空気とは無縁の、雑多で薄暗い空間だった。壁一面に乱雑に貼られた地図、依頼書、ターゲットの写真。 デスクの上には、未処理の伝票の山と、積み上げられたカップ麺の空き容器。 ブラインドの隙間から差し込む夕日が、舞う埃をキラキラと照らし出している。 そこには、停滞した時間と、倦怠感、そして微かな危険の匂いが漂っていた。
「……暇ね」
気だるげな声が、静寂を破った。 古びた事務机に頬杖をつき、パソコンのモニターを虚ろに眺めているのは、一人の女性だった。
銀色のボブカット。色素の薄い肌。 大きめのグレーのパーカーをルーズに着崩し、ショートパンツからは健康的でスラリとした足が伸びている。 一見するとただのアンニュイな美女だが、そのパーカーのフードの下には、隠しきれない異形が蠢いていた。 ピクリと動く、真っ白な獣の耳。 そして、椅子の背もたれからは、ふさふさとした一本の尻尾が垂れ下がり、不機嫌そうに揺れている。
九十九 霧狐。21歳。 古来より神使として仕える妖狐の一族「白狐衆」の末裔。 その涼やかな切れ長の瞳の奥には、常人には見えない「運命の道」を見通す魔力が宿っている。
「暇じゃねえよ。……経理の計算が合わねえんだ。先月のバイクの修理費、高すぎだろ」
部屋の奥、トレーニングベンチで黙々と汗を流していた少年が、ダンベルを置きながら不機嫌そうに答えた。黒髪短髪。鋭い三白眼。 首にはチョーカー、腕にはシルバーのアクセサリー。引き締まった背中は汗に濡れ、その肩甲骨のあたりから、カラスのような小さな黒い翼が生えているのが見える。それは、戦闘時には鋼鉄の刃となり、空を切り裂く堕天使の翼。
夜刃 迅。19歳。 かつて天使の血を持ちながら堕落した一族、「黒翼の眷属」の生き残り。
「あんたが派手に壊すからでしょ? ……『道がないなら作ればいい』とか言って、壁をぶち抜くから」
キリコが、尻尾でデスクをパンと叩く。
「うっせえな。……最短ルートだったんだよ」
ジンは悪びれもせず、プロテインを呷る。二人の会話には、遠慮も気遣いもない。 それは、彼らがただのビジネスパートナーではなく、血よりも濃い「因縁」で結ばれた姉弟のような関係だからだ。
二人の原点は、10年前のあの日にある。
東帝都の北東部、浅修羅の廃寺。 純血の天使と悪魔による「粛清」から逃げ惑っていた幼い彼らを、命がけで守ってくれた一人の少女がいた。灰色の翼を広げ、神と悪魔を否定し、「亜人」の存在を肯定してくれた、オッドアイの少女。
天羽 祈。
そして、彼女を助けるために駆けつけた、黒いコートの吸血鬼、青いドレスの女性、白衣のサイボーグ、そして双子たち。圧倒的な暴力と、眩しいほどの絆。幼いキリコとジンの目に焼き付いたのは、絶望的な世界をねじ伏せる「英雄」たちの姿だった。
(……あの人たちは、どこへ行ったんだろう)
キリコは、ふと窓の外を見た。 夕焼けに染まるビル群の向こう、遠い空を。戦後、身寄りのない二人は京帝の葛葉に引き取られ、地獄のような修行の日々を送った。礼儀、妖術、体術、そして「生き残るための術」を叩き込まれた。 そして数年前、二人は独立し、この東帝都に戻ってきたのだ。いつか、あの英雄たちに追いつくために。 そして、あの日言えなかった「ありがとう」を伝えるために。
『黒狐便』。 表向きは、どんな荷物でも最速で届ける超高速バイク便業者。 だが、その実態は、異界と現世をまたぎ、「存在しない荷物」まで運ぶ、裏社会の専門運び屋だ。
彼らが運ぶのは、物理的な荷物だけではない。むしろ、物理法則では運べないものこそが、彼らの専門分野だ。死者の記憶。 誰かが見た儚い夢。 砕け散った魂の欠片。 あるいは、時間に置き去りにされた「願い」や、法に触れる禁忌の「危険物」。
そういった「形を持たない荷物」を、キリコの妖術で梱包し、ジンの翼で運ぶ。 指定された場所へ、あるいは指定された人へ。 どんなに困難な道のりであっても、必ず届ける。 それが彼らの流儀であり、誇りだった。
「……ジン。準備して」
キリコが、不意に耳を立てた。 気だるげだった表情が一変し、仕事人の鋭い眼差しになる。彼女の狐耳が、ビルの谷間を吹き抜ける風の音の中から、微かな、しかし確かな足音を聞き取ったのだ。
「……ん?」
ジンも動きを止める。
「客だよ。……それも、随分と古い匂いのする客だ」
キリコは、両手で独特な印を結んだ。 人差し指と親指で輪を作り、それを重ね合わせる。 狐の窓。
固有能力『千里眼(狐の窓)』。
彼女は片目をつぶり、指で作った小さな窓から虚空を覗き込んだ。 視界が変質する。 コンクリートの壁が透け、因果の糸が見えるようになる。ビルのエントランス。 エレベーターを使わず、階段を一歩一歩、重そうに上がってくる人影。 初老の男性。 その身に纏う空気は、かつて修羅場をくぐり抜けてきた者のそれだ。硝煙と、後悔と、そして微かな希望の匂い。
「……当たりだ。厄介ごとの匂いがするわ」
キリコは、ニヤリと笑った。退屈な時間が終わる予感。
「へいへい」
ジンはタオルで汗を拭い、壁に掛けてあった黒いライダースジャケットを羽織った。 背中の翼を隠すように、ジッパーを首元まで上げる。その瞳に、獲物を狙う獣のような光が宿る。
「……歓迎してやろうぜ」
コツ、コツ、コツ。 足音が近づいてくる。 そして、鉄扉の前で止まった。
コン、コン。
控えめな、しかし力強いノックの音が響いた。それは、止まっていた時間を動かす、新しい物語の幕開けの音だった。 黄昏の運び屋たちの夜が、今、始まろうとしている。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




