第一話「白紙の審判と黒い運び屋」2
第二章 新しい十年
「白紙の審判」から数週間後。 ユーガリア大陸最西端、聖地アストエルの跡地。かつて白亜の城壁が誇らしげに聳え立っていた場所は、見渡す限りの瓦礫の平原へと変貌していた。 だが、そこには絶望の沈黙ではなく、熱病のような喧騒が渦巻いていた。世界中から、行き場を失った難民や、H.L.O.H.の残党が集まり始めていたのだ。
夕暮れ時。 ルシウス・クロウリーは、崩れかけた大聖堂の基部に腰を下ろし、泥だらけのパンをかじっていた。その傍らには、かつて異端を貫いた巨大な十字架『ゴルゴダ』が、今はテントの支柱として地面に突き刺さっている。
「……食料の配給が、あと三日で底をつきます」
黒い修道服を纏ったシスター・ノアが、報告書を抱えて歩み寄ってきた。彼女の包帯で覆われた目は見えていないはずだが、その足取りは迷いがない。 この瓦礫の街の隅々まで、彼女は裸足で歩き回り、傷ついた人々を癒やし続けていたからだ。
「近隣の都市からの略奪も増えています。……治安維持部隊の人員が足りません」
「わかっている」
ルシウスはパンを飲み込み、重い腰を上げた。かつての「最強の執行官」としての威圧感は鳴りを潜め、今の彼にあるのは、数万人の命を背負う指導者としての苦悩だった。
「神は沈黙したままだ。……奇跡はもう起きない」
ルシウスは、夕日に染まる瓦礫の山を見渡した。
「だが、人は生きている。……腹を空かせ、寒さに震え、それでも明日を求めている」
「ルシウス様……」
「私は組織を作る。……ただの互助会ではない。法と秩序を持ち、この混沌とした大陸で『人間』が生き延びるための、強固な箱庭を」
ルシウスは立ち上がり、十字架に手を触れた。
「名は……『ミサイア機構』とする」
「ミサイア……。あの方(美咲)の……」
「ああ。世界を救い、そして消えていった少女の名だ。……彼女が遺したこの世界を、我々が守り抜く」
その宣言は、風に乗って難民たちのキャンプへと広がっていった。絶望に沈んでいた人々の瞳に、小さな灯がともる。それが、新たな国家の胎動だった。
同時刻。極東の島国、皇国。 首都・東帝都もまた、未曾有の混乱の只中にあった。 「白紙の審判」の余波により、魔導エネルギー網が寸断され、都市機能は麻痺していた。 暴動、略奪、そして不安という名の伝染病。
政府官邸の地下司令室。 常盤 宗一郎は、鳴り止まない電話と怒号の中で、一人静かに紅茶を啜っていた。 彼の目の前には、無数のモニターがあり、国内の惨状を映し出している。
「……警察機能は崩壊寸前か。自衛隊も動きが取れん」
常盤は独りごちた。政治家として数々の修羅場をくぐり抜けてきた彼でさえ、この状況は「詰み」に見えた。 だが、彼には切り札があった。
「……準備はいいですか? 閣下」
背後の扉が開き、十二単を纏った少女が入ってきた。天帝・昊天。彼女は、かつての幼さを脱ぎ捨て、神々しいまでの威厳を漂わせていた。
「ええ。……常盤さん、回線を繋いでください」
昊天は、放送用のマイクの前に立った。彼女の声は、魔導回線を通じて、皇国全土のスピーカー、ラジオ、スマートフォンへと強制的に届けられる。
『……我が愛しき民よ。顔を上げなさい』
その声には、不思議な力が宿っていた。 パニックに陥っていた人々の心が、波が引くように静まっていく。 京帝の龍脈を通じて鍛え上げられた、魂に直接響く「言霊」。
『私たちは多くを失いました。……ですが、私たちはまだここにいます。東帝都の技術と、京帝の霊力。……この二つがある限り、皇国は滅びません』
昊天は、カメラを見据えた。
『私は、ここに宣言します。……東と西の壁を取り払い、一つの国として統合することを。……共に立ち上がりましょう。夜明けは、すぐそこまで来ています』
放送が終わると同時に、常盤が動いた。 彼は受話器を取り、矢継ぎ早に指示を飛ばし始めた。
「聞いたか! 天帝陛下のお言葉だ! ……全省庁、及び関連企業に通達! 物資の配給ルートを再構築せよ! 亜人居住区の封鎖を解き、彼らを復興の労働力として雇用しろ! 差別している暇などない、総力戦だ!」
老練な政治家と、若きカリスマ。二人の歯車が噛み合い、死に体だった巨象が、再び歩き始めた。
それから、3年の月日が流れた。復興の兆しが見え始めた皇国の迎賓館。そこに、一機の輸送機が降り立った。 機体には、十字架と剣をあしらった新しい国旗が描かれている。
タラップから降りてきたのは、スーツに身を包んだルシウス・クロウリーだった。 背中の十字架はない。だが、その瞳の鋭さは、戦場にいた頃と変わっていない。 彼を迎えたのは、常盤宗一郎だった。
「よく来てくれた、ルシウス『首相』」
「招きに感謝する、常盤『大統領』」
二人は、ガッチリと握手を交わした。 かつては異端審問官と、一国の知事。 接点などなかった二人が、今は国家の指導者として向き合っている。
「アストエル……いや、『ミサイア共和国』の復興は見事なものだ」
「貴国からの技術支援のおかげだ。……魔導工学の供与がなければ、我々はまだ瓦礫の中で祈っていたことだろう」
ルシウスは、隣に控えていたシスター・ノアを促した。 彼女は、昊天への親書を携えている。
「我々は……過去の過ちを繰り返さないために、新たな条約を締結したい」
ルシウスは、真剣な眼差しで言った。
「『人と亜人の相互不可侵』、および『異界技術の管理協定』。……世界に残された「影」の部分を、我々が連携して監視し、制御するのだ」
「……影、か」
常盤は、窓の外を見た。 復興が進む東帝都の摩天楼。その足元には、光が届かない深い闇が広がっている。 「白紙の審判」で世界はリセットされたが、全ての怪異が消えたわけではない。 リセットから漏れ出した「残滓」や、行き場を失った古代のアーティファクトが、裏社会で蠢き始めている。
「いいだろう。……光が強くなれば、影もまた濃くなる。その影を御する者が必要だ」
常盤は、ルシウスの手をもう一度強く握った。 この日、東西の二大国による同盟が成立した。 それは、表向きの平和維持活動であると同時に、裏社会の闇を狩るための、秘密協定でもあった。
世界は、ゆっくりと、しかし確実に形を変えていった。
夜の国、ノクタルニア。深い霧に閉ざされた古城で、エミル・ノスフェラトゥは玉座に座り、ため息をついていた。
「……また、狼男たちが畑を荒らしたそうですか? ……わかりました、僕が謝りに行きます」
彼は、かつての父・ヴィクトルのような絶対的な恐怖ではなく、対話と謝罪によって国を治めていた。「弱き王」。 周辺国からはそう侮られているが、彼の国には不思議と争いが起きない。 エミルは、城の地下深くに眠る父の棺を撫でた。
「父様。……僕は僕のやり方で、この夜を守ります」
魔都、虹海。 スラム街『澱河』の屋台は、今日も大繁盛していた。
「へい、らっしゃい! 特製肉まん、蒸したてじゃ!」
チェン爺の声が響く。 その隣では、リーリンとシャオが、マフィアの揉め事を物理的に(拳で)解決している。
「私の店で喧嘩を売るなんて、いい度胸ね!」
「消毒しちゃうよ!」
店の奥では、チャーリー・Sがビール片手に昼寝をしている。四神たちは、表舞台には出ない。 だが、彼らがいる限り、虹海は誰にも支配されない自由な魔都であり続ける。
そして、時は流れる。
「白紙の審判」から10年。
世界は安定期に入っていた。 かつての英雄たち『リコリス・バロック』の名は、歴史の波間に消え、誰もその真実を語る者はいなくなった。 だが、彼女たちが命を懸けて守り抜いた「日常」は、確かにここに息づいている。
東帝都、不死川。 再開発されたビル群の影で、二つの新しい命が、運命の歯車を回し始めようとしていた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




