第九話「荒野の三つ巴」3
第三章 暴走する『黒い遺産』
バキンッ!!
金属がひしゃげる音が、風穴の開いた車内に反響した。 チャーリー・S(玄武)が展開していた水流の結界を内側から突き破り、重厚な金属ケースが破裂したのだ。 封印の札が燃え尽き、蝶番が弾け飛ぶ。
「……ッ、下がれ、お嬢ちゃん!」
チャーリーが叫び、キリコ(九十九霧狐)を抱えて後方へと飛んだ。 直後、ケースの中から溢れ出したのは、ただの液体ではなかった。 それは、どす黒いタールのような粘性を持ちながら、生き物のように蠢き、そして圧倒的な飢餓感を持って膨張する「捕食者」だった。
ジュワアアアアッ……!!
黒い粘液が床に落ちると同時に、鋼鉄の床板が悲鳴を上げた。溶解音。酸で溶かすのではない。物質としての構成情報を食い荒らし、自らの質量へと変換しているのだ。泥は爆発的に体積を増やし、瞬く間に車両の中央を分断する壁となった。
「な、なんだこれは!?」
近くにいたアークステイツ連邦軍『ゴーストライン』の隊員が、逃げ遅れて泥に足を捕まれた。最新鋭の強化外骨格の脚部装甲が、泥に触れた部分から飴細工のようにドロドロに溶けていく。
「Da... Damage report! Armor integrity failing! (損害報告! 装甲強度、低下!)」
「Help me... AHHH!!」
隊員の絶叫が響く。 泥は彼の足を伝って這い上がり、その肉体を貪り始めた。 断末魔と共に、彼は泥の中に引きずり込まれ、吸収された。数秒後。泥の中から、溶解したパワードスーツと人の骨が混ざり合った、醜悪な突起物がボコボコと隆起した。 それは、食ったものを即座に己の器官として再構築する、悪夢の進化。
『魔界の捕食体』。
かつて魔界の門が開いた際に世界へ飛散し、休眠状態にあった生物兵器の種子。 それが、三つ巴の戦闘による高密度の魔力と科学エネルギーの奔流を糧にして、最悪のタイミングで孵化してしまったのだ。
一方、屋根の上。 ジン(夜刃迅)は、足元の異変を感じ取っていた。 鋼鉄の屋根が、生き物のように波打ち、高熱を帯び始めている。 亀裂から、黒い粘液が滲み出してくる。
「……おいおい、マジかよ」
ジンが天井の大穴から中を覗き込むと、車内はすでに黒い泥の沼と化していた。 夜 華琳と黎 雲閻も、共通の敵(怪物)を前に顔色を変えて後退している。
「おい、陰湿野郎! お前の影でなんとかできねえのか!」
「無理ですねぇ! ……あれは『影』じゃない。純粋な『穢れ』です。触れればこちらの術式ごと汚染されますよ!」
雲閻が、迫りくる触手を呪符で弾きながら叫び返す。華琳も、召喚した影獣を盾にしているが、泥に触れた影獣が悲鳴を上げて消滅していくのを見て、唇を噛んだ。
「……なんて貪欲な」
このままでは、先頭車両にいる機関士も、最後尾にいる自分たちも、全滅する。 列車という密室が、巨大な胃袋に変わろうとしている。
「ジン! 聞こえる!?」
キリコの悲鳴に近い通信が、インカムに飛び込んできた。
「切り離すわよ! ……汚染されているのは、この貨物車両だけ! 前後の連結器を切断すれば、被害を食い止められる!」
「切り離すって……ここ、鉄橋の上だぞ!?」
ジンが周囲を見渡す。列車は今、深い渓谷にかかる長大な鉄橋を通過中だった。下は数百メートルの断崖絶壁。ここで切り離せば、車両は脱線し、谷底へと真っ逆さまだ。
「やるしかないわ! ……あいつを地上に残しちゃいけない!」
キリコの瞳には、迷いはない。 この『黒胎』は、ここで葬るべきだ。 アークステイツにも、凰華にも渡さず、この谷底の闇に沈める。
「……へっ。上等だ」
ジンが、ニヤリと笑った。その背中の翼が、カラスの濡れ羽色に輝く。
「連結器を斬る! ……お前ら、しっかり掴まってろよ!」
ジンが、屋根の上で跳躍した。 黒い翼を最大まで展開する。夕日を背に浴びたその姿は、終焉を告げる堕天使のシルエット。
「Target locked(目標捕捉)。……何をする気だ?」
イーヴォが、ジンの意図を察して動きを止める。 止めるべきか。それとも、見届けるべきか。 彼らが躊躇している間に、ジンは空中で急降下を開始した。
「堕ちろォッ!!」
固有能力『堕天の斬撃』。
ジンが、車両と車両の隙間、連結部分めがけて突っ込んだ。 鋼鉄の翼が、超高速で振動し、分子レベルの切断線を描く。風切り音が、魔物の咆哮をかき消す。
ギィィィィィン!!
甲高い金属音が、谷間に木霊した。超硬合金でできた連結器が、抵抗なく両断される。 同時に、ジンは反転し、後方の連結器も斬り裂いた。
ガコンッ、という重い音と共に、魔物と化した貨物車両が、編成から切り離された。
制御を失った車両は、慣性でしばらくレールを滑っていたが、カーブに差し掛かった瞬間、バランスを崩した。 侵食された車輪が砕け散り、巨大な鉄塊が宙に浮く。
「ギシャアアアアアッ!!」
泥の怪物が、断末魔の悲鳴を上げた。触手を伸ばし、前後の車両にしがみつこうとする。 だが、その手は空を切り、重力に引かれて落下していく。
ズドオォォォォォン!!
遥か下方の谷底から、黒い爆煙が立ち昇った。 轟音が、鉄橋を揺らす。 怪物の断末魔が、谷間に木霊し、やがて静寂が戻った。
「……やったか」
ジンが、後方の客車車両の屋根に着地した。 翼を畳み、荒い息を吐く。 切り離された後方車両(客車部分)には、キリコとチャーリーが、そして前方車両にはゴーストラインと黒冠のメンバーが分断されて残っていた。
列車が緊急停止する。 シューッ、という蒸気の排気音だけが響く。
「Target Lost(目標喪失)。……『黒い遺産』の反応、消滅」
イーヴォが、谷底を見下ろして告げた。 回収不能。 任務失敗。
「……撤退する」
彼は短く命じた。 これ以上の戦闘は無意味だ。 ゴーストラインの部隊は、光学迷彩を作動させ、荒野の風に溶けるように姿を消した。
「ふふっ。……とんだ骨折り損でしたね」
華琳もまた、優雅に扇子を閉じた。彼女は、屋根の上にいるジンを見上げ、妖艶な流し目を送った。
「貸しにしておきますわ、黒翼の運び屋さん。……次は、もっと静かな場所でお会いしましょう」
雲閻と共に、彼らも黒い霧となって消え失せた。
残されたのは、連結器を失い、動けなくなった客車。 そして、荒野の真ん中に取り残された三人だけ。
「……たく。とんだ貧乏くじだぜ」
ジンが、髪をかき上げて客車の窓から中へと戻ってきた。 キリコが、心配そうに駆け寄る。
「怪我は?」
「かすり傷だ。……それより」
ジンは、懐から「あるもの」を取り出した。 それは、黒く変色した小型の封印ケースだった。 チャーリーが持っていた予備のケースだ。
「……え?」
キリコが目を見開く。
「泥の怪物が落ちる寸前……核の一部を引き剥がした」
ジンが、ニヤリと笑った。あの混乱の中で、連結器を切り裂く刹那、彼はただ破壊するだけでなく、本来の「運び屋」としての仕事も完遂していたのだ。 本体は谷底で消滅したが、そのエネルギーの源泉となる核は、ここにある。
「……しぶといな、コイツも俺たちも」
チャーリーが、呆れたように、そして感心したように口笛を吹いた。
「大したもんだ。……これなら、ルシウスの旦那も文句は言わねえだろ」
「……ありがとう、ジン」
キリコは、ケースを受け取り、大切に抱きしめた。まだ生きている。 この危険物を、放置するわけにはいかない。 確実に、あるべき場所へ届けなければならない。
「さて……」
ジンは、動かなくなった列車を蹴飛ばした。
「足がなくなっちまったな」
「歩くしかないわね」
キリコが、西の空を指差した。 地平線には、沈みゆく太陽が赤く輝いている。その向こうに、白亜の聖地が待っている。
「行きましょう。……ミサイアまでは、あとどれぐらいかしら」
「へっ。……また貧乏旅行かよ」
ジンが苦笑する。 だが、その表情に悲壮感はない。 自分の足で歩くことには慣れている。
「歩くぞ。……英雄たちも、こうして歩いたんだ」
三人は、荷物を背負い直し、線路の上を歩き出した。長く伸びる影。 その背中には、かつての英雄たちと同じ、泥だらけの誇りと、決して折れない意志が宿っていた。
旅路は、まだ終わらない。だが、ゴールは確実に見えている。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




