第九話「荒野の三つ巴」2
第二章 高速の狂騒曲
「邪魔だ、原住民!」
ガブリエル・ストラドが踏み込んだ。狭い車内での加速とは思えない速度。 彼が振るう『ハウリングゼロ・ブレード』の高周波振動が、大気を切り裂き、不快な鳴動音を撒き散らす。触れれば分子レベルで切断される死の刃が、ジン(夜刃迅)の喉元へと迫る。
「……ッ、ここじゃ狭すぎる!」
ジンは、とっさに背中の黒い翼を前方に展開し、盾とした。
ギャギィィィィィン!!
鼓膜を劈くような高音が響く。振動剣が、ジンの鋼鉄の羽毛をバターのように削り取っていく。硬度など無意味。触れた端から結合が解かれ、翼が分解されていく。
「ぐぅッ……!? 防げねえか!」
ジンは瞬時に判断した。 受け止めれば斬られる。 彼は翼を斜めに傾け、剣の軌道を滑らせて強引に逸らした。 火花と共に、数枚の羽根が切断されて舞う。
だが、脅威は前方だけではない。 ジンの背後――車両の連結部の影から、黎 雲閻が音もなく呪符を放っていた。
「隙だらけですねえ。……良い夢を見せてあげましょう」
呪符が黒い霧と化し、ジンの視界を覆う。固有能力《黒魘》。ジンの深層心理にあるトラウマ――無力だった過去、守れなかった記憶を強制的に引きずり出し、幻覚として見せる精神汚染攻撃。
「うおォッ!?」
ジンは視界が歪むのを感じた。 目の前のガブリエルが、かつて自分たちを襲った天使の兵士に見える。足元の床が、燃え盛る廃寺の瓦礫に見える。 恐怖が足を竦ませようとする。
「……ナメんなよ、陰湿野郎!」
ジンは、胸元の『天帝の勾玉』を強く握りしめた。 黄金の熱が流れ込み、脳内のノイズを焼き払う。 彼は舌を噛み切るほどの力で奥歯を噛み締め、幻影を意志の力でねじ伏せた。
そして、彼は決断した。この狭い車内で暴れれば、荷物(黒胎と小箱)を巻き込んでしまう。 それに、ガブリエルの振動剣を躱し続けるスペースがない。 ならば、場所を変えるしかない。
「表へ出ろ! ……風通し良くしてやるよ!」
ジンは翼を大きく羽ばたかせた。その衝撃波でガブリエルと黒い霧を吹き飛ばすと同時に、彼は頭上の天井――先ほどの爆発で開いた大穴へと向かって跳躍した。
「逃がすか!」
ガブリエルが背中のスラスターを点火し、追随する。 そして、連結部からは夜 華琳もまた、影のように音もなく壁を駆け上がり、屋根へと躍り出た。
舞台は、疾走する列車の屋根の上へと移った。
ゴオオオオオオオッ!!
時速150キロを超える暴風が、三人の身体を叩く。 足元では鋼鉄の車輪が悲鳴を上げ、周囲には赤茶けた荒野が流線となって後方へ飛び去っていく。一歩踏み外せば、挽き肉になるか、荒野の藻屑となる極限のフィールド。
ジンは、屋根の上に着地すると同時に、低く身構えた。 風圧でライダースジャケットが激しくバタつく。 前方にはガブリエル。後方には華琳。 挟み撃ちだ。
「さあ、踊りましょうか」
華琳が、艶やかに微笑んだ。強風の中でも、彼女の長い黒髪は乱れることなく、まるで生き物のように背後でうねっている。 彼女がチャイナドレスの背中を晒すと、刻まれた「影紋」が禍々しく発光した。
「影よ、喰らい尽くせ!」
彼女の足元の影が、タールのように膨れ上がり、列車の屋根を這い進む。 それは瞬く間に巨大な魔獣の顎を形成し、ジンを噛み砕こうと襲いかかった。
「Target locked. ……排除する」
同時に、ガブリエルも動く。 彼は風の抵抗を計算に入れた完璧な軌道で、振動剣を突き出した。 科学の粋を集めた刺突と、呪術が生み出した捕食。 逃げ場はない。
「……上等だ!」
ジンは咆哮し、翼を広げた。 逃げるのではない。 風を利用し、さらに加速して迎撃する。
「どけ! 獲物は我々のものだ!」
華琳の影がジンに迫る寸前、ガブリエルの剣閃がその影を切り裂いた。 彼らにとって、ジンは獲物であり、同時に互いが邪魔な競争相手なのだ。アークステイツと凰華。二大国のエージェントは、ジンを攻撃しつつ、互いをも排除しようと攻撃を繰り出す。
「Shut up. ……障害は全て排除する」
「あら、乱暴な殿方ね」
三つ巴の乱戦。 影の魔獣がガブリエルの足を狙い、振動剣が影を断ち、その隙間をジンの黒い翼が切り裂く。ジンは、風の抵抗を翼で制御し、独楽のように回転しながら立ち回る。
ガギィン! ズシュッ! ドォォン!
火花と衝撃波が、列車の屋根を削り取っていく。 その動きは、かつてこの大陸を駆け抜け、神と戦った伝説の龍神(響)を彷彿とさせるほどに、荒々しく、そして自由だった。
一方、風穴の空いた車内。 屋根の上とは異なる、静謐で陰湿な攻防が繰り広げられていた。
残されたのは、キリコ(九十九霧狐)とチャーリー・S。そして、敵はアークステイツのカイ・マーデンと、黒冠の黎 雲閻。
「……チッ。厄介なのが残ったな」
チャーリーが、ウィスキーの瓶を投げ捨て、アロハシャツを脱ぎ捨てた。背中の玄武の刺青が青白く輝き、空気中の水分を凝結させる。 彼は水流の鞭を作り出し、テーブルの上の荷物(黒胎と小箱)の周囲に防御結界を展開した。
「荷物には指一本触れさせねえぞ、ハエども」
「Target acquired. ……ドローン展開」
カイが、無機質な動作でコンソールを操作する。彼が背負ったバックパックから、無数の小型ドローン『ナイトマウス』が射出された。 それらは羽音ひとつ立てず、コウモリのように室内を飛び回り、死角から麻酔針や電撃ワイヤーを射出する。
「ちょこまかと……! 鬱陶しいわね!」
キリコが叫ぶ。 ドローンは小さく、素早い。物理的な攻撃では捉えきれない。 彼女は印を結び、狐火を呼び出した。
「燃えなさい!」
青白い炎がドローンを追尾し、次々と焼き落としていく。 だが、その隙を、雲閻は見逃さなかった。
『……見えたぞ』
粘着質な声が、キリコの耳元で囁かれた気がした。実体はない。 雲閻は、物陰に潜み、呪符を通じてキリコの精神に直接干渉してきているのだ。
『お前の弱さが。……恐怖が。……あの日の炎が、まだお前を焼いている』
キリコの視界が揺らぐ。 車内の風景が、再びあの燃え盛る廃寺へと変わりかける。祈が倒れ、ジンが泣き叫ぶ、絶望の記憶。 罪悪感が、心臓を鷲掴みにする。
「……っ!」
キリコは膝をつきかける。 だが、彼女の手が、胸元の『天帝の勾玉』を強く握りしめた。熱い。 天帝・昊天の血が、黄金の熱を持って、侵入してくる悪意を焼き払う。
「……私の頭の中を、土足で覗くんじゃないわよ! 変態!」
キリコは顔を上げ、勾玉の光を増幅させた。
「『狐火』・精神浄化ッ!!」
彼女の全身から放たれた霊波が、雲閻の呪詛を吹き飛ばす。
「ぬぅッ……!?」
物陰で、雲閻が呻き声を上げた。 術が破られた反動で、ダメージを受けたのだ。
「チャーリーさん! 荷物を!」
キリコが叫ぶ。 戦闘の余波が、テーブルの上のケースに及ぼうとしていた。 カイのドローンが自爆特攻を仕掛け、雲閻の放った影の棘が迫る。
「おうよ!」
チャーリーが、水流を渦巻かせ、絶対防御の盾となる。 だが、彼は気づいていた。 外部からの攻撃だけではない。 もっと危険な「何か」が、内側から起こり始めていることに。
激しい戦闘の衝撃。 飛び交う魔力と科学エネルギーの波動。 そして、四神(玄武)と高位道士、強化人間の気が衝突するカオス。それらすべてが、ケースの中身――『黒胎』にとって、最高の「エサ」であり「刺激」となってしまっていたのだ。
ズズズ……。
重厚な金属製のケースが、不気味に振動を始めた。まるで、中で巨大な心臓が脈打っているかのように。 表面に貼られた封印の札が、内側からの熱で焦げ、めくれ上がっていく。 隙間から、ドロリとした黒い泥が滲み出し、テーブルを腐食させる。
「……おい、まずいぞ」
チャーリーが、顔色を変えて叫んだ。
「中身が……起きやがった!」
その瞬間。
バキンッ!!
金属がひしゃげる音が響き、ケースが内側から破裂した。
封じ込められていた「魔界の膿」が、解放されたのだ。黒い泥が爆発的に膨張し、車内を埋め尽くさんとあふれ出す。それはただの液体ではない。 意思を持ち、飢餓に狂う、不定形の捕食者。
「な……ッ!?」
カイが操作していたドローンが、泥に触れた瞬間に溶けて消滅した。雲閻が放った影も、泥に飲み込まれて同化する。
黒い濁流が、敵も味方も関係なく、この列車そのものを飲み込もうとしていた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




