第九話「荒野の三つ巴」1
第一章 鋼鉄の蛇、襲撃
ユーガリア大陸、東部荒野。 かつて文明が栄え、そして滅んだ赤茶けた大地。見渡す限り、風化した岩肌と捻じれた枯れ木だけが続く不毛の世界を、一本の鋼鉄の蛇が疾走していた。
『大陸守護貨物列車』。
全長500メートル。先頭車両には、城壁をも粉砕する巨大な衝角を備えた装甲機関車が鎮座している。 その心臓部は、旧時代の蒸気機関と、虹海の道士たちが組み込んだ魔導炉をハイブリッドで燃焼させる特殊構造だ。煙突からは黒い煤煙と共に青白い魔力の残滓が吐き出され、轟音と共に大地を削りながら突き進むその姿は、単なる輸送手段というよりは、線路の上を走る移動要塞そのものだった。
最後尾に近い、要人輸送用の特別車両。 防弾ガラスの向こうでは、乾いた熱風が荒野の砂を巻き上げている。車内は、外の過酷な環境とは隔絶された豪華なラウンジ仕様になっていたが、車輪がレールを叩く激しい振動と、絶え間なく響く駆動音は隠しようもなかった。
「……暇ね」
ビロード張りのソファに深く沈み込み、キリコ(九十九霧狐)は窓枠に頬杖をついた。 流れる景色は、数時間前から代わり映えのしない赤と茶色のグラデーションだ。 彼女の銀髪から覗く狐耳が、退屈そうにピコピコと動く。
「暇で結構。……何事もなく着くのが一番だろ」
対面のロングソファを独占し、寝転がっているジン(夜刃迅)が、天井を見上げたまま答える。彼は、愛用のサバイバルナイフを指先で器用に回転させ、放り上げてはキャッチを繰り返していた。一見、リラックスしているように見える。 だが、その鋭い三白眼は笑っていない。 常に周囲の気配を探り、全身の筋肉をバネのようにこわばらせている。
この列車に乗ってから三日。 襲撃者もなければ、魔物の影もない。 あまりにも順調すぎる行程。その不気味な静けさが、逆に嵐の予感を増幅させていた。
テーブルの上には、二つの荷物が鎮座している。一つは、京帝の天帝・昊天から預かった『漆塗りの小箱』。もう一つは、虹海のチェン爺から託された『黒胎』の金属ケース。特に黒いケースの方は、列車の振動とは異なる、生物的な鼓動のような震えを微かに発しており、キリコの霊感を逆撫でし続けていた。
「……そろそろだぜ、若いの」
車両の隅、バーカウンターでウィスキーのロックを傾けていたチャーリー・Sが、カランと氷を鳴らしてグラスを置いた。彼は、トレードマークのサングラスをゆっくりと外し、胸ポケットにしまう。 その瞳は、深海のように暗く、静まり返っていた。
「そろそろって、何が?」
「ハエどもだよ。……腐肉の臭いを嗅ぎつけてきやがった」
チャーリーが天井――その向こうにある曇天の空を睨みつけた瞬間。
ドゴォォォォォン!!
直後、列車の屋根が悲鳴を上げた。爆発音。分厚い装甲板が飴細工のようにひしゃげ、火花と破片が車内に降り注ぐ。気圧差で突風が巻き起こり、ラウンジの調度品が吹き飛ばされる。
「上だ! 来るぞ!」
ジンが跳ね起き、即座にキリコと荷物を庇うように前に出る。 背中のライダースジャケットが裂け、漆黒の翼が展開される。
裂けた天井の穴から、雨のように黒い影たちが降り注いだ。 彼らは着地の瞬間まで、その姿を世界から隠蔽していた。 光学迷彩が解除され、空間のノイズが実体化する。
現れたのは、マットブラックの強化外骨格に身を包んだ精鋭たち。 無機質なバイザーが、冷徹に室内をスキャンする。
アークステイツ連邦・国家秘密部局『ゴーストライン』。
「Target located(目標捕捉). ……Priority Alpha, Black Legacy(最優先目標、黒い遺産).」
中央に降り立った隊長、イーヴォ・ハーケンが、感情のない合成音声で告げる。 その両脇には、振動剣を構えたガブリエル・ストラドと、無数のドローンを展開するカイ・マーデン。 彼らは、走行中の列車に高高度から降下し、ピンポイントでこの車両を強襲したのだ。
「『黒い遺産』を回収する。……抵抗勢力は排除せよ」
「チッ、またお前らか! ストーカーも大概にしろ!」
ジンが翼を広げ、威嚇する。 アークステイツの執念深さは異常だ。東帝都のハイウェイで撃退した程度では、彼らの追跡を振り切ることはできなかったらしい。
「渡すかよ、泥棒猫!」
ジンが床を蹴り、迎撃しようとした瞬間――。
シュゥゥゥ……。
今度は、車両の前方と後方、連結部のドアの隙間から、ドス黒い霧が噴き出した。 それは物理的な煙ではない。 呪術によって練り上げられた、視界と感覚を奪う結界の霧。
「あらあら。……横取りは感心しませんねえ」
霧の中から、鈴を転がすような艶やかな声が響いた。黒い霧が凝縮し、二つの人影を形成する。
優雅な黒いチャイナドレスを纏い、背中に禍々しい「影紋」を背負った美少女、夜 華琳。そして、黒い人民服を着た陰湿な男、黎 雲閻。
凰華共和国・国家治安局「黒冠」。
「それは我ら凰国の所有物だ。……夷狄如きに渡す道理はない」
華琳が扇子を開き、口元を隠して微笑む。 その黄金の瞳は、アークステイツの兵士たちを羽虫のように見下ろしていた。 雲閻は、呪符を指に挟み、不快な視線でキリコを舐め回す。
「やれやれ。……船での借りを返しに来てやりましたよ、白狐のお嬢さん」
車両の天井からはアークステイツの科学兵器。 前後のドアからは凰華共和国の呪術部隊。世界二大国の特殊部隊が、この狭い車内で鉢合わせしたのだ。逃げ場はない。
「……最悪の同窓会ね」
キリコが舌打ちをし、両手で印を結んだ。 彼女の『千里眼』は、車内に張り巡らされた無数の殺意のラインを視認し、脳が焼き切れそうなほどの情報を処理している。
「ジン、チャーリーさん! ……荷物を死守して!」
「言われなくとも!」
「へっ。……賑やかになってきやがったな」
チャーリーがウィスキーの瓶を飲み干し、床に叩きつける。ガラスの破片が散らばる中、彼はアロハシャツを脱ぎ捨てた。 背中の玄武の刺青が、青白く発光を始める。
三つ巴の開戦。 時速100キロで荒野を疾走する鋼鉄の密室で、科学と呪術、そして異能が入り乱れる殺意の宴が始まる。
「殺れッ!!」
「Engagement(交戦開始)!」
イーヴォと華琳の号令が重なった。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




