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リコリス・マッドポップ・サンサーラ  作者: ネオもろこし
黒き胎動(ダークパルス)編

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第八話「魔都の四神との邂逅」3

第三章 西へのパスポート


 極彩色のネオンが煌めく港湾地区の喧騒から離れ、迷路のような路地裏を抜けた先に、その店はあった。 一般の地図には載っておらず、表社会の人間がたどり着くことは不可能な場所。 魔都・虹海(ホンハイ)の裏社会を統べる「顔役」たちが集う、特別な聖域。


 陳 幽寂(チェン爺)の屋台。


 湯気が立ち上る蒸籠(せいろ)からは、スパイスと豚肉の食欲をそそる香りが漂っている。 だが、円卓を囲む空気は、張り詰めた糸のように鋭利だった。


 ジン(夜刃迅)は、警戒心を解かずに愛用のナイフの柄に手を掛けていた。 キリコ(九十九霧狐)もまた、パーカーの下で呪符を握りしめ、四人の「怪物」たちの挙動を注視している。


「……食え。毒など入っておらん」


 チェン爺が、二人の前に肉まんを置いた。その視線が、ふとキリコの胸元で止まる。 激しい戦闘で乱れたパーカーの襟元から、琥珀色の輝きが漏れ出していたのだ。


「……その勾玉」


 チェン爺の目が、老獪な光を帯びて細められた。


「天帝の血が封じられた、最高位の護符じゃな。……お主ら、京帝の昊天(コウテン)の使いか?」


「……ッ」


 キリコが息を呑む。 この勾玉は、葛葉から極秘に託されたものだ。一介の屋台の親父が、一目でその正体と価値を見抜くなど、あり得ない。


「……さあね。ドン・キホーテで買った安物よ」


 キリコはシラを切った。相手が何者かわからない以上、依頼人(天帝)の情報を漏らすわけにはいかない。 それが運び屋の鉄則だ。


「とぼけるでない。……その勾玉から漂う神気は、ワシらには隠せンよ」


 チェン爺が、テーブルに拳を置いた。ゴォォォ……という低い音が響き、背後に巨大な白虎の幻影が揺らめいた。


「答えろ。……お主らは、何者じゃ」


 殺気ではない。だが、魂を圧迫する重圧(プレッシャー)。 ジンが脂汗を流しながらも、キリコを庇って前に出ようとする。


 その時。 青いチャイナドレスの美女――王 麗琳(リーリン)が、茶碗を置いて口を開いた。


「意地悪はやめなさい、じっちゃん。……彼らは、ただ警戒しているだけよ」


 彼女は、キリコとジンを真っ直ぐに見つめた。その碧眼には、敵意ではなく、どこか懐かしむような色が宿っていた。


「貴方たちが身構えるのも無理はないわ。……でも、安心して。私たちは敵じゃない」


 リーリンは、自分の胸に手を当てた。


「私は、青龍。……この大陸の東を守護する者」


 彼女が指を鳴らすと、風が巻き起こり、小さな竜巻を作った。


「そこのチビ助は、朱雀。……南の炎を司る者」


「チビじゃないもん!」


 李 小蓮(シャオ)が頬を膨らませる。その髪からは、火の粉が舞っている。


「そして、その爺さんが白虎。……西の武神」


「ふん。年寄りは敬え」


「最後に、そこのアロハシャツが……玄武。……北の守り手よ」


 チャーリー・Sが、ビールを片手にヒラヒラと手を振った。


「……四神」


 キリコが愕然と呟く。伝説上の存在。凰華共和国の裏の支配者。そんなお伽噺のような存在が、目の前で肉まんを食っている。


「信じられないか? ……まあ、無理もねえ」


 チャーリーが笑った。


「だがよ……お前たちが持ってるその匂い。……それは、俺たちがよく知ってる連中の匂いだ」


「……連中?」


「ああ。……10年前、この世界を救うために命を燃やした、大馬鹿野郎たちさ」


 チャーリーは、遠い目をした。


「久遠 灯。……辰巳 響。……そして、天羽 祈」


「……ッ!?」


 キリコとジンが、同時に立ち上がった。 その名前。 彼らが追い続け、憧れ続けた、命の恩人たちの名前。


「知ってるのか……!? あんたたち、あの人たちのことを!」


 ジンが食い気味に問う。


「知ってるも何も」


 リーリンが、優しく微笑んだ。


「彼女たちは、私たちの戦友(とも)よ。……一緒に戦い、傷つき、そして世界を書き換えた、かけがえのない家族」


 四神たちは語った。虹海での激闘。 ノクタルニアへの旅路。 そして、アギトの丘での別れ。 彼らは、リコリス・バロックと共に「白紙の審判(ホワイトデイ)」を越え、その記憶を保持し続けている数少ない証人たちだったのだ。


「そうか……。あんたたちが……」


 キリコの目から、涙が溢れた。 ずっと探していた。 あの日の真実を知る人たちに、ようやく会えた。 警戒心は、氷解するように消え去った。


「……信じます。貴方たちなら」


 キリコは座り直し、深く頭を下げた。 そして、自分たちの正体と、今回のミッションについて語り始めた。天帝・昊天からの依頼。 ルシウスへの届け物。 そして、船内で奪い合いになった『黒胎』のこと。


「……ふうん。面白い仕事をしてるのね」


 全てを聞き終えたリーリンが、感心したように頷いた。


「天帝からの直使で、しかもアークステイツと黒冠(ヘイグアン)を出し抜いてここまで来た。……灯たちが聞いたら、きっと大笑いして褒めるわね」


「へっ。……血は繋がってなくとも、魂は継承されてるってわけか」


 チャーリーも嬉しそうに笑う。


 チェン爺は、キリコがテーブルに置いた重厚な黒い金属ケースを引き寄せた。 封印が施されているが、その隙間から漏れ出す瘴気は、熟練の道士である彼の顔をしかめさせるのに十分だった。 わずかに蓋を開ける。


 ジュッ……。


 テーブルのニスが黒く変色し、腐敗臭が漂う。ただの泥ではない。凝縮された悪意と、終わらない飢餓の塊。


「……こりゃあいかん。魔界の膿(うみ)そのものじゃ」


 チェン爺はすぐに蓋を閉め、厳重に封印の札を重ね貼りした。


「虹海は、龍脈の吹き出す『龍穴』そのものじゃ。……こんな不安定な爆弾をここに置いておけば、高濃度の魔力に反応して活性化し、最悪の場合、泥が膨張して魔都そのものを飲み込みかねん」


「そんなにヤバいんですか、これ」


 ジンが、冷や汗を拭いながら問う。 彼はこのケースを軽々と運んできたが、それは核弾頭のスイッチを入れたまま持ち歩いていたようなものだったのだ。


「ああ。……虹海(ここ)では処理しきれん」


 チェン爺は、キリコとジンに向き直った。 その目は、ただの老人ではなく、世界の均衡を守る守護者としての厳しさを帯びていた。


「これを浄化できるのは、この大陸でただ一箇所。……西の聖地、ミサイア共和国にある聖遺物『ゴルゴダ』だけじゃろう」


「ミサイア……。ルシウス首相のところですね」


 キリコが頷く。 天帝からの荷物の届け先も、そこだ。 目的地は一致している。


「運び屋よ。……改めて、依頼じゃ」


 チェン爺は、懐から金貨の袋を取り出し、テーブルに置いた。 ジャラリ、と重い音がする。


「この泥を、ルシウスの元へ運んでくれ。……天帝からの荷物と一緒にな。これは、この街と大陸の平和を守るための『厄介払い』であり、同時に未来への投資じゃ」


「……上等だ。最初からそのつもりだ」


 ジンが即答する。 金貨の袋には目もくれず、黒いケースを引き寄せた。彼の瞳には、恐怖ではなく、困難なミッションに挑む仕事人の光が宿っている。 恩人たちの盟友からの頼みだ。断る理由はない。


「だが、問題はここからのルートだ」


 キリコが、タブレットの地図を展開する。虹海からミサイア共和国までは、広大なユーガリア大陸を横断しなければならない。 直線距離にして数千キロ。その間には、荒涼とした荒野、険しい山脈、そして旧時代の魔物や盗賊団が跋扈する危険地帯が広がっている。 地図にない道を行く必要がある。


「空路はアークステイツの監視下。海路は黒冠の包囲網。……陸を行くしかないけれど、私たちには大陸の土地勘がないわ」


「そうだな。……ガキ二人じゃ、三日と持たずに野垂れ死ぬか、魔物の餌だ」


 チャーリーが、ビールを飲み干しながら口を挟んだ。彼はサングラスをずらし、ニヤリと笑った。


「大陸の『人外(あちら側)』のルールは複雑だぜ? ……力だけでねじ伏せられるほど、この世界は単純じゃねえ」


「……脅しかよ、亀の旦那」


 ジンが睨み返す。 チャーリーは肩をすくめ、立ち上がった。


「忠告だよ。……だからよ、俺が案内してやる」


「え?」


 キリコが目を丸くする。 リーリンとシャオも、驚いたようにチャーリーを見た。


「チャーリー……行くのか?」


「虹海は平和すぎて退屈なんだよ。……それに、久々に西の空気を吸いたくてな」


 チャーリーは、アロハシャツの襟を正し、キリコとジンの肩をポンと叩いた。


「安心しな。……この大陸で、俺より道に詳しい奴はいねえ。地獄の底までナビゲートしてやるよ」


 四神の一柱、玄武が同行する。これ以上ない、最強のガイドだ。 彼の申し出には、気まぐれ以上の「何か」――おそらくは、かつて共に戦い、そして別れた仲間たち(灯やルシウス)への尽きせぬ思いが含まれていることを、キリコは直感的に感じ取っていた。


「よろしくお願いします、チャーリーさん!」


 キリコが深々と頭を下げる。プロとして、頼れるものは何でも利用する。それが流儀だ。 そして何より、この男となら、どんな地獄でも笑って越えていけそうな気がした。


「へっ。……足手まといになんなよ、亀の旦那」


 ジンが憎まれ口を叩きながらも、その口元は緩んでいた。交渉成立。


 一行は、虹海の地下深くに隠された、秘密の駅へと向かった。 そこには、蒸気と魔力で駆動する、巨大な装甲列車が待機していた。


『大陸守護(ガーディアン・)貨物列車(エクスプレス)」』。


 表の路線図には載っていない、裏社会専用の鉄路。四神の裏工作により手配された、特別車両だ。 鋼鉄の蛇のような車体は、どんな荒野も、どんな結界も突破して進むように設計されている。


「行くぞ。……長旅になるぜ」


 チャーリーを先頭に、キリコとジンが乗り込む。ホームには、リーリン、シャオ、そしてチェン爺が見送りに来ていた。


「気をつけてね! ……お土産、期待してるから!」


 シャオが手を振る。


「私の名を出しなさい。……大陸の風は、いつでも貴方たちの味方よ」


 リーリンが、加護の言葉を贈る。


「……達者でな」


 チェン爺が、静かに頷く。


 ヴォオオオオオオオッ!!


 重厚な汽笛が鳴り響いた。車輪がきしみを上げ、鋼鉄の巨体が動き出す。窓の外、極彩色のネオンが流れる星のように後方へと飛び去っていく。


 目指すは西の果て、ミサイア共和国。 かつて英雄たちが駆け抜けた道を、今、新たな世代が征く。


 だが、その道中は決して平坦ではない。彼らは知っている。「黒(ブラック・)胎(オリジナル・シン)」を狙う組織の執拗な追撃と、大陸特有の未知なる危険が待ち受けていることを。


 そして、闇の奥で動き出すアークステイツの『ゴーストライン』と、執拗な『黒冠』の影が、列車の走行音に紛れて忍び寄っていることを。


 ガタン、ゴトン。 ガタン、ゴトン。


 リズムよく刻まれるレールの音が、戦いのドラムのように聞こえた。列車の旅が、今始まる。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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