第八話「魔都の四神との邂逅」2
第二章 神獣の手合わせ
「渡せと言われて渡す運び屋はいねえよ!」
ジン(夜刃迅)の咆哮が、魔都の湿った空気を引き裂いた。 背中の黒いライダースジャケットを内側から食い破るように、漆黒の翼を爆発的に展開させた。
バサァッ!!
金属のこすれる甲高い音が鳴り響く。 それは鳥の羽ばたきではない。 無数の剃刀の刃を重ね合わせたような、殺傷力を持った鋼鉄の翼。 かつて天使の座を追われた一族が背負う、罪と罰の象徴。
「邪魔するなら……斬るぞ!」
『堕天の斬撃』。
ジンが甲板を蹴った。 その踏み込みだけで、コンクリートの地面がクモの巣状にひび割れる。 初速から音速に迫る突進。彼は黒い流星となり、空中に浮く王 麗琳へと肉薄した。翼の先端が、彼女の喉元を刈り取ろうと閃く。
だが。
「……遅いわ」
リーリンは、表情一つ変えずに左手を軽く振った。 ただそれだけだ。 まるで、纏わりつく羽虫を払うような、優雅で無造作な動作。
キィィィィン!!
ジンの翼が、見えない壁に阻まれて弾かれた。物理的な障壁ではない。高密度に圧縮された大気が、鋼鉄以上の硬度を持って彼の斬撃を拒絶したのだ。
「なッ……!?」
ジンが驚愕に目を見開く。斬れない。 ダイヤモンドさえも切断するはずの自分の翼が、ただの「風」に押し返されている。
「黒い翼……。珍しいけれど、まだ『軽い』わね」
リーリンが、冷ややかに宣告する。彼女の背後に揺らめく半透明の龍翼が、威圧的に広がった。その瞬間、港一帯の気圧が急激に低下した。耳が詰まるような感覚。肺の中の空気が吸い出されるような窒息感。
「風は……空を支配する力よ。貴方が飛ぼうとするその空間ごと、私の掌の上だわ」
リーリンが踏み込む。その速度は、ジンの動体視力を遥かに凌駕していた。 風そのものとなった彼女の姿が掻き消え、次の瞬間にはジンの懐に潜り込んでいた。
「がッ……!?」
掌底。 触れるか触れないかの距離から放たれた衝撃波が、ジンの腹部を貫通し、背中へと突き抜けた。 内臓が位置を変えるほどの衝撃。 ジンはくの字に折れ曲がり、後方へと吹き飛ばされた。
「隙だらけだよ!」
追撃の手は緩まない。 吹き飛ばされたジンの背後から、灼熱の気配が迫る。李 小蓮だ。 彼女は地面を滑るように疾走し、その軌跡に赤い炎の道を残している。
「燃えちゃえ!」
シャオが跳躍し、回転しながら踵落としを放つ。 その足には、陽炎のような朱色のオーラが纏わりついていた。 当たれば骨ごと炭化する、紅蓮の炎。
「くっ……! 狐火ッ!」
キリコ(九十九霧狐)が、印を結んで叫んだ。彼女はジンの前に滑り込み、両手から青白い炎を噴出させた。妖狐の浄化の炎。 物理的な熱量を持たないその火は、霊的な攻撃を相殺する盾となるはずだった。
「防いで、私の炎!」
キリコの狐火が、シャオの蹴りを受け止める。
ボオォォォォン!!
炎と炎が衝突し、爆発した。だが、拮抗したのはほんの一瞬だった。
「あはは! ぬるいよ、お姉さん!」
シャオが無邪気に笑う。 彼女の纏う炎は、単なる燃焼現象ではない。 万物を灰へと帰す、根源的な破壊のエネルギーだ。 キリコの狐火は、シャオの炎に飲み込まれ、燃料のように食い尽くされていく。
「嘘……出力の桁が、違う……!?」
キリコの顔色が蒼白になる。妖術ごと焼き尽くす圧倒的な熱波が、彼女の顔を焼こうと迫る。 防げない。 このままでは、二人とも灰になる。
「熱ッ……!?」
「キリコ!」
ジンが、痛む腹を押さえて無理やり身体を捻った。彼はキリコを抱き寄せ、背中の翼で覆い隠すようにして、シャオの炎に背を向けた。 盾になる。
「ぐ、ああああああッ!!」
ジンの絶叫が響く。鋼鉄の翼が赤熱し、溶け始める。背中の皮膚が焼ける臭い。 ライダースジャケットが炭化し、肉が焦げる激痛が脳髄を駆け巡る。
「ジン! ジン!!」
キリコが悲鳴を上げる。 ジンの腕の中で、彼女は見た。 目の前の少女と美女が放つ、絶対的な「格」の違いを。
人間ではない。 かといって、ただの妖怪やサイボーグとも違う。 彼女たちの背後には、この大陸そのものがついているような、巨大で、古くて、抗いようのない質量がある。
(なに、こいつら……!? まるで『天災』そのものじゃない……!)
リーリンが、冷たい瞳で二人を見下ろす。 シャオが、つまらなそうに炎を弄ぶ。 彼女たちに殺意はない。ただ、害虫を駆除するように、あるいは不純物を焼却するように、淡々と「処理」しようとしているだけだ。その無慈悲なまでの「正しさ」が、何よりも恐ろしかった。
「……終わりよ」
リーリンが手をかざす。 真空の刃が形成され、二人の首を狙う。 シャオが構える。トドメの火球が膨れ上がる。
「……クソッ、だァ……!」
ジンは意識が飛びそうになりながらも、キリコを離さなかった。せめて、コイツだけでも。 荷物は守れなくても、相棒だけは。
その時。
ドォォォォォン!!
鼓膜が破裂しそうな轟音と共に、アスファルトの大地が粉砕された。 ジンとシャオの間に、天から巨大な岩石が落下してきたような衝撃が走る。 舞い上がる土煙。 ひび割れた地面。
突如として現れた「壁」に、リーリンの風も、シャオの炎も、霧散して掻き消された。
「……な、んだ?」
ジンが薄目を開ける。 土煙の中から現れたのは、小柄な老人だった。
中華風の武闘服に身を包み、長い白髭を蓄えた老人。陳 幽寂。彼は、ジンの鋼鉄の翼と、シャオの神炎の蹴りを、左右の手のひらだけで――まるで落ちてくる葉っぱを受け止めるかのように、軽々と受け止めていたのだ。
ビクともしない。 山のような不動の構え。その全身からは、白い湯気のような闘気が立ち昇り、背後に巨大な猛虎の幻影を映し出している。
「そこまでじゃ」
老人の声は、低く、しかし港全体を震わせるほどの重みを持っていた。
「若いのをいじめるでない。……大人気ないぞ、リーリン、シャオ」
「……チェン爺!」
シャオが慌てて足を引く。リーリンも、バツが悪そうに風を収め、地上に降り立った。 虹海の裏社会を統べる顔役。 彼の一喝には、暴走する二人を黙らせるだけの威厳があった。
そして。 積み上げられたコンテナの影から、もう一人の男が姿を見せた。
「ヒャッハー! 派手にやるじゃねえか」
派手なアロハシャツに、サングラス。 手には飲みかけのビール缶。 場違いなほどに軽薄な空気を纏ったその男は、口笛を吹きながら歩み寄ってきた。
チャーリー・S。
「死人が出るところだったぜ? ……ったく、血の気が多い嬢ちゃんたちだ」
彼は、へたり込んでいるジンとキリコの前にしゃがみ込み、サングラスをずらして二人を覗き込んだ。その瞳は、深海のように暗く、底知れない。
「……大丈夫か、兄ちゃんたち」
「あんた……」
ジンが呻く。 この男からも、リーリンたちと同じ、いや、もっと底の知れない「怪物」の気配がする。だが、敵意はない。 むしろ、懐かしむような、面白がるような色が浮かんでいる。
「……だがよ、リーリン」
チャーリーは立ち上がり、青龍の方を向いた。
「その兄ちゃんたち、ただの悪党じゃなさそうだぜ? ……見ろよ、その眼を」
チャーリーが指差したのは、ジンの瞳だった。痛みと恐怖に歪みながらも、決して消えていない反骨の光。そして、キリコを守ろうとした自己犠牲の覚悟。
「……懐かしい匂いがしやがる。10年前に、この街を駆け抜けた馬鹿野郎どもの匂いだ」
「……え?」
リーリンが、ハッとしてジンを見る。 シャオも、不思議そうに首を傾げる。 彼らの脳裏に、かつての戦友たち――『リコリス・バロック』の面影がよぎる。
「……まさか」
キリコが、震える手で胸元の勾玉を握りしめた。 天帝の血が熱く反応している。 この状況は、絶望ではない。 運命の歯車が、ガチリと噛み合った音だった。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




