第八話「魔都の四神との邂逅」1
第一章 歓迎せざる客
東皇海を渡りきった密輸船は、重油の臭いと波の音を引きずりながら、凰華共和国の特別自治区・虹海の港へと滑り込んだ。
その瞬間、世界の色が変わった。 そこは、世界で最も「濃い」場所だった。
夜空を焦がすのは月明かりではない。 視界の全てを埋め尽くす、極彩色のネオンサインとホログラム広告の洪水だ。 龍の形をしたレーザー光線が天を泳ぎ、ビルの壁面には巨大な美女が艶かしく微笑んでいる。 近代的な摩天楼の足元には、カビとスパイスの匂いが染み付いた古びた路地が毛細血管のように絡み合い、そこから吐き出される蒸気が街全体を妖しく包み込んでいる。
最新鋭のサイバーパンクと、前時代的な東洋の魔術的混沌。 それらが無秩序に融合し、腐敗と繁栄が同居する、暴力的なまでの生命力の坩堝。
「……すげえな。東帝都とは違う種類の『熱』だ」
タラップを降りたジン(夜刃迅)が、まとわりつくような湿度に顔をしかめた。 東帝都の空気が冷たく乾燥した「鉄」の味なら、ここの空気は煮詰めた「シロップ」と「血」の味がする。呼吸をするだけで、肺の中に得体の知れないエネルギーが充填されていくような感覚。
ジンの右手には、黒く塗装された重厚な金属製のケースが握られていた。見た目は大型のアタッシュケースほどだが、その質量は異常だった。中には、鉛やウランよりも重い、世界の呪いそのものが封じ込められている。
『黒胎』。
10年前の災厄の遺物。 ケース越しでさえ、その中身が脈打ち、周囲の空間を侵食しようとする微かな振動が掌に伝わってくる。 ジンは無意識に、背中の見えない翼を緊張させた。 この街の空気は、ケースの中身を喜ばせている。龍脈の濃度が高すぎるのだ。
「油断しないで、ジン。……この街は、影が濃すぎる」
隣を歩くキリコ(九十九霧狐)が、パーカーのフードを目深に被り直しながら囁いた。 彼女は自身の胸元を、服の上から強く押さえている。懐にある『天帝の勾玉』が、肌を焼くほどに熱を帯び、細かく振動していたからだ。 それは、強大な霊的磁場への共鳴であり、同時に、この先に待ち受ける脅威へのサイレンのような警告だった。
「わかってる。……さっさと通り抜けるぞ」
「ええ。長居は無用よ」
二人は顔を見合わせ、足早に埠頭を歩き出した。周囲には、怪しげな港湾労働者や、義体化したマフィアらしき男たちがたむろしているが、二人の放つ鋭利な空気を察知してか、誰も目を合わせようとはしない。
だが。 彼らが避けようとしていたのは、そんな有象無象ではなかった。 この街そのものが持つ「意志」のような、巨大な拒絶反応。
二人がコンテナヤードの影を抜け、大通りに出ようとした、その時だった。
ゴオオオオオッ!!
突如、台風のような突風が吹き荒れた。 積み上げられていた空のドラム缶が、枯葉のように吹き飛び、鉄骨が軋む。 ただの風ではない。 指向性を持った、鋭利な刃のようなプレッシャー。
「ッ!?」
ジンが足を止め、キリコを背に庇う。 舞い上がる塵とネオンの光の中、上空から二つの影が音もなく舞い降りた。
「止まりなさい、運び屋さん」
透き通るような、それでいて絶対的な命令権を含んだ声。
一人は、深いスリットの入った青いチャイナドレスを纏った美女だった。長い黒髪を夜風になびかせ、手には扇子を持っている。その容姿は、10年前の姿と、何一つ変わっていなかった。時が止まっているかのような美貌。 その背後には、大気中のマナが凝縮して形成された、半透明の巨大な龍の翼が揺らめいていた。風を従え、空を支配する者。 王 麗琳。この虹海を守護する四神・青龍。
「燃やしちゃうよ?」
もう一人の声は、鈴を転がすように可憐で、しかし爆発的な熱量を秘めていた。 真紅の拳法着を着た、小柄な少女。 お団子頭に結った髪が揺れるたび、その周囲の空気が陽炎のように揺らぐ。 彼女もまた、10年前の姿のままだった。成長していないのではない。 強大すぎる神の力をその身に宿した代償として、肉体の時間が永遠に固定されてしまったのだ。 彼女の全身からは、物理的な熱気と共に、朱色のオーラが立ち昇っている。 李 小蓮。炎を操る四神・朱雀。
二人の守護神が、退路を断つように立ちはだかる。 彼女たちの瞳には、慈悲も、迷いもない。あるのは、自らの領域に侵入した異物を排除しようとする、冷徹な殺意のみ。
「……貴方たちから、とてつもなく嫌な匂いがするわ」
リーリンの碧眼が、冷ややかに細められた。彼女の視線は、ジンそのものではなく、彼が持つ黒いケース、そして彼の背中に隠された「黒い翼」の気配を射抜いていた。
「街を汚す『泥』の臭いと……天から堕ちた『不吉な鳥』の臭い」
彼女たちは、黒狐便のことなど知らない。 ただ、直感的に悟ったのだ。こいつらが持ち込んだ荷物が、虹海の龍脈を汚染し、災厄を招く種であると。 そして、それを運ぶ男が、神聖な四神とは対極にある、呪われた血脈の持ち主であると。
「……問答無用ってか」
ジン(夜刃迅)が、唇を歪めて笑った。 友好的な交渉など、望むべくもない。 相手は聞く耳を持っていない。 「街を守る」という正義の元に、害悪と認定したものを即座に処理する構えだ。
李 小蓮が、トン、と軽く地面を蹴った。 それだけで、アスファルトが溶解し、足元から炎が噴き出す。 物理法則を無視した、圧倒的な熱量。
「お姉ちゃん、やっちゃっていい?」
「ええ。……灰も残さず、消去なさい」
王 麗琳の冷徹な許可と共に、シャオの身体が紅蓮の炎に包まれた。
「排除の構えだ、キリコ」
ジンが低く告げる。
「……最悪の展開ね。とんでもない化け物を引いちゃったわ」
キリコ(九十九霧狐)が、懐の呪符に指をかけながら呻いた。彼女の『千里眼』をもってしても、目の前の二人の底が見えない。 人間ではない。かといって、ただの妖怪やサイボーグとも違う。 もっと根源的で、巨大な「何か」を背負った存在。
ジンは、右手に提げていた『黒胎』のケースを、自身の足元の影へと丁寧に、しかし素早く滑り込ませた。
「相手が誰だろうと関係ねえ」
彼の背中で、見えない翼が殺気を帯びて蠢く。
「俺たちの仕事は、荷物を届けることだ。……邪魔する奴は、どかすだけだ」
ここを通るには、言葉はいらない。 力で、道をこじ開けるしかない。
一触即発。 魔都の埠頭で、運び屋と守護者の衝突が始まろうとしていた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




