第六話「天帝の勾玉」3
第三章 浅修羅の誓い
出発の朝。 空は低く、今にも泣き出しそうな重苦しい曇天だった。 港へ向かう前に、二人はバイクを使わず、電車と徒歩で東帝都の北東部、浅修羅へと足を運んだ。
再開発が進み、クリスタルガラスの摩天楼が林立する都心とは違い、ここは時間が止まったかのような古い下町だ。墨堕川から運ばれてくる湿った川の匂いと、朽ちかけた木造建築が放つカビの臭い。 それは、彼らにとって何よりも懐かしい、原風景の香りだった。
迷路のような路地の最奥。 忘れ去られたように佇む廃寺があった。
10年前。 「人外排斥」を掲げた純血種たちに追われ、幼い二人が逃げ込み、そして天羽祈という一人の少女に命を救われた場所。崩れかけた山門は当時のままだが、今は瓦礫が片付けられ、誰かが手向けた野花が供えられている。
「……懐かしいわね」
キリコ(九十九霧狐)が、腐りかけた本堂の柱にそっと手を触れた。指先に伝わる木の感触。 あの日、震えながらしがみついた柱だ。
「ああ。あの時は、本当に死ぬかと思ったぜ」
ジン(夜刃迅)が、曇った空を見上げる。 あの夜も雨だった。絶望的な包囲網の中で見た、灰色の翼。 そして、壁をぶち破って駆けつけた英雄たちの、圧倒的で温かい背中。
「お姉ちゃん……祈さんは、震えていたわ」
キリコは、本堂の跡地に腰を下ろした。ここには、あの日の熱気と、誓いの記憶が焼き付いている。
「自分だって怖かったはずなのに、私たちを背に庇って……『誰にも渡さない』って叫んでくれた。……あんなに小さくて、華奢な背中だったのに、誰よりも大きく見えた」
「……違いない」
ジンも隣に座り、膝に腕を乗せた。
「あの人たちがいたから、俺たちは今、ここにいる。……ただ生かされただけじゃねえ。どう生きるべきかを、教わったんだ」
自分たちは、あの日もらった命を、どう使っているだろうか。 ただ日銭を稼ぐだけでなく、胸を張れる生き方をしているだろうか。 その問いかけが、胸元の勾玉を通して心臓に響く。
「なあ、キリコ」
ジンが、静かに言った。 その視線は、西の空――これから向かうユーガリア大陸の方角に向けられている。
「俺たちがこれから行く場所……。そこには、あの人たちの足跡があるんだよな」
「ええ」
キリコは、胸元の『天帝の勾玉』を強く握りしめた。 衣服越しに伝わる天帝の血の温かさが、不安を溶かしていく。
「虹海、大陸、そしてアストエル。……彼女たちが戦い、傷つき、駆け抜けた道よ」
これから向かうのは、伝説の追体験だ。あの英雄たちが何を見て、何を思い、そして世界をどう変えたのか。 それを知るための旅。 ただの運び屋としてではなく、彼女たちの意志を継ぐ者として。
「……怖いか?」
「まさか」
キリコはフンと鼻を鳴らし、立ち上がった。銀髪が風に揺れ、その隙間から覗く瞳には、強い意志の光が宿っていた。
「ワクワクしてるわよ。……だって、やっと近づけるんだもの。憧れだったあの背中に」
「……へっ。そうこなくちゃな」
ジンも立ち上がり、背中の翼の感覚を確かめるように肩を回した。見えなくとも、その翼は力強く広がっている。もう、守られるだけの子供ではない。 誰かを守るために、空を飛ぶことができるのだから。
「帰ってこようぜ。……絶対に」
ジンが廃寺に向かって言った。 それは、過去の自分たちへの約束。
「もちろんよ。……お土産話、たくさん持ってね」
キリコも深く一礼した。 過去への感謝と、未来への誓い。 行ってきます、と心の中で呟く。
「行くぞ! ……世界が俺たちを待ってる!」
「ええ。……最高の配送を見せてあげるわ」
その時。 一陣の風が吹いた。 分厚い雲が切れ、一筋の薄日が廃寺の庭に差し込む。 それは、まだ見ぬ大陸からの呼び声のように、二人の背中を優しく、そして力強く押した。
銀狐と黒翼は、故郷を後にする。東帝都の港には、彼らを大陸へと運ぶ錆びついた密輸船が待っている。 波の音が聞こえる。 長い長い旅が、静かに、しかし確実に幕を開けた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




