第六話「天帝の勾玉」2
第二章 愛馬との別離
東帝都・不死川。『黒狐便』の事務所に戻ったキリコとジンを待っていたのは、常盤大統領の腹心である黒スーツの秘書官(SP)だった。彼は、持参したタブレット端末をデスクに置き、ミサイア共和国への渡航ルートについての極秘プランを提示した。
「現在、皇国周辺の空域と主要な海路は、アークステイツ連邦軍および凰華共和国軍の厳重な監視下にあります。……公式な手段で出国しようとすれば、その瞬間に撃墜されるか、拘束されるでしょう」
世界情勢は緊迫している。 10年前の「白紙の審判」以降、表向きは協調路線を取っている大国たちだが、裏ではロストテクノロジーの覇権を巡って冷戦状態にあるのだ。 天帝の密使が動いていると知れば、間違いなく介入してくる。
「そこで、このルートを使用します」
SPが画面をスワイプする。表示されたのは、地図には載っていない複雑な線だった。
「東シナ海の密輸船に紛れ込み、まずは凰華共和国の特別自治区・虹海へ潜入します。そこから陸路で首都・鳳京を経由し、ユーガリア大陸を西へ横断してミサイア共和国を目指す……総距離数千キロに及ぶ、過酷な長旅になります」
「密入国ってわけか。……運び屋の得意分野だぜ」
ジンがニヤリと笑う。 どんな国境も、どんな検問も、彼らにとってはただのハードルに過ぎない。
「手配は全てこちらで行います。身分証、現地通貨、そして協力者のリストも用意しました。……ただし、一つだけ条件があります」
SPは、真剣な眼差しで、ガレージスペースに鎮座する大型バイク『黒狐号』を一瞥した。 ジンの手によって違法改造され、黒い装甲と巨大なマフラーを備えた、世界に一台だけの怪物マシン。
「荷物は最小限に。……そのバイクは、置いていってください」
「はぁ!?」
ジンが、椅子を蹴倒して食ってかかった。
「ふざけんな! こいつは俺の相棒だ! 俺の翼だ! こいつがなきゃ仕事にならねえ! 逃げ足だって……」
「目立ちすぎます」
SPは冷徹に告げた。 その声には、一切の妥協がなかった。
「密航船に大型バイクは積めませんし、凰国内での移動も怪しまれます。……ましてや、そんな特徴的な改造車両で大陸を横断すれば、『私はここにいます』と宣伝して回るようなものです。潜入任務において、その機体はただの『標的』です」
正論だった。 ぐうの音も出ないほどの正論。 だが、ジンにとって『黒狐号』は、ただの乗り物ではない。自分の翼と同じくらい重要な半身だ。 自分の手で改造し、数多の修羅場を共に駆け抜けてきた鉄の馬。それを置いていくことは、翼をもがれるに等しい苦痛だった。
「……くそっ」
ジンは、愛車のタンクを撫でた。冷たい金属の感触。 エンジンの鼓動が聞こえてくるようだ。 これを置いて、見知らぬ土地へ行けというのか。
「……置いていきましょう、ジン」
キリコが、静かに彼の方に手を置いた。
「キリコ!」
「生きて帰れば、また乗れるわ。……今は、任務を守るのが最優先よ」
キリコが指差したのは、懐にしまわれた漆塗りの小箱ではなく、二人の未来だった。 ここで拘って失敗すれば、全てが終わる。プロとして、選ぶべき道は一つしかない。 それを誰よりも理解しているのは、ジン自身のはずだ。
ジンは、キリコの瞳を見た。そこには、相棒への信頼と、厳しい覚悟が宿っていた。
「……わかったよ」
ジンは歯を食いしばり、愛車のタンクを拳で叩いた。
ドン。
鈍い音が、ガレージに響く。それは、別れの音だった。
ジンは、部屋の隅から防水シートを引っ張り出し、バイクに被せた。 愛しい流線型のフォルムが、布の下に隠されていく。エンジンが見えなくなり、タイヤが隠れ、最後にハンドルが覆われる。 それは、東帝都での「日常」を封印し、身一つで世界へ挑む覚悟の儀式だった。
「待ってろよ、相棒。……必ず迎えに来るからな」
その声は、微かに震えていた。 ジンは、シートの上からタンクのあたりをもう一度ポンと叩き、背を向けた。もう振り返らない。振り返れば、未練が足を止めてしまうから。
「……行きましょう」
キリコが、ジンの手を引いた。SPが一礼し、ドアを開ける。 外は雨上がりの夜空。 星が見えない曇天の下、二人の運び屋は、歩いて旅立ちの時を迎えた。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




